第51話 朕、奮迅す
砂煙が天に立ち込める。
ただひたすらに突進してくるモンスター群の姿は、死をも恐れぬ狂戦士の猛りにも見えるだろう。
「一時間だ。そこまでは是が非でも耐えるぞ。出来るか出来ないかじゃない、やるんだ」
「ローエン様のお言葉に否はございません。このキサラ、身命を賭して暴威に立ち向かいます」
「今日はいいんだよね。ボク、遠慮しなくてもいいんだよね」
荒事に慣れている武装神官組には助けられる。
戦場に連れて行くのは慙愧の念に堪えんが、こちらは出し惜しみするほどの余力はない。町が落ちれば犠牲者の数は計り知れないことになるだろう。
ならば朕が先に死ぬるぞ。
朕は不老不死、さりとて痛みはある。恐怖もだ。
だが、それが何の問題というのか。
「
走る。
放たれた矢のように、獲物を掴む鷹のように、いつか流れる星のように。
「巌流島では小次郎が突っ込まれたが、今の朕には無用の長物よ。不退転の証、その身に刻め!」
鞘を投げ捨て、先頭を駆けるゴブリンを袈裟斬りにする。
もんどりうって倒れる小鬼を避け、横にいた他の個体の首を刎ねた。
「ギャウン!」
周囲のゴブリンたちが朕を指さして、何事かを叫んでいる。
すまんが日本語で頼む。翻訳スキルもあるが、今はそれどころじゃない。
魔法は南大陸のパワーバランスをぶっ壊さない程度に、それでいて使える最高のものを。
『身体強化』『神速行動』『疲労回復』『痛覚遮断』『全耐性付与』
剣を伝う敵の血液を、素早く振ることで払い落とす。
きちんとハンドガードのある武器でよかった。ぬるぬるすると、もはや武器としては機能しなくなるしな。
南大陸製の武器は切れ味が悪い。故に勢いと速度で斬りつけ、他は叩き潰すように使用する。
「おおおおおおおおっ!!」
朕にしがみつこうとしたゴブリンを蹴り飛ばし、敵兵の一団へと投げ込む。
「ギャゴッ!」
ゴブリンどももファランクスもどきをしてくるか。つくづく異様な行動だ。
「セイッ!」
朕は空中に飛び上がり、槍が刺さる前に目の前のゴブリンの頭を踏んで離脱する。
「どうした小鬼ども! 朕はここぞ! さあ、かかってくるがいい!!」
剣を胸当てにバシバシとあて、まるでドラミングするように威嚇する。
そうだ、食いついて来い。お前たちの敵はまだ戦えるぞ。
軽く息を整え、朕は再び疾走する。身を低くし、魔力で体幹をアシストしながら足を斬りつけていく。
戦場では死者よりも負傷者のほうが厄介な存在だ。生きている分ぞんざいには扱えないし、恐怖の声を上げては、相手の士気を落とす。
「もらったっ!」
—―ッ!?
斬りかかろうとして、朕は咄嗟に身を引く。
目の前にいたゴブリンは吹き飛ばされ、残るは巨岩に押しつぶされた無残な死体が血液を流しているばかりだ。
投石……か。
射出されたと思しき方向を見やれば、3メートルはある巨躯の怪物、恐らくはオーガだろう。彼奴等は両腕で岩石を構えて、次々と投げてきた。
「ちっ、犠牲はお構いなしか」
種族が違えば、彼らにとっては敵と相違ないのかもしれん。
戦場は混乱の極地にあった。
やたらめったらに群がるゴブリンを躱し、オーガの岩石を避ける。
やがて敵の先鋒が城壁前に到着したようだ。後方では気炎を上げる声がする。恐らくは必死に防衛しているに違いない。
戻ることはできん。朕はここで生きる攻城兵器のオーガを殲滅せねばならん。
こいつらを通すということは、民の幸福が消えるということだ。
断じて許すわけにはいかない。
奮戦しているうちに、貸してもらった長剣が折れた。
く、さすがに酷使しすぎたか。耐久性が異常だった、帝国製の武器と比較しても詮無きことよな。
「ギャッギャッ!」
朕が無手になったのを喜んでか、喜び勇んでゴブリンどもが群がってくる。
甘く見られたものよ。
今日の朕は残虐だぞ。
殴りつけてきた棍棒を奪い取り、そのまま肘打ちで鼻っ柱を叩き折る。
数回振ると壊れる粗末なものだが、この戦場にあるすべての得物は朕の武器よ。
槍を捕る。棒切れを捕る。斧を捕る。
「セイアアアッ!」
武器がない? ならばお前が武器になるんだよ!
