第3話 ヨッシー先輩

 今の笹木店長にかわって一番最初にバイトをやめたのが……

 私の一つ上で他の大学に通っているうお座のO型ヨッシー先輩だった。



 180cm近い長身、明るい茶髪の塩顔イケメン。

 ニッと笑うと左側だけエクボが現れるところが可愛いい人だった。

 話も面白くて、盛り上がっている輪になかなか入れない人に気が付いて話題を振ってくれたり、絡んできそうな酔っ払いのテーブルに率先して注文を取りにいって、料理とお酒を運んでくれるような間違いなくバイト先の中心人物、よく気が付くムードメーカー的存在だった。


 私もちょっと絡まれたときに、「次からあのテーブル変わるよ」ってさらっとされて恋心を不相応にも抱いてしまった人物だった。

 といっても私の恋はヨッシー先輩がバイトを辞めてしまって。

 辞めると同時にSNSのバイト先のグループからも抜けて行ってしまったから。

 個別で連絡先の交換もしてなかったため、バイト中は好きってこともあって自部からも話しかけに行ってたから結構話していたのに今はどうしているかわからない。



 やめる理由は、取りたい資格があるからそっちに集中するためだった。



 ヨッシー先輩がいるころは、バイト中もすごく楽しかったし。

 休みのメンバーでご飯行ったり、遊びに行ったりってのもある本当に楽しい職場だった。


 今日いるメンバーと何話そうとか、バイトしに行くはずが、皆の顔をみておしゃべりするのが楽しみになってた。

 だけど、ヨッシー先輩が辞めた後から、辞める人のほうが珍しかったバイト先の人たちがポツポツと辞め始めた。



 私と同い年で同時期に入った美容専門学校に通ってたかわいい系のリリコちゃんは、私もこれから試験があるからってヨッシー先輩が辞めた翌月にやめちゃったし。

 リリコちゃんが辞めた次の月、噂によるとリリコちゃんに告白するか悩んでた3つ上のタッキー先輩と私の2個下の高校生のユズ君も辞めちゃって。

 それから数日遅れで、キッチンでカクテル作るのがすごく上手だった大学院生のエナさんもやめてしまった。


 後はとどめと言わんばかりに、新年会シーズンが終わると同時に。

 仲良くしてもらっていた、他大学の大学3年生だったハルちゃん先輩とフユト先輩もそろそろ就活だからってやめてしまった。



 確かに古屋さんが言う通りで、今まで仲いい人が抜けて寂しいとしか思っていなかったけれど。

 今のメンバーだと、前と同じ人数じゃホールはなぜか回らない。

 どうやらそれはホールだけではなく、キッチンも同じ。

 リリコちゃん以外はこのバイト先で1年以上働いた人達ばっかりだったから、なれた人が抜けたから穴がうまらないと思っていた。



 でも、今思い返すと。

 気心が知れるまでは、長時間人と会話するのしんどいタイプの私だけれど。

 リリコちゃんはいろんな話題を振ってくれて、気まずいとか思ったことはなかったし。

 リリコちゃんは同時期に入ったのに古屋さんみたく、私よりも何倍も速く仕事を覚えて、早くミク覚えて~とかおちゃらけで言ってくるような子だったと思い出す。


 それに今上に名前があげた人達が辞めるたびに、なんか前と同じように働いているのに前のように回らないことが増えていたと今更ながら気が付いた。


 ハル先輩とフユト先輩が抜けた後は、本当に回らないってことを強く実感する。

 だからこそ、店長もこのメンバーだと回らないからと鬼のように私のスマホに連絡してくるわけで……




「『さのさの』って、要領がいい人とかムードメーカーみたいな人がすでに抜けた後なんじゃないかな?」という古屋さんの言葉がぐるぐるする。

 私が新人の頃よりもすんなりと仕事を覚えてしまった古屋さんは、たった1か月でもうバイトをやめようとしている。



「今の店長に変わって。一人辞めてから、どんどんやめていって。それから今まで通り新しく人は入ったりしたんだけれど、長続きする子が前みたくいなくて」

 ぽつり、ぽつりとそういうと。

 古屋さんは水を飲みほして「だろうね」と言った。





 なんていうか、今の今までバイトをやめることは悪いことなんじゃないかなとなんとなく思っていた。

 それに、今バイトをやめたら残った子が困るだろうしとも強く思ってた。

 私が店長が望む答えを言うまで続く連絡も、スマホの電源を切ってほっとするくらいになってしまっているし。

 すでに今回のテストはやらかしてしまっていて、大学に学費としてお金を沢山はらっているのに何してるんだろうとすら思えてくる。



「高校のとき同じようなブラックバイトで働いたことがあるんだ」

 あれこれぐるぐる考える私に、古屋さんから話をさらに振ってくれた。


「社員さんが一人入れ替わっただけなんだけれど、バイトの子が辞めだしたんだよね。しかも要領のいい子とか、楽しい子とかできればバイトに残ってほしい人ばかっかり」

「そうなの! 『さのさの』も店長が変わってから、すごく楽しくって職場のムードメーカーになってた先輩がやめてから、どんどん人が辞めだしたの」

 古屋さんの話に私は思わず食い気味にそういった。

「やっぱりね。もしかしたら、辞めた人はもう違うバイトで働いてるかもね」

「でも、皆理由があってちゃんとやめていったよ」

「本音と建て前ってやつじゃないかな。バイトきついんでやめますとか。店長の連絡がしつこいんでやめますとは言えないじゃない」

 古屋さんに指摘されて、それが図星で私はまた考え込んでしまう。



 穏便にこういう理由でやめますって抜けて行った人が、別のバイトをする。

 そんなことあまり考えたことなかった。

 むしろすごく楽しい職場だったから、ヨッシー先輩は2年だし。資格の試験さえ終わればまた戻ってくるんじゃとか淡い期待すら抱いていたけれど。

 古屋さんの話しでその淡い期待もパラパラと崩れ落ちていく。


 今の職場は前のように楽しくない。

 今バイトでまた働きたいか? と聞かれると、答えは速答でノー。悩む暇もない。


「ねぇ、古屋さんさ。バイトやめちゃっても本当に困らない?」

 心の中では私はすでに答えが出ているのに、まだ認めたくなくて、古屋さんにもう一度私は問いかけた。



「今スマホの電源を切るほど困っているのは、やめるつもりの私じゃなくて、働き続ける予定の石井さんじゃない?」




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