アイラブ冷蔵庫バイト

かむら

第1話・おはようございます、江口です!

 高校一年江口夏波、本日記念すべきバイトデー!


 実はここまで来るのに苦節二ヶ月半、バイトを受けては落ち、受けては落ちを繰り返し、やっとこさ掴みとったバイトは当初予定していたものとは大幅に変更され、冷蔵庫くらいの寒さの庫内作業のバイトになったのだった……。

 でも、残念なんてことは少しもないのだよ! むしろ心折れかけのところで受かったんだから感謝しかない。ふふふ、すでに親しみも覚えてるんだよ。なんなら、既にここは私のホームグラウンドだ……とすら思ってる。


 それに、私の目的にはなんら影響もないしね。私がバイトをしたかった理由、それはズバリ、お金のため! というのが、一つ。お小遣いもあるけど、欲しいものもいっぱいあるし、友達と遊びに行くにしてもお金があるに越したことなし! 折角バイトが許されてる高校なんだからやるっきゃないよ。家族や友達のお誕生日プレゼントとかも自分のお金で買えるようになるしね。


 そしてそれとは別にもう一つ理由がある。それは、友達を作ること! バイトをするなら、こういうところでも友達が欲しいよね! 学校の友達ももちろん大事、けど色々な人と仲良くなりたい! 交流の輪を広げたい! あわよくば遊びに行きたい! 最初は友達に勧められてオシャレなカフェとか受けてたけど、この目的を達成するのに場所は関係ない! それに、ここ従業員さん多いみたいだしね!


 と、まるで初日のようなテンションだけど、今日が初日というわけではない。三日目である。二日目までの実感としては、シンプルながら、なかなか奥深いというか、難しい仕事だなあと言う感じ。

 基本的にはレーンから流れてくる箱に入れられた商品を、折り畳みコンテナ、略してオリコンに入れて、満杯になったらそれを流して新しいのを用意。そしてまた入れる、を繰り返す。

 仕分け作業、いや、梱包作業なのかな。今日もそのお仕事だ。何だか別のことしてる人もいるけど、まだ私にはよくわからない。とりあえず制服、というか防寒着みたいな服を羽織って、仕事場に入る。


「おはようございます!」

 

 元気よく挨拶すると、一番近くにいた人が挨拶を返してくれた。そして、出会う人にみんなに挨拶をして、早速商品を入れていく。


 単純で結構楽しいお仕事なのだけれど、気を付けなきゃいけないことも結構あるみたいだ。例えば、常温商品……ドライって言うらしいんだけど、その時は食品と洗剤を一緒にしちゃダメとか、普通に入れ方が悪いと、お米の袋が破れたりするとか。説明の時に教えてもらったのはそれくらいかな?

 だから、そういうことに絶対気を付けながらやらなきゃいけないのである。ちょうど今はドライ商品の時間らしい。どんどんやっちゃおう!


 残念なことに、この職場はあまり会話することがないみたい。基本的に各人一人で動いてやっていくスタイルだからだろうか。求人にもそう書いてあったし。だから、仕事中はただ黙々と作業を繰り返していく。

 たまにお話してるパートの奥様方もいるみたいだけど、まだまだ新人の私は入れそうにないのであった。あと他に聞こえてくる声と言ったら、指示役っぽい人が名前を呼んで指示出してるくらいのもので、私と同年代くらいの人は皆、口は動かさず手足を動かす感じである。


 うーん、マンガとかアニメだったらこういうバイトでもお友達とかできてるのを見るんだけどなぁ。現実はなかなか難しい。バイトするのは初めてだから、学校みたく気軽に話しかけていいものかわかんない。というか、とても話しかけられそうもない。そもそも、仕事中だしね。話しかけられても困るかも。


 仕方がないので、私もそれにならい、静かに進めていく。うーん、そろそろこのオリコン変えた方がいいのかなぁ。この後何が流れてくるんだろう? 軽くてちっちゃいのなら入りそうなんだけどなー。