貫手で胸部を破り、そのまま朕は背骨を掴む。 そして蹂躙せんと向かってくるゴブリンに、ゴブリンで殴る。
もう体中がゴブリン臭と血液でやばい。
文字通り、相手を【ちぎっては】投げ、【ちぎっては】投げる。
まだ二十分か……。くそ、いい加減に疲れてきたわ。
前方に敵影が消える。
よし、道は開けた。
大岩を持つ、まさしく伝説の鬼のような角を生やした巨人、オーガに向かう。
巨岩は朕の横をかすめ、遠くのゴブリンどもを巻き込む。
そんなわかりやすいモーションに当たる朕ではないぞよ。
「おらっしゃあああっ!」
限界まで強化した、朕の拳がオーガの足—―弁慶の泣き所に衝撃を与える。
「ぐおあ、かったっ!」
予想以上に硬い。もう一発と思ったが、朕の手は粉々につぶれ、ザクロのように弾けてしまっている。
自己回復でそのうち治るし、痛覚遮断で痛みはない。
しかし、これではじり貧ぞ。
殴りつけたオーガの足は無事に吹き飛び、盛大にずっこけては痛みにのたうち回っている。
一匹倒すのに、朕は体のパーツをいくつ消費しなければならんのか。
そんな台所事情にオーガたちが待ってくれるわけがない。朕は残りの左手で、眼前に迫った一匹をぶん殴った。
まあ、結果として両腕ともグロ画像になったわけだが。
回復するまで逃げるしかないのか。まさしく鬼ごっこだな。
よかろう。叩く手はないが、鬼さんこちら、だ。
朕を捕まえてみよ、鬼ども。
――
ローエンの獅子奮迅の戦いを見ていた、キサラとシャマナ。そしてウォードの守備隊は唖然とするしかなかった。
単騎突入したときは、誰もが串刺しになるローエンの姿を幻視した。そうなって然るべきだし、ならないほうがおかしい。
だが結果はどうだ。
「ラミレス将軍、あの方は……ああ、なんという……」
「うむ。皆の者! 目に焼き付けよ! あれぞ正しく神のご意思。ローエン様は軍神であらせられる! 言いつけ通り、我らは鉄壁の防御を以てこの町を死守する!」
「うおおおおっ!」
「やってやるぞ。俺たちには軍神の加護がある!」
ローエンの予想とは少し違う形で、士気は爆上がりしていた。
新たな称号もついたのは、戦いが落ち着いてから知ることになる。
【禿頭の軍神・ローエン】
この名が更なる抜け毛を呼ぶことを、彼らは関知すらしていない。
――
守備隊の盛り上がりとは対照的に、冷ややかに戦場を見る二名の神官がいる。
「嘆かわしいことです。ローエン様が全知の神であることは、証明済みだというのに。戦後はこの町も【教化】しなくてはいけませんね」
「怒ってるキサラも可愛いよ。ねえキサラ、この戦いが終わったら……」
「ええ、お願いしてみましょう。だから死なないでね、シャマナ」
「約束するよ」
冷ややかな視線も一瞬。
彼女たちはこの血風を纏う大地にあって、百合の花を咲かせようとしていたのだ。
「やれやれ、ゴブゴブ君たちが来ちゃったね」
「コホン、では私たちも使命を果たしに行きましょう。これは神罰。代行者たる我々に、敗北は許可されていません」
「ほんとにもう、ボクたちの間を邪魔するなんてね。自慢じゃないけど、肉を削いだり、体を千切ったりするのはボク、得意なんだよね」
聖戦。
ローエンより命じられた、唯一にして最高の正当性を持つ戦いだ。
ウォードの町の守備隊は、可憐な少女二名が敵陣に乗り込むのを目にする。
ローエンからの支援魔法をテラ盛りにされているのだが、そんなことは知る由もない。
結果として目にしたのは、神の怒りそのものだった。
キサラ・シャルロウの銀十字の杖が、大地を破砕する。
数匹を同時に巻き込み、地面にクレーターを開け、敵を粉末レベルにまで分解していた。横薙ぎすればボウリングのピンよろしく、四方に四肢が乱舞する。
シャマナ・バロウズはモーニングスターを振り回す。
人は手に負えない災害のことをテンペストと呼ぶ。ならば、巻き込まれ、引きずり込まれては木端微塵に粉砕する彼女のことを、天災と称するのは正しい言葉だろう。
「あ、悪魔……いや、神官様だけど……」
町の人々は悟る。
ああ、こいつらは間違っても逆らってはいけない人種だと。
「将軍……」
「見るな。ここで見たことは、口外してはならぬ」
ローエンの後背は、どうやら安全が保障されそうであった。
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