ある同人作家の墓標 ~10年書き続け11年目に筆を折った二次創作同人作家の崩壊記録~

五色ひいらぎ

Sの話をさせてほしい

 Sは同人作家だった。

 2009年にゲーム系で二次創作小説を書き始めて以来、途中何度か取扱原作を変えながら、「腐向け(BL)」ジャンルで休むことなく書き続けた。

 主に同人誌媒体で書きつつ、時折は告知のために、Webへのサンプル公開や小話投稿などもしていた。Twitterも2010年には始めていて、数百人の相互フォロワーとおおむね和やかに楽しんでいた。

 頒布部数は決して多くなく、多くの場合は30部程度を完売するにも苦労していた。が、売上がゼロであることもほぼなかった。Sの本を求める読者と仲間は、少ないながら常にいたし、時には熱のこもった長文感想の手紙を受け取ることもあった。即売会後のSはいつも、仲間たちと打ち上げの席を共にし、推しへの想いや萌えを語り合っていた。



 現在、Sは同人誌を書いていない。

 2020年、Sは二次創作活動を停止した。

 Web投稿サイトのアカウントの更新を一切止め、Twitterアカウントに鍵をかけた。同人誌即売会は訪れてさえいない。

 10年書き続けていた同人作家は、11年目に筆を折り、戻ってこなかった。


 何がSを追い込んだのか。創作者としてのSを殺したのか。

 筆者が思い当たる原因はいくつもあったが、どれも決定的ではなかった。

 だが、Sの「死」から3年が経とうとする現在、筆者はある「罠」の存在に思い当たった。

 一見「希望」にも見えるその罠のために、Sは崩壊したのではないか――現在、筆者はそう推測している。



 これを読んでいるあなたは、高確率で書き手側の人間だろう。でなければ、書き手に近い所にいる読み手だろう。いずれでもなければ、この表題に興味を持つ可能性は低いだろうから。

 もし書き手であれば、どうかSの轍は踏まないでほしい。Sを殺した罠には、どうか陥らないでほしい。そのために本稿の内容が参考になれば幸いだ。

 もし読み手であれば……申し訳ないが、あなたの参考になることはあまり言えそうにない。Sの死を読み手の立場から防ぐことは、おそらく誰にもできなかっただろうから。ただ、書き手は読者の手の届かないところで壊れる場合がある、という認識は、何らかの救いにはなるかもしれない。読者の応援は書き手をとても力強く癒すけれども、万能の魔法ではない。もしあなたの愛する書き手が、あなたの手の届かないところで筆を置いたとしても、それは、あなたの応援や愛情が足りなかったせいではない。なので、どうかあまり気に病まないでほしい。

 そんなことを考えなくて済むのが、もちろん一番いいのだけれども。



 もしかすると訊きたい人がいるかもしれない。私、つまりこれを書いている筆者は何者なのかと。私とSとはどのような間柄だったのかと。

 申し訳ないが、この前書き段階ではお伝えできない。後書き、つまり最終話にて明かす予定なので、しばしお待ちいただきたい。

 今お伝えできるのは「私こと筆者の名には、筆名にも本名にも『S』の頭文字は含まれていない」こと、「Sによるツイートや文章が時折引用されるが、すべてS本人の承諾済である」こと、の2点だけだ。



 前置きが長くなった。

 が、本文はさらに長い話になるだろう。お時間をとらせてしまうが、しばし昔語りにお付き合いいただければ幸いである。

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