とある小説家の一日
読者に会った日
私の趣味は、小説を書くことである。
家にいる時はもちろん、仕事の合間や友人との待ち合わせまでの時間なんかにも。とにかく暇が出来たら脳内に浮かんだ映像を文字に書き起こしては、小説として形に残している。
書くのは主に恋愛モノで、中でも官能小説と呼ばれる部類の……それも百合の、まあまあエロいやつである。
誰にも見せることのなかったそれを、訳あって同居している友人に書いてることを知られてしまったから、ええいままよと試しに読ませてみたところ、「投稿してみれば?」という提案を貰って……最近はネット社会に放出するようになった。
そんなこんなで投稿をはじめて、ありがたいやら恥ずかしいやら……少しずつ人に読まれることも増えてきた、ある日。
「小野ちゃん…たまには休みの日に出かけようよ」
「えー、やだ。引きこもりたい」
「趣味の小説も行き詰まってるんでしょ?気分転換しに行こ」
「布団から出たくない……布団が私を離してくれない…離れられない…これはもう共依存だ、むりだ」
「いいから。ほら!行くよ」
インドアすぎる私を心配した友人に連れられて、久しぶりにちゃんとしたお出かけをすることになった。
「…どこ行くの」
「夜、友達と飲みの約束あるから…それまでは何してもいいよ。どこか行きたいとこある?」
「家」
「帰りません。…まずご飯でも行こっか」
友人の運転で、その日はお寿司の気分と言うからおとなしく回転寿司屋へとついていく。
食事をしている間は他愛もない会話をして、食事が終われば必要なものの買い出しに行ったり、ちょっとカラオケに寄ってみたりしてるうちに、あっという間に夜が来た。
私の知り合いは来ない、初対面の人だらけの飲み会にいくばくかの緊張を抱きながらも、せっかくだからとお邪魔する。
「坂口〜、お待たせ!ごめんごめん、遅れて」
「大丈夫だよ、私達も今ついた」
「あ。その子がルームシェアしてる…」
「そうそう。小野ちゃん」
「よろしくね!」
「小野です、よろしく」
遅れてやってきたのはギャルみ溢れるお姉さんがふたりで、軽く挨拶と自己紹介をした後で、予約してくれていたらしい居酒屋へ入店した。
車の運転がある友人⸺坂口以外はお酒を頼んで、料理が待つまでの間にまた挨拶がてら互いのプロフィール的なものを質問し合った。
ギャル達の名前はそれぞれ、相川さんと戸神さんというらしい。
戸神さんに関しては、坂口も会うのが初めてで…相川さんの職場の人だという。なんでも、最近よく休日に遊ぶようになったんだとか。
友達の友達と、そのまた職場の人……もはや私からしたらなんの関係もない赤の他人すぎて困惑したものの、ふたりはとっても気さくで良い人だった。
「ご趣味は?」
「ふはっ、お見合いかよ。あたしけっこう…インドアだよ。ゲームとかめっちゃする」
「わたしもゲームとか漫画とか……てか、ここふたりオタク趣味かも」
「へぇ……意外」
「よく言われる。アニメとかも好きだよ」
「あ、小野ちゃんも好きだよね」
「うん。最近あんま見れてないけど…」
話題は趣味の話になって、意外にも好みが合いそうな予感にワクワクしながら話を進めていたら、
「小説読むのも好き」
不意に告げられた戸神さんの言葉に、ついつい気になって食いついた。
「え、どんなの読むの?」
「色々読むよ〜、推理モノも好きだし…恋愛モノ、あとSF系も。幅広くイケちゃう。なんでもアリ」
「そうなんだ……オススメあります?私も小説大好きで」
「いっぱいある!ちょっと待ってね〜…よく使うサイトがあってさ」
言いながらスマホを取り出した戸神さんを、ソワソワ気分で待つ。どんな作品なんだろ…?
