第52話 朕は国家なり

 一身これすべて肝なりとは、かの勇将趙雲子龍につけられたあだ名であった。

 朕は同じことをしていても、彼と並ぶほどの偉業を成したとは露ほども思わない。そこまで驕るのは傲慢というものだ。


 さりとて、全身が血なまぐさくてかなわん。修復しては殴り、修復しては蹴りを何度繰り返しただろうか。いくら不死でも個別撃破には限界がある。


「ぐうおっ!?」

 痛覚は遮断しているので痛みはない。だが吹っ飛ばされるというのは何度味わっても恐ろしいものだ。

 オーガの棍棒が朕の横っ腹を殴りつけたらしい。空中高く吹き飛ばされ、地面にバウンドする。


「ぬぐ……おのれ……」

 攻撃魔法を解禁するのは手早い。だが、朕はここで、この南で生きるのだ。

 最後の最後まで仲間を信じるぞ。


 目線をウォードの町に向ければ、キサラたちも奮戦しているようだった。

 しかし多勢に無勢。徐々に防衛線が下がってきているのがわかる。


 町からは弓や投石での支援もあるが、焼け石に水だろう。黒い波のように押し寄せる軍勢は、ついに爪を城壁にかけ、登り始めた。


 ここまでか。

 そう、暗い気もちになった時だった。


 ヒュルルルルル。


 13秒。弾着まで、正確なのが帝国製の素晴らしきところよ。

 激しい炸裂音がそこかしこで鳴る。小鬼はもちろんのこと、巨岩を構えたオーガにも容赦なく破壊の使者は降り注ぐ。


「くくく、形勢逆転といったところか。覚悟はいいな、魔物どもよ」


 修復が終わった手足で立ち上がり、未だに回復途上にある腹を押さえて朕はほくそ笑む。


「陛下ー----!!」

 マイクを通して、近衛騎士アニエスの涙声が戦場に木霊する。よほど急いだのだろう。アニエスも、そして帝国軍にも強行をさせてしまった。

 あとで厚い褒美を下賜せねばならんな。


 魔物どもが完全に恐慌状態に陥ったようだ。

 大きな音が鳴るたび、隣にいるものが臓物をぶちまけて吹き飛ぶ。この近代戦の恐ろしさは、味わったものしかわかるまい。


 敵が潮のように引き始めた。だが絶好の機会を逃すほど朕の軍隊は木偶ではない。


「全軍突撃! 聖帝陛下に畏れ多くも刃を向けた奸賊どもだ。一匹残らず灰にせよ!  

 一切合切の慈悲なく、すりつぶして前進せよ!」


 砂ぼこりの向こうから、機動四輪車が姿を見せる。やがて小銃を構えた随伴歩兵たちが、敵を掃討しつつ朕のもとに来る。


「陛下、お待たせいたしましたこと、死してお詫びを――」

「う、うむ。よい。許す。これで戦況は我が手中に収まった。アニエスよ、朕の名代としてよくぞ援軍を連れてまいった。功有りと賞す」

「あ、有難き幸せ。陛下からのお言葉、末代までの誉れと致します!」


 朕が右手を出すと、アニエスは泣きながらマイクを渡した。

 久しぶりだな、こうして訓示を述べるのは。

 兵士たちのインカムには朕の言葉が届くだろう。魔道と科学の結晶だ。


「朕、汝らの奮励に甚く感銘を受けり」


 戦場の音が、やむ。

 正確には、逃げ惑う敵の足音と、何かに憑りつかれたような帝国兵の吐息が交差しているのだが、些細な問題だ。


ぎょく危急に際し、疾風迅雷の如き行軍にて此れをたすけるは、まさに将兵の鑑と見張りける。って朕がここに期待するは、帝国をおびやかす怨敵を平らげることと信ずる。各員死中に活を見出し、帝国の根幹の何たるかを朕に報ずことを望む」


