転生者は死ぬ気の一撃を食らった

染谷市太郎

死んでも勝ちたい意地がある

「あなた、強かったですよ」


 ジャックは気持ちが悪いと思った。

 目の前の少年が吐くセリフが、気持ちが悪いと思った。


 ジャックは少年に負けた。決闘という命を懸けた戦いに負けたのである。

 ジャックは貴族の子息であり、剣にも魔法にも才があった。

 ジャックは田舎出身という少年に対し決闘を挑み、負けた。

 完膚なき敗北だった。歯が立たなかった。剣は届かなかった。

 一瞬で勝敗はついたのだ。


 そして、先のセリフだった。

 実力を出すこともできず、無様に負けたジャックへ手を差し伸べてのセリフだった。


 ジャックは気持ちが悪いと思った。吐き気を催した。次いで怒りが沸いた。

 いったい今の勝負のどこをどう見ればそのような評価ができるのか。何故そのようなセリフが吐けるのか。


 膝に土をつけたジャックは、地面に爪を立て、怒りを表そうと少年を見上げる。

 その少年の顔。何かをごまかすような笑顔。

 ジャックは悟った。

 目の前の少年は、ジャックを見てこのセリフを吐いたのではない。

 この少年は、敗北者に手を差し伸べる少年自身に陶酔しているのだ。

 そんな自慰まがいの行動に巻き込まれた。

 ジャックは少年の自己顕示欲に利用されたのだ。

 ジャックはそれが何よりも、そして生涯味わったことのない屈辱だった。




「お前には失望した」

 それがジャックの敗北を耳にした父のセリフだった。

 ジャックはスミス家という貴族の子息である。

 長男であり、後継ぎである。

 いずれはジャック・スミスという名を国一の男としてとどろかせると期待をされていた。

 両親や親族たちからの、その期待を一身に背負い、ジャックは生きてきた。

 しかし、一度の敗北に、ジャックの父は情けも容赦もなかった。

 さらに父の言葉はジャックを傷つけた。

「ましてや神に愛された英雄を、無法者呼ばわりするなど」

 ジャックの父は、あの少年を英雄と呼んだ。

 なんということだ。

 確かにあの少年は人知を超えた力を使っていた。人間が扱える以上の力を持ったあの少年は、神に愛されたといっても過言ではないだろう。

 しかし、そんな力を持っているからと言って英雄と呼べるだろうか。いいや、あの高慢な少年を決して英雄とは呼べまい。ましてや彼は、何の武功も立てていやしないではないか。


 通常であれば父の叱咤に黙するジャックも、その色眼鏡に今回ばかりは進言しようとした。

 しかし父はそれを強い語気で制した。

「いずれはアリスと彼を婚姻関係にさせるつもりだ。アリスから聞く限りは彼は寛容な人格という。お前を側近にさせることも許してくれるだろうよ」

 ジャックは父の言わんとしていることを理解した。

 つまるところは、少年をスミス家に取り込もうということなのだ。

 そのために、家督の座も、また娘のアリスもささげようという魂胆だ。


 ジャックは妹のアリスと、少年の婚姻の浮上に驚きはしなかった。

 そもそもが、決闘の原因がそのアリスであるからだ。

 アリスはジャックからすれば不出来な妹である。

 何事も人より劣り、自慢するのならば母譲りの容姿程度。内向的で社交性もない。

 そんなアリスがスミス家に泥を塗らないよう、ジャックはことあるごとにアリスの不出来を指摘していた。

 その指摘に、あの少年が楯突いたことが事の始まりだった。

 人にはそれぞれ長所がある、だとか、あなたは妹を何もわかっていない、だとか薄っぺらなご高説を垂れる少年に、激昂しての決闘だった。

 そして負けた。

 少年は強力な魔法でジャックを一撃で倒した。

 そんな少年にアリスは心酔したのだろう。


 ジャックの怒りは沸点に達していた。

 その怒りの矛先は、父であり、アリスであり、あの少年でもあった。

 大きな力に目をくらませ、家を犠牲にしようとする父に怒った。

 先を考えることもできず、ただ成すがままの妹に怒った。

 そして何より、己に泥を塗っただけでなく、スミス家にまでも土足で上がり込もうとする少年に怒った。


 ジャックは自身の血筋、スミス家に対して誇りを持っていた。

 その誇りは、スミス家を作り繁栄させた先祖への敬意であり、またこれからを担う子孫への期待だった。

 誇りゆえにプライドが高く、そしてそのプライドを、ひいては血と名を守るためにジャックは努力も怠らなかった。

 才能以上の能力を得ようとし、才能以上の功績を上げようとした。こつこつと、こつこつと、その道筋を積み上げてきた。

 かつ、それを他人に見せることもなかった。

 できて当たり前だと言われる環境で、できて当たり前だと語る生き方をしてきた。

 だからこそ、少年を許せなかった。

 そこには、ジャック自身に恥辱を味わせたという理由もある。しかし何よりも、ジャックが誰にも譲ることができないスミス家に踏み込もうという不敬を許すことなどできなかった。

 

