第2話 錬金術の力と謎の男


 屋敷の外へ出てしばらく歩くと、多くの店が並ぶ商店街の地区に出る。


 ……というか、寒いわ!


「は、早く上着を作らないといけないわね……」


 私は鞄から小さな布の塊を出した。

 鞄の中にはいろんな素材を小さくした物が入っていて、上着ならこの素材だけで十分だ。


「『拡張』」


 まずは小さくしていた布の塊を元の状態に戻す。


「『解放――錬成』」


 そして私が作りたい形をイメージして、錬成していく。

 小さな布の塊があっという間に私の身体に合った上着が出来上がった。


「ふぅ、寒かったわ」


 そろそろ雪も降り始める季節の夜に、部屋着一枚は寒すぎる。

 朝まで部屋着のままだったら、それこそ凍え死んでしまう。


 もしかしたらお父様は私に死ねって言ったつもりだったのかしら?

 まあ例えそうだしても、死ぬつもりなんて全くないけれど。


 あの家では誰も私を家族だとは思ってないし、私も思っていない。


 とりあえず上着は作ったけど、このまま夜中に街中を歩いていては危ないだろう。


 最低限の自己防衛は出来るけど、疲れたから眠りたい。

 どこか少し広くて空いている場所……裏路地の広場でいいかしら?


 あそこは人通りがなく、夜だからさらに少ないだろう。


 だからこそ危ないとは思うけど、そこは錬金術で作れるものがあるから大丈夫なはず。

 ここでもたもたしても時間が過ぎるだけね、とりあえず行ってみよう。


 私は寒いので身体を動かすために、少し早足で路地裏の方へと向かった。

 路地裏に行くためにはまず商店街の大通りに出て、それから路地の方へと行かないといけない。


 大通りも人通りは少ないが、まだ何人か人がいるし店が開いているところもある。


 その中に食事を売っている出店があって、いい匂いがしてきたのをグッと我慢する。

 さすがにお金は持っていない、というか私が自由に使えるお金はほとんどない。


 今の職場ではあまり給金をもらえないし、もらえたとしてもお父様が家に入れろと言ってくるので、私に残るお金は子供のお小遣い程度だ。


 私は物欲があまりないのでそれでもいいのだが、こんな時に食事を買えるお金くらいは持っていたかったかも。


 横目に食事を提供している出店を見ながら、私は路地裏の方へと向かっていく。


 すると、私は目の前から歩いてきた人にぶつかりそうになってしまった。


「あっ、すみません」


 私はギリギリで止まって、目の前の人をチラッと見上げる。

 フードをしていてあまり顔は見えなかったが、少し見える髪は黒色で着ているコートはとても高級そうだ。


 ここは平民の方も通っている大通りなのだが、どう見ても貴族の方だ。


「申し訳ありません、急いでいたもので」

「いえ、こちらこそ」


 声や体格からして男性で、私は軽く頭を下げてからまた早足で歩き始める。

 どこの貴族の方だろう、あの人もこんな夜中まで仕事をしていて、その帰り道かな?


 さすがに私と同じようにこんな寒い中で一晩外に出ていろ、なんて言われているわけではないと思うけど。


 そんなことを考えながら路地裏へと向かう私の背を……その人がずっと見ていたのを、私は知らなかった。



 路地裏の広場に着いた、やはりここは誰もいない。

 ここなら私の錬金術で、あれを建てられる。


 鞄からまた小さな塊を出す。


「『拡張、解放、錬成』」


 塊を元の素材に戻して、作りたいものをイメージして錬成する。


 私が今作ったのは、テントだ。

 学生の頃、休みを使って王都を出て一人で素材採取の旅に出ていた時があった。


 その時に作ったもので、最近は作ってなかったから作れるか心配だったけど、大丈夫だったようだ。


 中に入ると暖かくなっていて、これは私がテントに付与した魔術で、快適な温度になるようにしてあるのだ。


 テントの中だったらコートはもういらないので、脱いで『圧縮、解放』と唱えて小さな塊の素材に戻す。


 そしてまた鞄に入れて、鞄から素材を出していく。

 錬金術を駆使して、いろいろと家具を作る。ベッドや椅子、テーブルなど。


 本当なら食べ物も錬成など出来るのだが、私はあまり好きじゃない。


 というのも、食べ物を錬金術で作っても不味いのだ。


 味などを考慮して錬成するのは不可能だから、錬成して食事を作っても食材を適当に混ぜ合わせた味がする。


 素材採取の旅をする時に、最悪食べ物が旅先で用意出来なかった時に作っていたけど、あまり作りたいものではない。


 だから今日も食材を持ってないのだが……今日くらいは持っておいた方がよかったかもしれない。


「お腹が空いて、眠れない気がするわ……」


 そういえば昼食も忙しくて食べていなかった気がする。


 モレノさんの命令でずっと魔道具を作り続けていたから……いや、錬金術となると私は集中しちゃうから、モレノさんのせいではないかもしれないわね。


 それにしてもお腹空いたわ……どうしよう。


 お金が手に入れば出店で食事が買えるけど、お金なんてないし、今から魔道具などを売ろうとしても魔道具店などもやっていないだろう。


 今から何か作って売ろうにも、さすがに質屋も魔道具屋もやっていないだろう。

 あっ、そういえば私、頬に傷を負っていたわね。


 私はまた素材を鞄から取り出す。


「『拡張、解放、定着』」


 薬草や純水などを取り出して、空中に留まるように維持しておく。


「『純化、抽出、錬成』」


 素材をさらに綺麗にし、必要な素材分だけを抽出し、錬成する。


 宙に数滴ほどのポーションが生まれたので、私は掌でそれを掬って頬の傷に塗る。


 うん、これで大丈夫、治ったわね。

 使わなかった素材はまた小さくして鞄にしまっておく。


 ポーションを作って傷は治せたけど、これでお腹が膨れるわけではない。


 このまま我慢して寝るしかないわね……明日も朝から仕事だし、早めに寝ないと。


 はぁ、またモレノさんに無理やり同じ魔道具をずっと作らせる日々が続くのね。

 辞めたいのにお父様もなぜか辞めさせてくれないし……どうしようかしら。


 そんなことを考えながらベッドに潜ろうとした時、訪問を知らせる音が鳴った。


 このテントを建てる時は外で寝泊まりすることが多かったので、魔獣が侵入してきた時用の警戒音が鳴ることがあった。


 警戒音だけでそれ以上の危険が迫った時の音が鳴ることはあまりなかったけど。

 それ以上に、訪問を知らせる音が鳴ることは一回もなかった。


 この音は入り口に吊ってある呼び鈴を、外にいる人が鳴らさないといけない。


 ……誰だろう?


 夜中にこんな路地裏に人が来ることがあるのかしら?


 少し警戒しながら、私は入り口の近くに立って声をかける。


「失礼いたします、どなたでしょうか?」


 外の様子はわからないけど、私の声に反応して少しだけ入り口で足音がした。


「失礼、俺はカリストという者だ」


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