「……あの、すみません」


「はいっ!」


 前から声をかけられてほぼ反射的に顔をあげる。するとそこにはお姉さんがいた。多分、同年代くらいかな? 彼女は私よりも下、オリコンの方を見ながら言う。


「この……えっと、牛乳パックみたいなのなんですけど」


「はい! この醤油って書いてある紙パックですね?」


 お姉さんは一瞬固まった。

 なんでだろう、と思っているうちに、お姉さんは説明を再開した。


「……はい。それです。それ、縦じゃなくて横に置いてもらえますか。縦置きだと、他のものが破損したりする、ので」


「そうなんですね、ありがとうございます!」


 私がお礼を言い終わったのとほぼ同時に、そそくさとお姉さんは持ち場……多分持ち場に戻ってしまった。厳密に持ち場とかはないみたいだけど、同じ場所ばっかりやってると自ずと場所は決まっちゃうようで、他の人の持ち場をできるだけやらないのが暗黙の了解になっているんだと思う。


 でも、もし仮に、仮にだよ? 私が自分の持ち場を一瞬でもいいから全部終わらせることができたら……お姉さんとお話しするチャンスなのでは! そう、私、やることなくなっちゃったら何したらいいかわかんないから! お姉さんが一瞬固まっちゃった理由も聞けてないし! 仕方ないよね! うん!


 よーし、とやる気を出しながら、早く作業をしようとした。……けど、すぐに思い知らされた。まだ慣れない作業を急いでこなそうとしても、早々できるものではないのだということを。


「ううぐ~~~~」


 終わらない作業に思わず声に出して唸ってしまった。入れても入れても流れてくる商品。しかも業務用容器みたいなのが来るとすぐオリコンいっぱいになっちゃう。オリコン変えてる間にも別のレーンに商品が流れてくる。


 あはは、なんだか流れ星みたいにスーッてくるなぁ。これだけ流れてたらもう流星群かなぁ。はは、願い事言ったら叶うかなぁ……じゃない!

 お姉さんとお話してみたいのに終わる気配がないぃ……むしろ増えているのでは?今日は、今日は無理なのかな。もっとバイトレベルを上げなければ、バイト先の人と仲良くお話しするなんて夢のまた夢ということなの!? うええん、現実は非情だー!


 くそう、明日こそは、明日こそは! いや、でも私はシフト入ってるけどお姉さんは入ってないかもだ。そんな、そんなぁ。次被る日いつかなぁ。その時には私も仕事バリバリはやーいになってるかな。いや、ならなきゃ! そうだ、前向きにやろう。江口は最強バイト戦士になるのだ!


 頑張って早くしよう。そう決意して顔を上げると、流星群みたいに流れて来ていた商品が、明らかに少なくなっているのに気づいた。なんで!? まさか私に秘められたパワーが解放されて!? と、一瞬本気で思ったけど、全然違った。


 なんとお姉さんが手伝ってくれていた。自分の持ち場もやってるのに、なんて涼しい表情……! まあ帽子被ってるし俯いてて全然見えないから想像だけど、すごい、すごすぎる。なんて早い……!

 し、しかも入れ方綺麗だ! すごい! 私よりも空きスペースが広い! そっか。この容器、横置きじゃなくて縦置きの方がもっと他の物が入れやすいんだ。これが、猛者!


 お姉さんのお陰で滞ることなく作業が進んでいき、あっという間にドライ商品の梱包作業が全部終わった。こんなにスムーズに終わったのは初めてだ。商品の箱がたくさん溜まってしまうと、レーン全体の流れが止まってしまうようで、初日も二日目も私が遅くて止まっちゃってたけど、初めて止まらなかった。安心したし、すごく嬉しい。私だけの力ではないけど、止まらなかったのが本当に嬉しい。

 そうだ! お姉さんにお礼を言わないと! お姉さんがいる方へと小走りで近づいていく。あ、そういえば名札は帽子についてたよね。お姉さんの名前は、っと。


「宮田さん!」


「……はい、何か?」


 宮田さんは振り向いた後、少し間をおいてそう返事をくれた。表情は、うん、やっぱりわからない。だがそれはそれでよし!


「宮田さん、さっきはありがとうございました! すっごい早いんですね!」


「えっ、いえ。そんなことは、ないと思いますけど」


 そう言う宮田さんはどこか困ったような素振りだ。何でだろう。あっ、そっか。そういえば自己紹介してなかった。私の記憶が正しければ宮田さんは初めてシフト被った人だし、誰かわかんないも困っちゃうよね。よーし!


