第12話 【番外編】悪役令嬢にされた私。(フィルミーナ嬢視点)


 私は何を間違ってしまったのだろうか。

全てが最初から、間違いだったのかもしれない。


 始まりは、一目惚れだった。

第一皇子殿下の婚約者を選ぶお茶会に参加した私は、まだまだ夢見がちな少女だった。


 まるで物語から出てきたような皇子殿下をみて、私は初めての恋に落ちた。そして、人生で初めて、どうしても手に入れたくなった。

 


 このお茶会で頑張れば、私がお嫁さんに、皇妃様になれる。目的が出来て、その目的を達成する為の手段が、目の前に転がっていたのだ。



 私より可愛い令嬢、私より賢い令嬢、私と同じ家格の令嬢、私より愛嬌のある令嬢、私よりあざとい令嬢



 みんな魅力的だった。でも、私が皇子殿下の婚約者になると、私自身が決めたのだ。醜い欲を隠し、必死に自分を売り込んだ。


 その結果、私が婚約者に選ばれた。


 私はライバル達に打ち勝った。


 自分が誇らしかった。


 婚約者となった私は、皇子殿下と再会した。

「改めてよろしくね。フィルミーナって呼んで良い?僕のことはカイルって呼んでね」

「はい。カイル殿下」


 とても嬉しかった。初めて好きになった人のお嫁さんになれるのだと、当時は舞い上がった。


 そして、婚約者に決まったことにより、始まった皇子妃教育はとても過酷だった。


 早朝から夜遅くまで行われる教育は、非常に多岐に渡り、遊んでる暇など一切なかった。


 それでも私は頑張れた。

 私の努力が、国のため、民のため、カイル殿下のため、何より私自身の将来のためになるのだ。


 自分の血となり肉となる教育なので、常に意欲的に取り組めた。


 カイル殿下とは、月に一度、設けられた婚約者の日にお茶をしていた。

 私には何よりのご褒美の時間だった。

 このために頑張っていたのだ。と、毎回幸せを噛み締めていた。



 私とカイル殿下は婚約者という関係ではあるが、恋愛感情というよりは、友人関係に近いものだった。



 しかし、この関係も大人になれば変わるのだと、漠然と思い込んでいた。



 だって、私はカイル殿下の婚約者なのだから。

 カイル殿下と結婚し皇妃となるのは、私なのだから。

 大人になれば、カイル殿下も、私を愛する人として慕って、大事にしてくれる。そして私達は結婚するのだ。



 何故ならばそれは、幼き頃に、私が勝ち取った未来なのだから。



 今になって考えると、何故、盲目的に未来を信じられていたのか、わからない。



…………………….


 

