第42話 風のとおり道 前編

 ショーカルドを出発して二日も経ち、グランテールの国境を超えてから一日半が経った頃、周囲の雰囲気も大分と変わってきた。


 低い背だった草木たちは少しずつ大きくなり、ついにはうっそうとした森が拡がっていた。


「そろそろエルフの里が近づいてきたわよ」


メイシーの呼びかけにエメリアが背筋を伸ばした。


「き、緊張するね」


「別に緊張するような所じゃないわ。古臭い所。世界一気高い種族がいるような場所じゃないもの」


「嫌いなの…?」


「嫌いじゃないわ。嫌いじゃないの。こんなところに隠れるように生きてるのが許せないだけ。もっと人の世界の理を知って、そこで戦うべきなのよ。こんなところで引きこもっていてはいけないの」


そこまで聞いてシャルルの頭の中で歯車が噛み合った。


「だから君は外の世界でお金を稼いでいたのか」


「そういうこと。少し効率的なやり方をしていたけどね。それに文句がある人もいたみたいだけど」


 メイシーはそう言いながら珍しく最後尾を歩くキースを見つめたが、

キースは大人しく歩いているだけで何も反論しなかった。


「数が多くて声が大きいだけの人間に追いやられて、それを受け入れてるだなんて許せないわ。優秀なだけではダメなの。きちんと世界で戦う術が必要なのよ」


 シャルルにはなんとなく、メイシーがいつも背筋を立てて胸を張って強気に戦っている理由がよくわかった気がした。


 森の中を進むとうっそうとした森の木々はどんどん太く巨大なものになっていった。

一周何メートルくらいあるのだろうか、一本一本が巨大な塔のようにそこにそびえ立っていた。

樹齢数百年はあろう巨木があちらこちらに乱立して、雄大な生命力を漲らせていた。


「もうこの辺りはエルフの里よ。この大きな木はエルフが魔法で侵入者を拒んでいるからこんなに大きくなれたの」


 そう教えてくれたメイシーはなんだか誇らしげだった。


 そこから程なくして、森の真ん中に小さな木のアーチが見えた。

背の高いキースが頭をかがめなければ通れないほどの小さなものだった。


 そのアーチを潜ると、突然目の前に華やかな景色が広がった。


 小さな子供たちが駆け回り、とんがり帽子をかぶった若い男の子が両脇に本を抱えていそいそとどこかへ歩いていく。

小学生くらいの子供が地面にヘンテコな円を書いて、何やら聞き覚えのない呪文を唱えている。


 先ほどの若い男の子は木をくり抜いて建てた家の中に入っていき、同じようなとんがり帽子の老人に本を手渡した。


そして、みんなメイシーと同じように尖った耳をしていた。


 エルフたちはシャルルやキースの姿を確認すると隠れていってしまった。

物陰から視線を感じる。

敵意…というよりは好奇心のような物なのだろうか、コソコソと耳なしだ、初めて見たというような小声で話す声が聞こえてきた。


「歓迎は…されてないみたいだね」


シャルルが襟元とループタイを整えながら呟いた。


「言ったでしょ?エルフは閉鎖的な種族なの」


 そう言いながらメイシーがカツカツと先頭に歩み出た。

おそらくメイシーの顔を見たからだろう、あたりの物陰がどよめいていた。


 どよめきの声を掻き分けて一人の少女が駆け寄ってきた。

歳の頃はメイシーと同じくらいだろうか。


「メイシー!あなた生きてたのね。十年以上も顔を見せないで…」


 少女はメイシーの額に自分の額を擦り付けるようにして涙を流していた。


「フィーラ…泣き虫は治しなさいって言ったでしょ?」


メイシーは少女の頭を撫でながら優しく話した。


 フィーラはメイシーの額から離れ、代わりに手を握りながらシャルルたちを見た。


「今回はどうしたの?耳な…人間なんて釣れちゃって」


「ちょっと野暮用でね、女王に会わなきゃいけないの」


「メイシーったら…ダメよ、女王様に会うのにそんな風に言っちゃ…。とにかく私の家に来て!外のお話を聞きたいの」


 そうやってフィーラは満面の笑みを浮かべながらシャルル達を自宅へと招待してくれた。


 フィーラの家は、他のと同じように木をくり抜いた物で、一階には難しそうな本が丁寧に並べられており、呪文が描いた大きな紙や、何やら不思議な色の液体が向きを揃えて並べられていた。


 二階が住居になっているようで、木の輪郭に沿ってぐるっと設置された階段を登ると、小さなテーブルとベッドがある可愛らしい部屋だった。

天井からは木で作った鳥の模型がいくつか吊るされていた。


 シャルルとエメリアは小さな二人掛けのソファに身を寄せ合って腰をかけ、キースは鳥の模型を手で払いながらベッドにどかっと腰を下ろした。


「狭いところでごめんね、あなたたちはどっちの国から来たの?グランテール?ルービッテ?」


「こんな可愛らしいお家にしょ…」


ここでシャルルの言葉を遮ってキースが喋り始めた。


「グランテールだ。エルフが外の世界に興味があるのか?なんでだ?」


 キースは腰掛けたベッドの上で大きな身体を折り曲げてフィーラを下から覗き込むように話しかけた。


 何故だか彼はこの里に来てから苛ついているようで、言葉がぶっきらぼうなのはいつものことだが、シャルルにはその中に棘のような物が込められている気がした。


「エルフの中にも色々いますから…。私はメイシーの話に共感して少しでも人間の世界を知れたらと思っています」


フィーラの答えを聞いたキースは、そうかと短く返事をしてまた何か考え込むように黙り込んでしまった。


「あなた達はどうして女王様に会いたいんですか?」


フィーラが三人の人間達の顔を見ながら尋ねた。


「実は…独立の盾という道具の力をお借りしたいんです」


 シャルルはエメリアに話さなければならないことをまだ話せていなかったので、できるだけシンプルに目的を答えた。


「独立の盾を…。残念ですが、それは難しいと思います…」


フィーラがシャルルの目を見て申し訳なさそうに話しかけた。

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