第2話 代わりに人身御供になって

 本当に藁にもすがるような気持ちだった。

 テスト前半は本当にダメダメだったし、後半はもう少し力入れてやりたい。

 せめてテスト期間前から準備とかできてればよかったんだけれど。

 テスト期間前もバイトのシフトが沢山はいってたから準備もろくにできてない。



 他の生徒もちらほら通っているのに、私は逃がすまいと古屋さんのコートの裾を掴んで深く深く頭を下げて頼み込んだ。

 それくらい、なんていうか追い詰められてた。

「私もテスト前だし。それにもうバイトはやめるから」

 私の必死な懇願にも関わらず。

 古屋さんの返答はお断りだった。

 なんで、さっきから他人事なの? 同じバイト先の仲間なのに……




 そんなことを思っていると、今度は着信がなった。

 見なくても相手は誰かわかる。

 だって、この流れは一昨日も昨日も経験した。

 店長だ!

 私が行くというまで、電話を切らせずやんわりとした言葉図解でしつこく頼んでくる奴だ。



 出たら昨日と同じ。

 でも、出なくても電話はおそらく出るまでかかってくる……

 どうしよう。どうしよう。



 古屋さんのコートから手を放しスマホを握りしめて、私は今にも追い詰められて泣きそうになってしまう。

 その時だ。

「出たくないなら、一回電源切ったら?」

 古屋さんだった。

 スマホの画面をみたまま固まる私に古屋さんはさらに言葉を続けた。

「かけてきてるの店長でしょう?」

「うん、でも……」

 電話に出なかったら、社会人としてちょっとみたいなことをぐちぐち後で言われてしまうと頭によぎる。




「あんまりこういうこと言うのは何だけれど。私こういうことされるからバイト辞めるって言ったんだよ」

 古屋さんの一言に私はなんていうか、すごく納得がいってしまった。



「スマホかして、出たくないんでしょう」

 そういうと、私も出たくないのもあって、スマホはすんなりと古屋さんの手に渡って。

 あっという間に私のスマホは古屋さんの手によって自分では絶対にできなかった電源オフにされた。



 ポンっと私の手に電源の切れたスマホが乗せられた。

 あれほどしつこかった着信は電源が切られたことでようやくピタッと収まり静かになった。


「ありがとう」

 問題は何一つ解決してないんだけれど、嫌なことをが一個先送りなってちょっとだけ安堵した。



 古屋さんは左手の袖を少しだけめくると、華奢なデザインの時計で時間を確認し私にこう言ってきた。

「30分なら時間とれるし、ちょっと学食で話さない?」

「うん……」

 そうして、私は古屋さんと学食で少し話すことにした。




 昼食のピークが過ぎたせいか、学食は空いていた。

 古屋さんは手早く無料の水を私の分もグラスに注ぐと「あっち空いてるから座ろう」と端っこへと移動した。




「石井さんとこういう風に話すの初めてだよね」

 緊張して水を目の前にして困惑する私をよそに、古屋さんは話し始めた。

「私ね。テスト期間中は出なくていいってことを確認してバイトに採用されたんだよね。でも、テスト期間が始まったら今の石井さんみたく、シフトに出てほしいって連絡がしつこく来たからやめることにしたの」


 私も店長のしつこい連絡が嫌でたまらなかった。

 成績にも今回ガッツリ影響が出たことはテストが戻ってくる前にわかるくらい……

 それでも初めてのバイト先だったし私はやめるとか考えたこともなかった。



「石井さん、なんか今日肌も荒れてるし。電話かかってきた時にひどい顔してたの気づいてる?」

「えっ」

 そう言われては私は思わず頬を抑えた。

「余計なおせっかいかもしれないんだけれど、バイト先って沢山あるし。他のバイトも検討したらどうかな。この雑誌とか、学食の入り口にやつだけでもかなりバイト先からさ」

 そういって、古屋さんは鞄から学食の入り口にも置かれた求人のフリーペーパーを私に差し出してきた。



 今のバイト先に決めたときもそうだ、こんな風にフリーペーパーに載っているのから選んで採用されたんだった。

 差し出された求人情報のページをめくると、そこにはパッと数えきれないほど沢山のバイト募集が載っていた。



「でも、私バイト初めてまだ1年も経ってないし……。そんな早く辞めちゃうのって就職とか考えたときによくないかなって。こう続かない子みたく思われたら困るし。履歴書になんか書いたりするときとかさ」

 古屋さんはそういうことをあまり考えてないのかもしれないけれどとは、古屋さんに面と向かっては言えなかったけれど。

 バイトを早くやめちゃうって、辛抱がないように見られるような気がするのだ。



 だから私はすぐにやめたくても辞めれない理由があるのと言ったつもりだったけれど、古屋さんはきょとんとした顔をして私に質問した。

「履歴書にバイトを記入する欄はないけど……」

「えっ?」

「いや、だから就活の履歴書でしょう? バイトをわざわざ記入する欄とかはないけど。ほら」

 そういって、スマホで履歴書の画像検索結果を見せられた。



 いろんなテンプレの履歴書が載っているけれど。

 バイトのことが書かれているものはパッと見た感じ見当たらない。



「でも、自己PRとかガクチカとか」

「バイト以外のことを書けばいいんじゃないかな? バイトのことを書けって欄じゃないし。それに……大学進学したのに、PRできることが大学で学んだことじゃなくてバイトで頑張った経験はそれはそれで問題っていうかさ」

 そう言われると、高くない金額をはらって進学したのに、バイトのせいでテストの成績が悪くなっちゃって余計に私何しているんだろうって気持ちが込み上げてくる。


 それでも私が辞めないのは自分だけのことじゃなくて、他の周りの人のことを考えてだし。


「それは古屋さんの言う通りかもしれないけれど……。でもやめてしまうと他のバイトの子も負担が増えて困るだろうし」

「負担が増えてつらいとかなら、その子たちが自分が今後どうするか考えて他のバイト探すなりを考えればいいだけであって。石井さんが自分のテストとかそっちのけで、誰かの為に辛いの我慢して続ける必要はあるのかな?」

 でも、でも、だってとやめない言い訳を考えていた私の心にズドンとくる言葉に私は反論の余地もなかった。

 


 押し黙った私に古屋さんは困った顔で続けた。

「こういうの言いたくないけれどさ。『さのさの』って、要領がいい人とかムードメーカーみたいな人がすでに抜けた後な感じがするんだよね」


 そう言われて、真っ先に浮かんだのは店長が変わってきてしばらくしてやめてしまった。

 私の好きだったヨッシー先輩のことだった。


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