第31話 ミス・パラレルワールド 前編
「こんなにたくさん!お連れ様は5人で?あたしはガストン、ここの町で宿屋を営んでおります。嬉しいなぁ」
嬉しい、嬉しいと仕切りに呟きながらガストンはヨレヨレのエプロンの裾で手汗を拭いた。
キースが
「しばらくこの町で調べ物がしたいんだが」と答えると、ガストンはその脂汗だらけの顔をぬぐい、訝しげな目で5人の顔をゆっくり見回した。
「こんな小ちゃな町で調べ物なんてあんたら不思議な人たちですねぇ。まぁいいや!とにかくこの町にはあたしんとこしか宿はありません!ささっ向かいましょう」
そう答えると、五人の荷物から二つほど鞄を選んで、汗をかいた手でそれをしっかり握ってから歩き出していく。
シャルルは仕方ないから、残りの荷物から女性ものの鞄を選び、残りをキースに依頼してその後をついていった。
ガストンが言うには、もう半年も町にくる客がなく、町民は寂しい暮らしをしているらしい、中でもガストンのような宿屋なんかは、旅人が来なければその日の飯にもありつけない暮らしになってしまうと戦々恐々だったという話を宿に向かいながらしてくれた。
ガストンの身の上話が終わったあと、メイシーが他の人間に聞こえないよう、小さな声で周りを歩いていた3人に手短に話しかけた。このとき、ベベは先頭のガストンの前に躍り出て、後ろ歩きで彼の疲れた顔を笑わせようとしていた。
「いい?あんた達とあの馬鹿には馬車を降りる前に、私の防御魔法をかけておいたわ。これで多分精神系の魔法をかけられても平気だと思う」
「ありがとう」とエメリアとシャルルは感謝の言葉を口にしたが、
キースは不安そうに自分の頭を撫でた。
それを見たメイシーに
「キースには余計なお世話だったようね。すぐに解除した方がいいかしら?」
と尋ねられて、ようやくありがとうと答えた。
ガストンの経営する宿屋は、大きな赤い三角屋根の建物で、段々模様の白い漆喰の壁の間に等間隔に並んだ窓が五つあり、それぞれの窓の下には元々は何かを植えてあったのであろうプランターが緑の塊になって放置してあった。
その日の夜5人には、宿屋でガストンの手料理が振る舞われた。
田舎の家庭料理といった感じの料理ではあったが、どれもお世辞にも美味しいとは言えなかった。
ガストンが自慢げに料理を運んだあとで、タバコに火をつけてだらけ始めたあとも、
彼の妻らしい女性が、夜遅くまで忙しそうに用事をこなしていた。
全身に馬車旅の疲れが残っていたので、床に入るやいなや石像のようにピタリと眠ってしまった。
時折り、隣室からベベの笑い声が聞こえてきたが、十一時を回る頃には、不気味なほどピタリと止んだ。
明くる日の朝になって、窓から町を眺めると、静かでのどかな人々の日常が広がっていた。
その風景だけ見ていると、この町に邪悪な魔法使いがいるとは考えられなかった。
そんな風なシャルルのモモンマルコンの朝に対する感想は、彼がいつもの如くエメリアとメイシーに挨拶した後で、階段を十三段下った瞬間に覆されることになる。
シャルルと女性陣二人が、宿の一階に降りると、今日も同じエプロンを着たガストンが目がなくなるほど笑顔になって駆け寄ってくる。
「おはようさんです!あんたら旅人かい?それとも冒険者さんかい?いやぁ嬉しいなぁ。
この町に客が来るのなんていつ以来だろうう?」
「泊まりかい?それとも日帰り?」
そう尋ねてきたガストンの声色には、心からの喜びが込められており、シャルルにはそれが心底不気味だった。
とりあえず
「泊まりでお願いできますか」と答えると、
ガストンは
「そんじゃ、うちに決まりだ!なんたってこの町にはあたしのところしか宿屋はないからね!あたしはガストン!よろしくね!」
と昨日聞いたばかりのセリフで答えた。
驚いて固まるシャルルの左肩越しにエメリアが震える声でガストンに
「あの…私たち昨日から泊まってますよね」と尋ねる。
ガストンは、喜色を少しもかげらせることなく
「ははは、あたしの料理は絶品だよぉ」と答えた。
「私たちが宿泊客じゃないなら上から降りてきたのは変なんじゃないかしら?」
「いやぁ、あたしの料理は絶品だからね!」
狼狽する二人と違い、メイシーは意地悪そうに微笑んで尋ねたが、ガストンはやはり同じセリフを話すばかりで話が噛み合わなかった。
ベベ以外の四人が揃ったあと、キースが二階にあがり様子を確認したが、べべは既に出かけているようで部屋はもぬけの殻だった。
その後、四人も調べ物があるからと言ってガストンの朝食は貰わずに、朝早くから街を散策した。
昨日宿屋に着く前にすれ違ったはずの本屋の店主も、シャルルが挨拶をした花屋のおばさんも、皆一様に初めまして、久々の旅行客だと喜んだ。
「君の悪りぃ町だな。すっかり俺らのことを忘れてるみたいだ」
シャルルが花屋の婦人に挨拶をして、小さなブーケを二つもらって帰ってきたときに、キースの不機嫌な声が聞こえた。
「あちらのご婦人も僕のことは覚えてないみたいだったよ」
「多分夜中のうちに記憶を消されたんだろ」
「こんな薄気味悪い町では、僕の心は曇るばかりだけど、僕たちには太陽が二つもついてるから心配いらないね」
キースの声に耳を傾けながら、シャルルは可愛らしいピンクのをエメリアに、美しい青のブーケをメイシーに渡しながら二人にそうささやいた。
メイシーは受け取った青のブーケとエメリアのピンクのブーケをじろじろと見比べたあとで、非難するように皆に
「あら、あなた達気がつかなかったの?」
と話しかけた。
メイシーは小さな口を大きくはっきりと開けながら、自慢げに語った。
「ここの住民は記憶を消されてる訳じゃないわ」
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