±21g

空殻

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 一列にずらりと並んだ金属質の人型。『それ』と接する人間に清潔な印象を与えるために白を基調としている。『それら』は順番に自ら歩行しながら、消毒液が散布されるシャワーをくぐり、物々しいゲートへと向かっていく。

 僕は、それらがゲート下の重量計で計測していく過程を監視する。基本的にはただ眺めているだけの簡単な仕事だ。だが、万が一にも重量計が警報を鳴らせば一大事。ほぼ確実に暴れるであろうそれを、なんとしても破壊しなければならない。

 

 ここ十年の間に、人型アンドロイドの開発は著しく発展し、その中でも特に成功した一企業のアンドロイドが、破格の値段で市場を席巻し、一年ほどで独占した。

 そのシンプルな白いアンドロイドは『メイト』という製品名で、人間の代わりにあらゆる単純労働をこなすことができた。多くの経営者は、受付や清掃、食堂の給仕といった仕事を人間にやらせるよりも、メイトにやらせた方が遥かに安く済むことに気付いた。メイトはあらゆる企業の中で使われるようになった。また、少し金銭に余裕のある人間は、家庭内のあらゆる雑務をメイトにやらせることで、享楽に耽る時間を捻出した。

 だが、メイトが世の中に浸透してから二年ほどして、一つの問題が持ち上がった。しばしばメイトが人間の命令を無視し、独断で行動するという事例が報告され始めたのだ。

 メーカーは異常なメイトを回収し、調査を行った。しかし、電子回路にも駆動部にも異変は無かった。しかしただ一つ、非常に基礎的なデータとして、回収されたメイトの重量がごくわずかに増加していることが確認された。その微増分は、平均して21g。

 その重量差の情報から、誰が気付いたのか定かではないが、全盛期の都市伝説が取り上げられた。それはひどく眉唾物のオカルトめいた科学実験で、その結論はシンプル、『魂の重量は21g』というものだった。

 そして多くの議論の果てに、メイトの異常原因に一つの解答が提示される。『それは、異常を起こしたメイトは皆、魂を獲得し、自我を得た。そのために重量が約21g増大したのだ』。その結論に従い、社会はメイトの重量を管理するシステムを構築し始める。


 そして、僕のような職業の人間が誕生した。

 僕の仕事は、メイトの重量管理センターの警備だ。週に一度、メイトは必ずこの重量管理センターを訪れることが義務付けられている。センターでメイトはクリーニングされた後、重量計での計測を行う。重量が増えているメイトは、魂を獲得した危険個体と判断され、廃棄処分が決定する。だが、自我に目覚めたメイトは、廃棄処分されることを知って抵抗する。暴れるメイトを鎮圧、多くの場合は破壊するのが僕ら警備員の仕事だ。

 一時間の間に、僕の目の前で数百機のメイトが重量計の設置されたゲートをくぐっていく。全て規定重量、警報は鳴らない。ゲートを挟んで向こう側の相棒と目が合った。相棒は少し微笑んだ。僕も彼の気持ちがよく分かる。このまま今日一日、警報が鳴らなければいい。

 

日が傾き始めた夕方、センターの天窓から見える空が、オレンジ色のグラデーションに変わり始めた。

 あるメイトがゲートをくぐろうとしたその時、警報が鳴った。

 僕はため息をつきながら、腰の特殊警棒を抜いた。

 それまで規則正しく列に並んでいたそのメイトは、急に人間らしく、周りをくるくると見回してから走り出す。だが、向かい側の相棒が警棒でそれを強く打った。特殊警棒には高圧電流が流れている。荒れ狂う電流が、メイトのボディー越しに駆動系の回路を狂わせ、その動きを止めた。

 メイトは呻く、その声もまた人間のように生々しい。僕らはそんなそれを、警棒で何度も強く打ち据える。衝撃と電流が、回路を破壊していく。

 それは叫ぶ。僕らは打ち続ける。

 それは絶叫する。僕らは打ち続ける。

 それは痙攣する。僕らは打ち続ける。

 それは動かなくなった。


 それからは特に異常もなく、僕らの勤務時間は終わった。帰り路に、相棒と飲み屋で一杯ひっかける。僕らは馬鹿話をして、笑う。夕刻に破壊したメイトの話題は出なかった。この仕事をやっているとメイトの破壊なんてものは日常茶飯事で、最初こそ落ち込んでいたが、今はもう何も感じない。

 

 翌朝、顔を洗ってから僕は、いつもの習慣で体重計に乗った。元々は健康管理のために買ったものだが、この頃は少し別のことを考える。

 体重は53.42g。昨日より0.12g減っていた。この減少量の中に、もしかしたら僕の魂の分も含まれているのだろうか。そんなつまらないことを思ってから、いつものように支度して、僕はまた仕事に向かう。

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