第46話 やさしいキスをして 後編

 女王の言葉を聞いて、メイシーが彼女を睨みつけた。


「あらあら、世界中を拒絶して誇り高い引きこもりを続けるエルフの里の女王様が人間と契約だなんてどういう風の吹き回しかしら」


 女王はヴェールの奥からメイシーを見つめるばかりで何も反論しなかった。

よく見れば彼女の瞳もメイシーとよく似た深い青色だった。


「シャルルのガナール加入と引き換えに独立の盾の力を貸してもらうのが契約だったんだよ」


「なぜ僕が加入することが引き換え条件になるんだ?」


「ガナールが中枢を押さえたらここの里との同盟を約束する、それが引き換え条件だ。で、シャルル、お前の加入はその為に必要なことだ」


キースは長ったらしく説明するのが苦手だったので身振りと手振りを交えながらできるだけ少ない言葉で説明をした。


「フンっ!エルフの里が人間と同盟を結ぶ?一体どんな裏があるのかしら?」


メイシーは女王に向かって精一杯の嫌悪を吐き出した。


 女王はそのメイシーの言葉を黙って受け止めたあと、目を閉じて飲み込んで椅子から身体を軽く起こしながら口を開いた。


「メイシー…私たちは人間が憎いわけじゃないんだ。怖いだけなんだよ。分からないからね…」


 シャルルは何よりもその声の響きに驚いた。

威厳のある先ほどの声はそのままだったが、その上に慈愛に満ちた音が乗せられていた。


「そういうところがっ…!」


メイシーは何かを言いかけたあと、歯軋りをして部屋から出て行った。


 女王はそんなメイシー見てふぅと息をついた後、玉座にへたり込むように肘をついた。


「騒がせたね。メイシーは私の娘なんだ、あの子きっと話してないだろ?」


「それは…初耳でした。メイシーは本当にお姫様だったんですね」


 女王はシャルルの言葉に一つ頷いたあと、ゆっくりと深呼吸をしたあと大きく胸を張ってエメリアを見た。

そしてその顔は母親から再び威厳のある女王の顔へと戻っていた。


「そんなことより…随分と待たせたね。まだ決意は変わってないかい?」


エメリアが頷いた。


「じゃあ…こちらへ来て頭を出しなさい」


 呼びかけに合わせて、エメリアが女王の前で跪いて目を閉じた。

女王がエメリアの頭に手をかざすと、右手の中指に嵌められていた指輪が輝いた。


 指輪の光は徐々に大きくなり、女王の手を離れてエメリアを包み込んだ。

エメリアを包む光は…大きなり、小さくなり鼓動をうつように揺れ始めた。


 光の鼓動はエメリアの姿が見えなくなるほど強くなったあと十回程度大きく鼓動したあとで、次第に小さくなり始めた。

そして最後には小さな光の玉がエメリアの身体から離れてゆっくりと消えた。


シャルルはそれが自分の記憶だということがなんとなく分かった。


光が消えるとエメリアの手が力なくダラリと垂れた。


それを見たシャルルは風のようにエメリアに駆け寄って肩を抱き支えた。


「大丈夫かい?エメリア!」


 エメリアは力なく首をこちらにだらんと向け、光のない虚な目でシャルルを見つめた。

そしてゆっくりと徐々にその目に光が取り戻されたあと口を開いた。


「シャルく…ごめんなさいっ!」


名前を呼びかけて咄嗟に謝罪した。


 その反応を見てシャルルはあぁ記憶が戻ったのだな、と感じた。

そしてエメリアはシャルルの腕の中から猫のように逃げだすと、顔を隠し指の隙間からシャルルを覗き込んだ。


シャルルが彼女の名前を呟こうとしたそのとき、エメリアは小さくもう一度謝罪をして部屋から出ていってしまった。


 慌てて追いかけて部屋を飛び出すと、そこには腕を組んでシャルルを見つめているメイシーがいた。

メイシーは通路で仁王立ちになり、シャルルの目をじっと見ていた。


「どう?ご満足?これがあなたが望んだことよ」


メイシーは勢いよく手を振り払いながらシャルルに厳しい口調で話しかけた。


「満足…はできないね。僕にはエメリアを助ける約束があるからね」


 シャルルを睨みつけていたメイシーはその答えを聞いて表情を柔らかくしてカツカツと歩み寄った。


「あなたのキザなところは少しも好きじゃないけど、そういうところは好きよ」


「メイ…」


 メイシーがシャルルのループタイを握りしめぐいっと引っ張っりながら唇を重ね、シャルルの言葉を遮った。


「ここまで連れてきてあげた報酬は頂いたわ。あとはやるべきことをやりなさい」


 シャルルを解放して胸をぽんと叩くとメイシーはそのまま奥へと歩いていってしまった。

シャルルは言葉をかけることもできなかった。


 背中が見えなくなって足音が聞こえなくなってもシャルルはメイシーが去った廊下の先を見つめていた。


 走っていって謝りたい、たとえ聞こえなくてもせめてこの場でお礼を言いたい、そのどれもがメイシーを傷つけることがシャルルには分かっていた。


 それは弱い自分を慰めたいだけだから…とシャルルは何もせずただ強い目をしてエメリアを探しに女王の社を後にした。


その頃エメリアは里の木を一つ選んで根元に隠れるように座り自分の顔を押さえていた。

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異世界テンプレ?そんなことより僕はロマンスを突き進む〜ロマンスにテンプレはない〜 ココですココ、ここ @kokodesukokoko

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