第14話 もろびとこぞりて 後編

「なんじゃ、もうネタバラシをしてしまったのか…ここがワシの最大の見せ場じゃったというのに」


ラパンに目配せをされた老人が不満気に髭をいじりながら話し始めた。


「ワシは神である!そしてここにおる4人はワシの補佐役の神たちで、友人じゃ。」


「神様…?」


「左様。普通死んだ人間は因果に則って輪廻の川を流れていくものなのじゃがの…

ワシらの大切な友人を助けてくれたお主を見殺しにするのは、あまりに目覚めが悪い。

そこでワシらの総意のもとでお主をここへ呼び出したんじゃ」


神と名乗る老人は、傍に寄ってきたフェーラの頭をわしゃわしゃと撫でながら、威厳たっぷりに頷いて見せた。


「ちょっと待ってください…いきなりそんなことを言われても…」


「信じられんか?この非現実的な世界が何よりの証拠じゃろう。まさか、ここが医院じゃとはお主も思うまい」


「はは…もちろん…」


シャルルは、最初の自分の質問を思い出しそうになったのを、必死に頭の奥の方へ追いやりながら苦笑いをした。


「そこでの、もっとも重要な話なのじゃが、ワシらはお主の未来に、ある選択を与えようと思う。」


神はここまで言い切ると、髭と伸び切った眉毛で毛むくじゃらになった顔の中から、小さな目を輝かせながら、息を吸い込んだ。


「お主が望むなら、お主の身体を別の世界へと転生させ、もう一度人生を続けさせてやろうと思うのじゃ。ワシらの友人を助けてくれた礼に、運命の書に則ってお主にもっとも幸福な人生を送らせてやることを約束しよう。」


「…ありがたい申し出ですが…僕は、死んでしまったのならこのままその輪廻の川を流れてしまってもいいと思っています」


 シャルルは突然の申し出に、一瞬戸惑いこそしたが、それを断ろうと決めた。

 彼の人生は、決して苦難に溢れたものではなかったけれど、それなりに人と自分がズレていることは感じていたし、最後に女の子を助けて死ぬんならそれもそれでいいような気がしたからだ。


「ん…んん…、お主が望むなら、お主の身体を別の世界へと転生させてやろうとワシらは考えておる」


「神様…?」


神はシャルルの申し出を聞こえないフリをして、もう一度威厳を持ってシャルルに問いかけた。

その時、傍にいたフェーラが寂しそうな声で


「おにーちゃん、死ぬの?」


と問いかけてきた。

シャルルの顔色がその問いかけに、弱らされたのを神は見逃さなかった。


「むぅ…残念じゃのぉ…お主がここで転生を望まなければ、ここにいるフェーラはもちろん。今からいく世界の女たちも、嘆き、そして悲しむことになるじゃろぅ…」


「どういうことですか…?」


「今からお主が行く世界の名前はカルネ。国の名前はグランテール、永きに渡る戦争で、国民は深い悲しみの中を毎日歩いておる。神の使いとしてそれを止められるのはお主だけなのじゃ。」


「…そこでは、女性たちが泣いているのですか?」


「あぁ…たくさん、たぁくさんのじゃ」


「そう、ですか…分かりました。なら僕はそれを止めに行かねばなりませんね。神様の申し出、ありがたく受けさせてもらいます」


 シャルルにとって、たとえ見ず知らずの人々であっても、それを聞かされた以上は、無視して通るということはできなかった。

それは、デートの日の朝に、服についたクリーニングのタグを外すように、当然の日常的な動作だった。


 そんなシャルルの申し出を聞いて、神はその髭の中で満面の笑を浮かべていた。

 

 フェーラの頭を、よくやった、お手柄だと言いたげに壊れるほど撫で回した。


「さて、それでは、お主には旅立つ前に名前を決めてもらわねばわならんの」


「名前…?今のものではダメなんですか?」


「異世界に旅立つものは新たな名前を手にして今までの自分とは決別せねばならぬ、そう運命の書に書いておる」


神がわしゃわしゃと髭を撫でながら答えるのを聞いて、シャルルはそういうものなのかと思って、黙って頷いた。


 今の自分の名前には愛着はあったが、気に入っているわけではなかったし、死んだのを機に変えるのであればそれも構わないと思った。


「お主の希望を聞こうかの?」


「では…夕闇恋人で」


「お主…最悪じゃの。却下じゃ。」


咄嗟に思いついた名前を口にすると、神は、情けないか細い足がたくさん生えた巨大な毒虫が自宅のリビングのテーブルで食事をしているのを見つけたかのような、とにかく不快感たっぷりの顔をしてシャルルを見つめていた。


 シャルルがそんなに酷い名前だろうか、と疑問に思っていると、神が目を輝かせて話を続けた。


「そうじゃの…シャルル=ブラッドストゥール•リドゥアールなんてどうじゃ」


「それは名前ですか?呪文ではなくて?」


神が突然謎の横文字を羅列したことに驚いて思わずシャルルは聞き返してしまった。


「不満か…ならお主のと合わせて、シャルル=レントでええじゃろ。それと、服と髪型も運命の書に則って変えさせてもらうからの。」


 シャルルの不満そうな返事に、小さい孫に駄々をこねられた老人のようにはにかんで見せた。

 そして適当に2つをくっつけた名前をシャルルに告げながら、ちょうど先ほどゼブルンという陰気な男がした仕草と同じように、右手を天に掲げた。


 するとシャルルの身体は薄らと光り始め、みるみるうちに、黒髪のストレートは金のウェーブに、ワインレッドのシャツと金のネクタイは、白のコートに変えられた。


「待て!シャルルもレントも名前だろ!それになんだこのワカメみたいな頭は、服にもネクタイをつけてくれ…うわぁぁあ!」


シャルルが神の与えた名前や髪の色に早口で不満を口にしている最中に、彼の身体はパッと明るく光りだし、言い終わる前には、夏のお祭りの最後の花火のようにゆっくりと寂寞の思いを残しながら消えていった。


「それでは、良き旅をの、シャルル=レントよ」


 神はシャルルが消えていく様を見つめながら、優しく、最愛の孫の頭を撫でるように、髭をわしゃわしゃと撫でながらそう呟いた。

すると神はくるっと振り向いて、4人の友人たちに、満面の笑みで大きな若々しい声で語りかけた。


「さて、それではワシらもシャルルに経験させてやるイベントを考えてやらねばの!波瀾万丈の旅にきっと喜ぶぞ」


神の一言に、4人はわぁっと盛り上がり、それぞれが持つ運命の書、つまりライトノベルを開き、忙しなくページを巡りながら、思い思いに意見を言い始めた。


「やはり幼馴染とドラゴンは外せんの」


「幼馴染は別に不要でしょう。やはり仲間に裏切られるような…」


陰気なゼブルンが神の問いかけを本から目を離さないままに否定したのを、神が渋そうな顔をして目で返事をする。


「かわいそう…お姫様を救い出すお話は必ずいるでしょっ!」


フェーラもまた、ゼブルンの意見には不満のようで、母親が小さな子供を叱るような口調で自分の意見を叫んだ。


「皆さん!落ち着いて、悪役令嬢は絶対に外せないことはわかってますね!」


ルイコーフは他の者に自分の意見を聞かせようと、パンパンと本を叩きながら叫んでいた。


こうやって、ありがた迷惑などという言葉とは無縁の5人の神々によって、シャルルの運命の因果は、大きくゆっくりと動き始めた。

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