 15歳になりアカデミーに入学した。

アカデミーを卒業すれば、カイル殿下と結婚出来る。


 この3年を乗り切れば、今までの努力が全て報われるのだ。



 皇子殿下と結婚する。


 始まりは小さな恋心だったが、月日を重ねるにつれ、大きな目標へと成長していた。


 目標なんて、綺麗な言葉では表せないものに、なっていたのかもしれない。



 今となっては、それもわからない。



 アカデミーの教育は皇妃教育に比べ、時間の拘束も少なく、拍子抜けするほど簡単であった。


 アカデミーの期間は、皇妃教育と公務も必要最低限になっていた。


 これにより、皇子殿下の婚約者となってから初めて、自分の時間が出来た。


 新しく出来た自分の時間も、全て勉強に充てた。

 私とカイル殿下が、未来の国を作っていくのだと考えれば、休んでなど居られなかった。


 いくらやっても、いくら考えても、やり過ぎという事はなかった。出来る事をやらないのは怠慢だと。自分を叱咤し、必死に取り組み続けた。


 アカデミーは2年目になり、1年生が新たに入学してきた。


 それくらいの認識だった。


 私の日常は変わらない。あと2年でカイル殿下と結婚出来る。と、更に勉学や社交に力を注いでいた。




 しかし、この時すでに私の日常は、気付かぬ内に、ジワジワと蝕まれていた。




 ある日気が付いたら、カイル殿下が敵を見るかのように、私のことを睨み付けてきていた。


 睨まれるような事をした心当たりはないし、理由がわからない。理由を聞こうと殿下に直接話しかけたが、無視されてしまった。


 殿下はいつも優しかったのに。幼い頃から長い時間ずっと婚約者だったのに。どうしてなのか、理由が全くわからなかった。とても悲しい気持ちになったのを覚えている。



 しかし、程なくして、理由は判明した。

 カイル殿下と男爵令嬢が大変親しい仲だ。との噂が流れてきたのだ。



 噂の真相を確かめるため、噂の男爵令嬢を探した。

大きな声で笑いながら、廊下を走っていたので、すぐに見つけられた。


 令嬢は何人もの高位貴族の令息を引き連れ、楽しそうに笑っていた。


 しばらく観察していたら、カイル殿下が来たようで、その男爵令嬢は大きく手を振りながら、耳障りな声で「カイルー!こっちよー!」と叫んでいた。



 会話内容は聞こえないが、男爵令嬢に歩み寄るカイル殿下は、私が見たことのない表情をしていた。


 大切な物を、心から慈しむような表情であった。私はその表情を見た瞬間に、悟ってしまった。私は負けたのだと。




……………………




「フィルミーナ様、あのアバズレどうされるおつもりですか!?」

「あんなの許されませんわ!」

「何とかしませんと!」


 口々に同じ派閥の人達が騒ぎ立てる。

 私に何を期待しているのか知らないが、どうしたら良いのか、わかるのなら教えて欲しい。


 私は幼い頃から一生懸命努力してきた。

人生の全てを捧げてきたと言っても、過言ではない。


 騒ぎ立てている令嬢達が、寝ている間、遊んでいる間、だらけている間、私はずっと努力し続けてきたのだ。


 彼女達は、まるで小判鮫だ。何故私が、おこぼれを啜りにくる者の言う事を、聞かなければならないのか。理解に苦しむ。



 これ以上どうしたら良いのか、私にはわからなかった。


 

 どうする事も出来ずに、私は日々を過ごしていた。誰かに相談しようと思っても、陛下や皇妃様、両親や兄弟。誰に相談するのも正解とは思えなかった。




 これからのことについて悩みながら、俯き歩いていた。

ふと気が付いたら、目の前に人が現れた。


 「ごめんあそばせ」と言って、道を譲ろうと顔を上げると、あの男爵令嬢が居た。


 すると、何を思ったのか、水入りの大きな容器をもった令嬢は、そのまま大量の水を頭から被ったのだ。


 ずぶ濡れになった令嬢をみて、私はただただ唖然としてしまった。


 すると令嬢は突然「キャー!」と叫び、駆け出した。

 悲鳴を聞き駆け付けた令息に、何やらこちらを指差しながら、抱きつき訴えていた。



 そのとき、私はハメられたのだと気が付いた。


 その後も令嬢は、度々私の前に現れた。

何故か私が行く場所を知っているようで、避けようと思っていても、行く先々に現れた。


 勝手に転んだり、階段から飛び降りたり、自ら教科書や制服をボロボロにしている場面にも遭遇した。


 私を罠に嵌めたいのだろうが、理由と目的がわからなかった。


 私は未来の皇子妃のため、陰ながら皇家の護衛がついている。そのため、事件の全てが冤罪だと簡単に証明出来る。


 しかし、私は認めたくないが、現在すでに殿下から冷遇されている。寵愛を受けているのは、男爵令嬢のはずだ。


 その彼女が、更に私に罪を被せようとしてくる、理由がわからなかった。


 男爵令嬢の目的がわからないまま、年度末のパーティーを迎えた。


 殿下は婚約者であるはずの、私をエスコートしてくれず、1人で会場入りすることになった。


 好奇の視線に晒された。何故、私がこんな目に合わねばならないのか、考えた。しかし、何もわからなかった。



 その後、男爵令嬢を伴って、殿下が現れた。



 程なくして殿下は無情にも、私を断罪した。

 男爵令嬢の目的はこれだったのだ。


 私はやっていないと言っても、聞いてもらえなかった。


 幼い頃から殿下のために、私の全てを捧げて、努力してきたのに。話すら聞いてもらえなかった。



 私が無実を証明することは簡単だ。



 でも、今それをここで主張したら、カイル殿下は観衆の面前で何の根拠もなしに、無実の婚約者を断罪し、貶めたことになってしまう。


 …もうどうでもよかった。でも、ずっと好きだった殿下の足を、私が引っ張ることだけは、絶対にしたくなかった。



 恋心など淡い思いではなく、私自身の意地とプライドに掛けて、殿下を貶めることを選べなかった。


 そして、そのためであるのならば、私がこの場で貶められても構わなかった。



 後でいくらでも、弁明の機会はあるのだから。

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