クソゲーの呪い

渦目のらりく

クソゲーの呪い

   クソゲーの呪い



 俺は世にいうクソゲーハンターだ。世の中の忌むべきクソゲーをこよなく愛して収集している。



 しかし俺には深い悩みがある。



 ネットや巷で話題になった様なクソゲーはもう全てプレイしてしまったのだ。つまりもう次の弾が無い。



 始めてプレイしたクソゲーの素晴らしさを恍惚として思い出す。毎月五百円のおこずかいを必死に貯め、フルプライスで購入したゲーム『ゴスルミンと屑鉄の騎士』



 俗にいうRPG。始めて自分で買ったゲームに、当時小学五年生だった俺は相当に胸を弾ませた。



 しかしその過酷すぎる内容と、馬の糞みたいなゲーム性に、俺は膝から崩れ落ちた。


 雑なドットに、行き先のわからぬ広大なマップ。膨大なロードに硬すぎる敵。それに対抗しようと必死になって上げたレベルだったが、それに比例して強くなっていく既存の敵。つまり力の差は埋まらない仕様。

 そして頻回にあるフリーズ、データ破壊。所見殺しの罠が無数に仕掛けられたマップで何度も殺され、かなり前からやり直させられる。

 そして主人公のゴスルミンは何故かカタコトで「アー」とか「ウゥー」「フヌォオー」とかしか喋らない。そのキャラ設定について深い説明はなく、幼い頃に深い闇を見せられたゴスルミンは、それ以来固く口を閉ざしたとあったのみ。

 そして何時になっても現れぬタイトルの屑鉄の騎士。


 必至に貯めた貯金でこれを買った当時の俺は、ゴスルミンと同じようにしばらくの間「アー」と「ウゥー」しか喋れない体になった。さぞや深い闇を見せられたのだろう。

 ……「フヌォオー」は流石に言わなかった。いや、便座に座って一度だけ言ってみた事があった気がする。

 まぁとにかく、俺はこの『ゴスルミンと屑鉄の騎士』『ゴミクズ』と呼んだ。実にしっくり来る略称だった。


 俺は当時クソゲーに心も体も打ちのめされた。もう二度と訳のわからぬゲームは買わないと心に誓ったのだが、あの地獄の縁を垣間見せられているかのような最悪な気持ちが、二十代になってから妙に恋しくなって、酒でも飲みながらもう一度プレイしたい、と思ったのが、俺のこの変態趣味の始まりだった。



 前置きが長くなったが、かくして狂乱のクソゲーハンターと化した俺だったが、そのあまりの快進撃で、目前の敵を全て殲滅してしまったのである。バーサーカーとなった俺の目前に、次の標的が見えなくなったのだ。この振り上げた拳は何処に振るえばいいのか……俺はしばし、戦場をさ迷うこととなった。



 そんな折、俺はクソゲー愛好家の友人から、とんでもないゲームを受け取った。


『ゴスルミンと屑鉄の騎士β版』


 俺はこのゲームを受け取った時、当時とは別の意味合いで膝から崩れ落ちた。そして深く胸にそれを抱き、目尻に熱いものを伝わせた。


 まさか『ゴミクズ』のβ版が流出して出回っているとは、そしてそれが友人の手にあるとは。

 ゴミクズのβ版などいったい全体誰得なのかと思うだろうが、俺得だ。

 変態趣味の人間にのみ神々しい光を放つ極上の一品だ。

 

 どうして後光の射すようなこのゲームを手放すのかを友人に尋ねると、


「なんかそのゲームを手に入れてから怖い思いをする様になったんだ」と話していた。まぁ要は、曰く付きの品物を人に押し付けたって事だが、俺にとっては棚からぼたもち以外のナニモノでもない話しだった。



 俺は家に帰って早速『ゴミクズβ版』をプレイした。


 製品版よりバグの頻度が高い。ゴスルミンの下半身が巨大化したままストーリーが進行している。

 ――最高だ。


 またバグだ。画面がフリーズした。セーブ地点からやり直しじゃないか、嬉々としてリセットボタンを押す。



 夢中になっていると、いつしか時刻は深夜になっていた。


 あぁ、またバグだ。画面がブラックアウトした。ゴスルミンのボイスが「ウォウォウォウォウォウォウォウォ」と延々繰り返している。


 最高だ! なんて最悪なゲームなんだ!


 設定も少し違うしマップの配置も違う。初めて見る敵もいたし、ゴスルミンのボイスも少し変わっていた。


「よし、必殺技だ」


 必殺技を繰り出したときの掛け声「フヌォオー」が聞きたくて、俺は画面に目を凝らした。


「ファーック」


 ――セリフが違う!

 しかもなんてダサイんだ! というか喋っている! そしてゴスルミンが英語圏の人類である事実に驚愕した。というか「ファック」はこちらの台詞だ。


 そこでブツンと画面がフリーズして、ブラックアウトした。


 すると鏡面の様になった暗黒の画面に、コントローラーを持って血眼になった俺の背後、ポスターを貼った壁に背を預けるようにして、長い髪の女がボーッと立って画面を観ていた。


 直ぐに振り向いたが誰もいなかった。ブラックアウトした画面を見直しても、そこには脂ぎった額を光らせた俺しか映らなかった。


「お化けじゃん」


 それだけ言って背後の壁に向かって「ファーック」と叫んだ。

 背後の女など心底どうでも良かった。それよりも、とにかく俺は画面の中のゴスルミンに会いたくて堪らなかった。


 霊よりもゴスルミンにとり憑かれた様な俺は、また『ゴミクズβ版』を起動してセーブポイントからやり直し始める。

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クソゲーの呪い 渦目のらりく @riku0924

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