 そんなジャックの行動は、実に単純だった。

 もう一度戦い、そして勝つ。

 勝ったあかつきには、少年に少年本人の矮小さを理解させよう。

 そしてスミス家そのものの誇りを守る。

 その考えが、ジャックを支配した。




 ジャックが少年に敗北し、ひと月が経とうとする頃、再戦の機会は訪れた。

 それは王の前での御前試合だった。

 少年の神に愛されたと言われるほどの力を、王が見たいと望んだからである。

 ジャックは自身が今まで積み上げてきた財産や功績をなげうって、その試合相手に参戦した。

 少年は方々で活躍したらしい。多くの仲間に囲まれ、尊敬の空気に包まれていた。

 一方のジャックは、後継ぎの座を奪われた子息へのため息と見下しの視線が貫いていた。


 勝負は、始まる前に決まっていると誰もが思っていた。

「お兄さま……」

 とアリスが憐憫を含んだ声で止めにかかる。

 御前試合であるため、ジャックにこれ以上恥をかかせまいと、あるいはアリス自身があのような兄を持ったと恥じないように出場を止める気のようだった。

 しかしジャックは妹を殺意の視線で貫いた。

 まともな思考を持たず目は濁り誇りを忘れ、スミス家の血と、名に、汚泥を注ごうとする彼女に、如何に寛容になれようか。

 ジャックはこれから己に被る恥など歯牙にもかけない。

 この戦いで、自身が国一の愚者と罵られようと、大衆の嘲笑にさらされようと、名誉もなく死に名も存在も忘れ去られようと、情け容赦なく殺されようとかまわなかった。

 ジャックはただ守りたかった。己を育てた家と誇りを。


 御前に立った少年は、かつてよりも立派な装束を纏っていた。この1ヶ月の間に手に入れた魔法的に価値のあるものだとジャックは知っている。

 一方のジャックは、攻撃に特化した剣と鎧だった。その特性を少年は見抜いているのだろう。

「本当にいいんですか?」

 少年は勝気な表情で言った。また負けてもかまわないのか、あるいは、死んでしまってもかまわないのか。

 その問いに、ジャックはただ沈黙で答えた。 


 王から、両者戦意に支障ないと判断される。

 轟く号令と共に試合は開始した。


 一瞬で勝敗は決まると思われていた。

 しかし、少年の大規模な魔法の前にジャックは俊敏に動いた。

 ジャックがこの1ヶ月、どうすれば少年に勝てるのか、ただそれだけを追求した。

 少年の魔法をジャックは攻撃で以って威力を弱め狙いを逸らす。

 ジャックは攻撃を最大の防御として利用した。

 少年に対して、ジャックが勝っているものとすれば、体格と素の筋力そして戦闘に対する想像力。

 ジャックはそれらを利用し、少年が予想する以上の速度で動いた。攻撃をかいくぐり近距離戦に持ち込んだ。

 しかし少年もただ遊んで暮らしたわけではなかった。

 少年は魔法で防壁を張ることを覚えていた。

 ジャックの剣は見えない壁に阻まれる。

 しかしジャックもそれを承知の上だった。

 少年と戦う前にジャックは当然彼の情報を集めていた。少年の装備から、どのような技を使えるのかまで知っていた。

 ジャックは剣戟で防壁を破ろうとする。

 しかし少年は、防壁の向こう側で魔力を練っていた。ジャックにとどめを刺すためである。

 その気配を察しジャックは全身を使って剣を立てた。防壁が軋む。だが破壊には至らない。

 首を狙うジャックに、少年の魔法が降り注いだ。


 この勝負は、絶好のタイミングで起きた。

 この1ヶ月で少年は自身に与えられた力を使いこなし始めていた。

 少年は多少の場数を踏んだ。

 少年は力加減というものを学んだ。

 つまり、少年はジャックを殺さない程度に攻撃、手加減することができた。

 殺さないまでも致命傷に至る可能性は十分存在する。その痛み、機能障害にジャックは動けないだろう。


 そう、高をくくった。


 少年は理解できない。

 かつてジャックがどのような思いで負けたのか。

 現在ジャックがどのような思いで勝負に挑んだのか。

 未経験を経験するという経験も、不理解を不理解と認識するという理解も。

 命をささげてまで一つのものに執着する欲望も。

 恥辱を飲み込み譲れないものを守る信念も。

 少年は理解できない。

 故に予想できない。

 それが一瞬の隙になるのだ。

 

 その隙を、ジャックは掴んだ。

 少年の攻撃を受けたジャックは、しかし倒れなかった。

 致命傷を負いながらも倒れなかった。

 そして、勝負は終了したと油断していた少年の肩を掴んだ。

 少年は当然防壁を張った。

 しかしジャックはそれでも動いた。

 死ぬ気の思いで動いだ。体が崩れても、細胞がはじけてしまってもかまわない。死んでしまってかまわない。

 ジャックは頭を振りかぶる。

 これらの動作はほぼ同時に起こった。

 彼は頭突きという単純な攻撃にすべてをかけた。


 少年の隙と余裕と侮り。ジャックの本気と死ぬ気と全力。

 全てが重なった。

 はたして、防壁は破られた。

 ジャックの額が少年の頭部にめり込む。

 皮が破れ骨が砕ける音が響いた。


 死んでもいいという死ぬ気の一撃。それに二撃目はない。

 死ぬ気なのだからその後の生はないのだ。

 勝敗をジャックが感知するすべはない。

 だがジャックの攻撃が神の愛無敵チートを破ったことだけは、事実である。

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