小説を読むのも書くのも趣味って言う人は私の周りにはそんなにはいなくて……だから余計に、同類に出会えたとテンションはぶち上がっていた。
「あ。これこれ」
「うん!どれ…」
だけどそのテンションも、すぐに行き場を失くす。
「このサイトでフォローしてる小説がこれなんだけど…特に最近のお気に入りはこの作品かな」
「あ……へ、へぇ…そうなんだー…」
見せてくれた画面の中に、見覚えがありすぎるタイトルがあったからだ。
…それ、私が投稿してるやつ、です。
え…嘘でしょ?まじで?これドッキリかなんか…じゃないよね。
内心ものすごく焦るものの、できるだけ表には出さないように気を付けながら、楽しそうに話し出した戸神さんを前に喉の奥をきゅっと詰まらせた。心臓はもうバクバクである。
「最初はありがちな設定だなぁーとか思ってたのね、でも……あ、百合とか平気な人?」
「う…うん。それは全然へいき」
「なんか、この人の描写めっちゃ細かくて…ちょっとえっちなのが良いんだよね」
「ふ、ふぅん……そうなんだ…」
やばい。
今目の前にいるこの私が、その“ちょっとえっちなの”を書いてる人間だなんて言えない。
居心地の悪い、内臓が浮くような感覚に耐えられなくて、さりげない仕草で斜め上を向いた。…変な汗かいてきた。もうこの場から逃げ出したい。
うっわ……死にた。どうしよ、まじか。
「作者、絶対むっつりだと思う。変態じゃないと書けないよね、って感じ」
「な、なるほど…」
読者はそんな風に思うんだ……なんて、感心してる場合じゃない。
ど、どうしよう。
何万人といる中で、たかだか何百人程度しかフォローしてないのに、その何百人のうちのひとりと運命的な確率でぶち当たって出会っちゃうとか…運が良いんだか悪いんだか。
帰りに宝くじ買ったら当たりそうなくらいの強運が、今は恨めしい。
とにかく、バレないようにだけ気を付けよ。
口を滑らせて余計なことだけは言わないように気を引き締める。私が作者だなんて知られた暁には恥ずかしすぎて生きていけない。なんならもう今すでに死にそう、いや死んでるかも。心臓止まってる気がする。
それにしても……こんなギャルでも、百合小説とか読むんだ。
明るい茶髪がよく似合う戸神さんを見つめて、なんだか不思議な気分に陥った。てっきりえっちなの読んでるのは男の人が多いのかなって、偏見だけでそう思ってたから。
「R18小説書かせたらまじえろいと思う!書いてくれないかなぁ〜」
…めっちゃ書き溜めてます。
えろすぎないやつは投稿しないだけで、なんなら元は官能小説しか書けないから、それはそれはとんでもなくエロなやつばっかり書いてます。
とは、口が裂けても言えない。
「はは…そのうち、書いてくれたらいいですね」
愛想笑いと当たり障りのない返事で乗り切って、居たたまれなくなった気持ちから、逃げるように一旦トイレへと……坂口も連れて行った。
「どうしたの、小野ちゃん」
「……やばい」
「なにが」
「戸神さん、私の小説の読者だった」
ひとりで抱えるにはあまりに大きな焦りから、唯一こういう話も受け止めてくれる心優しい友に打ち明けたら、相手もひどく驚いた顔で目を見開いた。
…そりゃそんな顔にもなるよね。
どうしよう…と顔を覆って、その場にしゃがみこむ。息抜きになるどころか、これじゃあ恥ずかしさに首を絞められて息ができなくて死にそうだ。
「ま、まぁ…すごいことじゃん。読者に会えるなんてそうそうないよ?よかったじゃん」
「それはそうだけど……気まずいって。坂口、私の小説読んだことあるでしょ?あれだよ?あれを読んだことある人と話すとか恥ずかしくて死ぬ。死ねる」
「…いつも読んでる私相手には恥ずかしくならないの?」
「坂口はいいの。もう何年も一緒に住んでて、裸とかしょっちゅう見られてるし……今さら恥じらいとかない」
「はは。小野ちゃん裸族だもんね」
私の全てを笑って許してくれる大親友は、今日も今日とて穏やかに微笑んで頭にポンと手を置いた。
「はぁー…坂口好きすぎる……結婚しよ」
「ははっ、出た。すぐ結婚したがる。昨日は枕でしょ、一昨日は深夜のカップ麺、その前は…なんだっけ」
「ジ○リ映画に出てくる猫」
「結婚相手いっぱいだね」
こういう軽口も流してくれるから、楽だ。
話を聞いてもらったらだいぶ気持ちも落ち着いてきて、一応ちゃんと用を足してから席へと戻った。
「ふたりでトイレとか…ほんと仲良しなんだね〜」
「まぁ…もう学生時代からの仲だからね」
「リアル百合じゃん」
「ないない。小野ちゃんは恋愛に興味ないから」
「えー!なんで?」
「いやぁ……あんまりいい思い出がなくて…」
ははは、と乾いた笑いで誤魔化して、グラスの中身を喉に通した。
恋愛が苦手なわりに、恋愛モノを書くのは…単に欲の発散である。恋愛はするよりも話を聞いたり、見てる方が楽しい。
その話題から、彼氏がいるらしい相川さんの惚気話を聞いて、戸神さんは性別関係なくどっちもイケるっていう話をしていて、坂口は「小野ちゃんと暮らしてたら退屈しないから彼氏なんて必要ない」と言っていた。それは私も同意見だった。
みんなそれぞれ恋愛事情があるんだなー…と思いつつ、次に書く作品の参考にしつつ。
「じゃあ、また!」
「うん、またね」
その日の会合は無事に終わった。
「あ~…飲んだ飲んだ」
「気持ち悪くなってない?」
「ん、元気。運転ありがとね」
「いえいえ」
坂口の運転する車で帰宅した後は、いつも通りお風呂に入って寝る支度を進めて、
「…明日から仕事か、やだな」
「いつもお疲れさま」
「小野ちゃんはお休み?」
「うん。だから掃除とか…家事やっとくよ」
「ありがとう……ごめんね」
「いーえ」
ダブルベッドにふたり仲良く潜り込んで、電気を消した。
…私の描く小説なら、きっとこのままえっちする流れだろうな。
なんて思うものの、もちろん現実でそんなこと起こるわけもなく、起こす気もなく。
「おやすみ、坂口」
「うん…おやすみ」
休日は、あっという間に終わりを告げた。
この日出会った読者の戸神さんを、いつか小説のキャラにしよう……とか、そんなことばかり企みながら、私は静かに眠りについた。
※このお話はフィクションです※
※実在する人物や名称とは一切関係ありません※
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