 後の世に、南の玉音放送と呼ばれる、朕の演説だった。

 ようは敵をぶっ殺せってことなんだが、まあ恰好はつけたいのよ。


 ざわり、と兵士の熱量が上がった。

「陛下の……玉音が……俺たちのような兵士に」

「死だ。これは死して護国の鬼と成れという、陛下からの詔勅である!」

「陛下に武器を向けたその不敬、万死ごときでは生ぬるいわ!」


 大炎上、バージョン南大陸。feat.帝国軍。

全軍ッ! 着剣ッ!フィックス・バイヨネット 目標魔物全兵力、総員武器使用自由! よもや生きて帰ると思うな。帝国の意思の何たるかをここに示せ!」


「うおおおおおおっ!!」


 もう酷い。

 帝国式連発銃、NA-11ナイチンゲールが次々に火を噴き、ゴブリンの背を撃ち抜いていく。オーガには対戦車砲が直接ぶち込まれた。もう足首しか残ってないね。


 不意に殺気を感じ、朕は身をひるがえす。

 先ほどまで立っていた場所に、黒い槍が突き刺さっていた。


「外したか。おのれ貴様、一体なんだ、この軍勢は。お前が指揮をしているんだろう。よこせ、その脳をよこせ!」

「ほう、喋れるか。ならばお前が指揮官ということで間違いないな。名乗ろう。朕はローラント・ローゼン・ムーンシェイド一世。南大陸ではローエン・スターリングという」


「お前の名なぞどうでもいいわ! このままおめおめと逃げ帰っては、我が主君に殺される……貴様の脳、もらい受けるぞ」

「面白い、骨小僧、朕が直々に貴様の相手をしてやろう」


 朕は兵を下がらせ、アニエスが差し出した帝国製のサーベルを手にする。

 うむ。やはりこの持ち手の感触よ。体の一部のように馴染む。


「よかろう、かかってくるがいい。朕の脳を吸いたいのだろう」

「調子に乗るな人間ッ! 【黒瘴の霧】闇の中に惑って死ね!」


 視界をふさぐ魔術か。顔に黒いものがへばりついたかのように、何も見えない。

 陽光をも防ぐとは、かなりの完成度なのだろう。


 相手が朕でなければ、な。


「ふうっ」

 息吹を一つ。丹田に血液を集めるように集中し、そこから気を全身に張り巡らせる。迷ったときや悩んだときは、この息吹一つで武道家は態勢を立て直す。


「コオッ!」

 吐く。

 ちょいと魔力も漏れてしまったらしく、黒い霧は跡形もなく消え失せてしまった。


「え、そ、そんな……」

 残るは馬鹿正直に槍を持って突進してくる魔物だけ。


「隙の大安売りだな。来世ではまともな主に仕えよ」

 一刀両断に斬り下ろす。頭のてっぺんから、股下に抜けるサーベルは、微かな金属音を残して怜悧に輝いている。


「ぐああ、ああ……マイ……ロード……お許しを……」

「心配せずともよい。必ずお前の後を追わせる」

 

 尋問してもよかったのだが、危険度が判別できない以上始末しておいた方がいい。

 お前が言うなと突っ込まれそうだが、負け戦で突撃してくる指揮官ってのは、ろくな情報なんぞ持たされていないだろう。経験上、そういうものだと判断した。


「お見事でございます、陛下」

「うむ。このサーベルは朕に献上せよ。よいか?」

「帝国のあまねく文物は、すべて陛下の財でございます。その剣も陛下の御手に触れられて幸運を噛みしめていることでしょう」


 色々所有の概念がおかしいが、勝ち戦に水を差すのも無粋だ。

 ここは一つ喜んでおこう。


 掃討作戦を行っていたキンバリー大尉からの報告により、敵軍の全滅が確認された。うむ、実に予定通り。


 先の条約締結では、未だに南大陸人にしこりがあったかのように思う。

 故に今一度帝国軍の力を見せつける必要があった。これで賠償などとは二度とほざかないだろう。


「全軍、聖帝陛下の御前だ。最敬礼せよ!」

「ハッ!」


 一糸乱れぬ整列。高さすら合わせた銃。戦闘で汚れた兵士の服は勇者の証だ。

「此度の戦、見事である。帝国臣民の誇り、しかと朕は見た。休息ののち、イングリッド・ネルソン提督に従って帰投せよ」


 スタンピードは制した。

 数が少ない? じゃあもっと数を連れてくればいいんだよ理論。

 武器がない? じゃあ最新式のやつを運んでくればいいや計画。


 それができうるのも、1700年に及ぶ統治の結晶だ。人類の叡智を舐めてはいけない。様々な力を工夫し、考え、昇華させる。人はだれしも賢者候補なのだ。


 傅く家臣たちの頼もしきことよ。

 うむ、あえて言おう。


「朕は国家なり」

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