第41話 終わりなき旅 後編

 南の街ショーカルドの汚い宿屋でシャルルから出発できない、と告げられたキースはそれも仕方ないと思った。

戦場で辛い目にあった人間は、自分も含めて、何人も見てきた。

そんな人間を無理に立ち上がらせることなどやはりあってはならない、とキースは思った。


「わかった。じゃあお前はこれからどうする?プルミエの方に戻るか…中央の安全な地帯へ行くか?」


「何を言ってる?僕はこれからあの女の子を埋葬してあげなければいけないから、出発は遅らせると言ってるだけだ」


キョトンとした顔でシャルルがキースの勘違いを指摘した。


「お前平気なのか?」


「平気なわけがないだろう!か弱い女性がその命を不条理に奪われてるんだぞ?本来なら奴らのところに乗り込んで…」


「復讐…か」


「あぁ、だがそれは僕の弱さが作り出した幻だ。本当にしなければならないことから先にしてあげないとね」


「シャルル、お前はどうやって」


 キースがそこまで口にしたところで、メイシーとエメリアがこちらへ向かってくるのが分かった。


「シャルル。埋葬は昨日の夜の間に俺がやっておいた」


 キースがシャルルにだけ聞こえるように小声で耳打ちをした。

そうか、それなら丁度いいのかもしれないな、とシャルルは思った。


「おはよう。丁度よかった。二人にも聞いて欲しい話があるから少し寄り道をしてもいいかな?」


「別に構わないけど…どこへ?」


 このときエメリアは何も返事をしなかった。

シャルルが何か昨日とは変わってしまってることに、

幼少期から大人の顔色を覗いて暮らしていた彼女だけは気がついたからだ。


 ショーカルドを出発して少し歩いた頃、キースが道の外れを指差した。

往来の道から100メートルほど離れた場所に土くれが積まれてあった。

その上に石を置いただけの、墓標も何もない女の子の墓だった。


「何これ…?」とメイシーが尋ねた。


 シャルルが静かに話し始めた。

いつもの演技がかった朗々とした話し方とは違う、

子供に語りかけるような優しい静かな声だった。


「お墓だよ。僕はね、この子の名前も知らないし、ほとんど喋ったこともない。戦争で疲れた街で露天商をやっていた小さな女性だよ」


メイシーはシャルルの言葉を聞いて自分の首元の天使の羽を模ったネックレスを握りしめた。


「昨日の…?なんで!?」


「昨日のルービッテの襲撃のときに馬車に轢かれたんだろう。多分…お花を摘みにきていたんだと思う」


 メイシーはネックレスをギュッと握りしめたまま唇を噛み締め、大粒の涙を流し始めた。


「僕はね、僕がこの街に来たからこの子が死んじゃったんじゃないかって考えてたんだ」


「そんなこと…ないよ」


今度は深紫の目にいっぱいに涙を溜めてエメリアが答えてくれた。


「そうだね。僕が何かをしたからといって変わるものじゃないのかもしれない。もし僕が原因だとしてもそれは僕が声をかけたからじゃなくて、僕が弱かったからなんだと思う」


「弱かったから?」


エメリアが繰り返した。


「僕が腕の一振りで戦争を終わらせることができれば彼女は死ななかったろ」


「そんなのはできもしねぇ理想論だろうが」


キースが吐き捨てるような言葉でシャルルの言葉を否定した。


「できなくても僕はそれを目指さねければいけない。僕が身勝手に人を助けていいのは強くなろうとする間だけだ」


「じゃあお前はこれから山籠りで修行でもするのか!?」


「そんなことはしないよ、キース。僕は君たちにお願いするんだ」


「お願い?」


「そうだ、僕にこれからも力を貸して欲しい。悲しみを止めるために僕は精一杯頑張る、だけど一人でできることには限界がある。だから、力を貸して欲しいんだ。エメリア、メイシー、もちろんキースもね」


「そんなの、当たり前でしょ」


 そう言いながらメイシーがシャルルの胸に飛び込んできた。

涙を見られたくないのか、その頭をシャルルの胸にグッと押しつけた。


 シャルルはそんな彼女の頭を優しく撫でながらありがとうと言った。


 エメリアもそんなメイシーを見ながらうんうんと何度も首を大きく縦に振った。


 だが、キースだけは違った。


「そんなことをしても何も変えられないかもしれないんだろ?お前はそれでいいのか?」


 そう尋ねたキースの声は批難の音色というよりも、苦悶の音を響かせていた。


「何も変わらないならやった方がいい。悪くなるわけじゃないからね」


「それが無駄骨に終わったらどうする!?」


「前にも言ったろ、キース。朝起きて不味いコーヒーを飲んだら、美味しいコーヒーを飲むために探しに行く。それが幸福なんだ、美味しいコーヒーを飲むことが幸福なんじゃないんだよ」


「なんでそんな風に思える?」


 もうキースの声は苦悶を飛び越えて悲哀の音色に変わっていた。


「僕が助けた人たちが僕に力をくれたんだ。これは受け売りだけどね、躓いたらこれまでの道を思い返すといいそうだ」


 キースは何も言い返さなかった。

目の前にいる優男の言葉ではなく、その強さが彼には眩しかった。

 グランテールの守護神などと呼ばれた自分が、ひどく小さいもののように思えた。


 そこでメイシーがシャルルの胸から顔をようやく離してから、質問した。


「これからどうするの?戦争を止めに行くの?」


「いや、目的通りメイシーの故郷に行こう」


「あなたそれでいいの?」


「もちろんさ、大きな目標があるからと言って、目の前で泣いてる女の子を放っておく理由にはならないだろ?」


 そう言ってシャルルはいつものように笑った。


 キースには、夜空を切り取ったかのようなシャルルの瞳が彼とは真逆に、

根本治療を問いた燃え盛るバニーの瞳と、

不思議なことに同じ光を宿しているように感じられた。

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