「おはようございます、新人の江口です! よろしくお願いします!」


「はあ、ご丁寧にどうも。私は宮田です。あ、いえ、知ってましたね」


「はい! 名札便利ですね! 名前覚えやすいです!」


 ああ、確かに、というように頷いて、宮田さんは作業に戻った。いや、戻りかけた、と言うのが正しいかも。戻りかけて、また私の方に視線を戻した。


「ええと……次は冷凍なので、シッパー入りのオリコンを並べていってもらえますか?」


「はい! わかりました!」


 シッパーと言うのは、平たく言うと、保冷バックみたいなやつである。オリコンのサイズにぴったりなのだ。冷凍食品の時に、主に使うみたい。


 宮田さんに言われた通りにシッパーオリコンを並べていると、凍ったお肉がどんどん流れて始めてきた。確かに冷凍である。確認せずともわかるとは、やはり宮田さん、すごい。


 その後もあくせくしながら、そして宮田さんに助けられながらも、仕事をした。そうこうしている内に、あっという間に八時になってしまっていた。私の定時である。


 うう……今日も頑張ったおかげで、ちょっとはお仕事速くなったような気がするけど、結局、宮田さんに話しかける機会があれ以降なかったなぁ。本日唯一の心残りだぁ。でも江口夏波の名にかけて、これで終わったりはしない! せめて挨拶してから帰ろう! 顔と名前を覚えてもらえれば行幸、ってやつだよね!


 さて、宮田さんは……あれ? いない。いつの間にか移動を!? 出口までに見つけられないかな!?

 そう思ったけれど、短い出口までの道のりで、宮田さんは見つけられなかった。一体どこ行っちゃったんだろう。あそこのレーンの梱包作業はもう終わりみたいだったし、別の場所に移ったのかな……。作業だけじゃなく行動も速い。さすがだ……。今度は目を離さないようにしておかないと。


 仕方がないので、周りの人たちに「お先に失礼します」と言って、そのまま作業場を出た。その足で、タイムカードを切り、更衣室に戻ることにした。

 友達のバイト先には更衣室はないらしいけど、ここには狭いけど女子更衣室がある。狭いと言っても、ロッカーの数は結構多い。二、三人なら大丈夫だと思うけど、それ以上の人数と帰る時間が被ったら交代制になりそうだなぁ。従業員の休憩室もあるし、待つのも苦にならないから全然大丈夫だけどね!


 欲を言うなら、一緒に待ってくれる人がいたらもーーーっと最高なんだけどなぁ。宮田さんが明日もいますようにってお願いしたら、明日も来てくれるだろうか。……シフト表確認でどうなのかが一発でわかっちゃうけどね。見るまで希望は捨てちゃいけないよね!


 明日に希望を抱きつつ、ドアノブを捻り、女子更衣室に入る。すると、そこにいたのは、


「はっ、宮田さん!」


「お疲れ様です。ええと……江口さん」


 もう制服も帽子も脱いでいたし、結ばれてる髪も低い位置に括ってあって他の女の人たちと同じ感じだけど、すぐにわかった。雰囲気が明らかにさっきまで見ていた宮田さんだ。帽子がないお陰で、表情も見やすくなっている。私を見てから、少し考えてから私の名前を呼んだ辺り、おそらく咄嗟に名前が出てこなかったんだろうなぁ、と思う。やった、名前覚えてもらってる!


 宮田さんと会えずに帰ることになると思ってたから、ここで会えるなんてすごく嬉しいな。そうだ! 仕事も終わってるし、話しかけても大丈夫だよね! よーし、黙れって言うまで黙らないぞ! そう決意し、うきうき気分で話しかける。


「宮田さんもこの時間までなんですね!」


「はい。……今日はあまり仕事がなかったので、残業の必要もありませんでしたから」


「いつもはもっと忙しいんですか?」


「時期によって違いますけど、最近は少ない方ですね」


 今日も結構大変だった気がするけど、さらに上があるんだ。やっぱり私はまだまだだなぁ。


「それなら、忙しい時にも対処できるようにもっとテキパキできるようにならなきゃですね! よし、頑張ります!」


 私はそう言って、宮田さんに笑いかけた。けれど、宮田さんはくすりとも笑わなかった。彼女は私を見て、少し黙っていた。睨んでいるように見えたけど、なんとなく違うような気がする。でも、私何か言っちゃったかな、と思うくらいには、緊張感を思わせるような瞳で私を見ていた。目は合わせていないけれど、私のどこかを見ていることは確かだ。


 なぜだか長く感じてしまった数秒間の静寂の後、宮田さんは絞り出したような、緊張したような声で話した。


「えっと、あんまり……頑張りすぎないでください。最初は私も、あなたと、いえ、江口さんよりも仕事、遅かったですし」


「へ? そ、そうなんですか?」


 私の言葉に、宮田さんはすぐに頷いた。本当、だよね? でも、さっきの宮田さんの働きぶりを見ると、にわかには信じられない気持ちになった。……うーん、私を慰めるために言ってるって雰囲気でもない、気がする。


「江口さんは、今日で何日目ですか?」


「三日目です」


「それなら、大丈夫ですよ。私は少なくとも一ヵ月は、いくらやっても遅くて怒鳴られていましたから」


 宮田さんは平然とした様子でそう言った。やはり、嘘を吐いている感じでも慰めようとする感じでもない。ただただ事実を言っているような、そんな感じ。どうしてそう感じるのかって言われたら難しいんだけど、なんだかそう感じる。

 宮田さんは少ししてから、私から視線を外してロッカーに向き直った。けれど、特に何かするでもなく、そのまままた、私に言った。


「……ええと、だから、そう急いで早くなろうとしなくてもいいと思います。別に、ずっと続けていて遅いならまあ、結構な問題ですけど、あんまり頑張りすぎても消耗するだけです。あなたが真剣にやってることはわかりますから、少しずつ速くなっていけばいい、のではないでしょうか」


 言っていることは、私には少し難しかった。こういうことを言われたことがなくって、聞き馴染みがなかったから。別に、誰かに強要されてたわけじゃないけど、頑張るって言うと周りの人は必ず、頑張って、って笑っていたから、頑張りすぎなくていいと言われたのは、これが初めてで。

 でも、私に期待してないんじゃなくって、私のために言ってくれていることは確かなんだろう、と思う。じゃあ、私が言うべきことは、これしかない!


「すいません、変なことを言」


「ありがとうございます! 宮田さん大好きです!!!」


「はい!?」


 振り向いた宮田さんは意表を突かれたような表情をしていた。でも言わずにはいられないよ! だって、初対面の人を気遣えるなんて、絶対に良い人だ! お友達になりたい! 逃してなるものか!


「ちょっと待っててくださいね! 一緒に帰りましょう! 送ってきますよ!」


「いや、ええ? ……突っ込みたいところはたくさんありますが、ええと、帰り道一緒ですかね?」


「一緒じゃなくても送ってきますよ!」


「申し訳なさすぎます。というか、どちらかと言うと送っていかなければならないのは私の方だと思いますが……」


「チャリンチャリンで来てるから大丈夫ですよ!」


「……? あ、自転車のことですか? チャリンチャリンって呼んでる人初めて見ました、ではなく。女の子なんですから、もうちょっと危機感を持ってください」


 それを言うなら宮田さんも女の子なんだけどなぁ。でも、帰り道一緒だったらいいなぁ。一緒じゃなくても一緒に帰るつもりだけど、その方が気兼ねなくおしゃべりしてくれるよね。神様仏様! 帰り道が一緒でありますように!


「よし! 準備完了です! 行きましょう、宮田さん!」


「……はい。行きましょうか」


 宮田さんは私を見て、何だか呆れたような、いや、諦めたような感じになっていた。でも、嫌そうではなく、むしろ笑っていて、私も笑顔になっちゃった。ん? もうなってたのかな? それはともかく。ふふ、バイト三日目、すごく良い友達になってくれそうな人と、仲良くなれたみたい。いや、なれたよね!


 そうだ! 折角だし、あれを聞いておこう!


「宮田さん! 明日はバイトですか?」


 宮田さんは、頷きながら答えてくれた。


「ええ、はい。江口さんもですか?」


「はい! 楽しみです!」


「……不思議な人ですね」


 宮田さんが微笑んだ。もしかして、バイトが楽しみだと思われちゃったかな。宮田さんとお話しできるのが楽しみなんだけどな。なんて言うと引かれちゃうかなぁ。

 でも、明日の活力がみなぎってきた。よーし、頑張りすぎないくらいに頑張るぞ! 

 

 えへへ、明日もいい日になるぞー!

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