第27話 ウェンディ娘(ご)

「もう一度言うぞ。そこで俺たちの方を向け。それ以外の行動は敵対とみなす――こいつ言葉わかるのかな」

 ゆっくりと振り返ったのは、白い顔と剥げた皮膚のクリーチャー……ではなかった。


 若い娘さんだ。それも割と小さめの。140cmあるかどうかだ。


 確かに色白だがそれは新雪のような穢れのないもので、こちらを見つめる緑の瞳は聖なる光を放っているようだった。

 白い髪は艶があり、決して老化現象ではないことを示している。来ている服はいわゆる一般人が連想する魔法使いといったいでたちだ。つまり黒いローブに杖だ。


「失礼千万。ここ吾輩の研究室。土足で上がり込むのは如何なる道理か」

「お前、人間……なのか? ここでウェンディゴを作っているのか」


 理知的な眼光がきゅっと強まった。

「ウェンディゴ作成とは笑止。貴殿は何か思い違いをしている可能性大」

 訥々と、そしてぼそぼそと喋るが、言葉遣いは大人びている。いや、なんかおかしいけど、それでも話が通じないような気配ではない。


「すまない。俺はローエンという。近くの村人からウェンディゴという化け物の退治を頼まれてきたのだが、どうやらそいつらが裏切っていたようでな。ここに落とされてしまったんだ。無断で来たのは謝罪する」

「受諾。事情は了解した。一つ問いを――否、認識の訂正を行いたい」

「ああ、一体どうなっているのか知りたい。教えてくれ」


 謎の魔法使いらしき少女は真実を口にする。

「吾輩の名はモモ。モモ・ヴァールラントという。とある隠れ里に住む魔法使いの一門の出自。ここでは今、死蝋病という疫病の治療薬を作成している」

「死蝋病……もしかして襲ってきたあの死人みたいなやつらは病人だったのか?」

「然り。残念な事実だが彼らは既に理性を喪失している。斯様な状態になる前でないと治癒は不可能」


 話がだいぶ違ってきてるな。元々人間というのは間違っちゃいないが、あれがただの病人だったとは驚きだ。ザハールの野郎、何を隠してやがった。

「騙した人間、死蝋病で幻覚状態。悪気は極小」

 なるほどな。熱烈歓迎する労力を使ったと思えば、一点穴に突き落とすとか、どう考えても矛盾してる。何が正しくて、効果的な行動なのかわかっていないのか。


「そして重大な点を述べる。ウェンディゴという種族なり」

「んなっ!? どう見ても人間……ではないか」

 魔晶灯の淡い明かりで気づかなかったが、手の先は毛に覆われており、まるで獅子のたてがみのように揺れている。


「その手、もしかして足もか?」

「然り。この体毛こそが一族の誇り。問題はないはず」

「容姿に関しては誰も人のことは言えんからな。それよりも、だ。なぜここで薬を作ってるんだ? 俺が聞いた話ではウェンディゴに噛まれた人間はウェンディゴに変わってしまうということだったが」


 モモは首を大きく振り、はあとため息をつく。

「風説流布。吾輩に噛まれても唾液が付着するだけ。作られた迷信なり」

「クソ、一から十まで騙されてたのか。すまん、なんか重要な研究を邪魔してしまったようで益々申し訳なかった。すぐに出ていくから出口を教えてくれると嬉しい」

 するとモモは顎先に人差し指を当て、なにがしかを考えているような姿勢をとった。視線は中空をさまよっている。


 モモが言うには、この場所にどうにも呪石の塊があったらしく、それに触れた液体が感染源になっていたようだ。


「出口案内承諾。ただし条件二点あり。可能か?」

「内容による。急がせて悪いが他にも仲間が騙されてここに来ている。無事かどうかを確認しなくちゃいけない」


「一点目。魔力提供要請。治療薬作成には吾輩の魔力のみでは不足。貴殿が膨大な魔力を保有していることは確認済みである。死亡することはない、ただ疲労するだけ。如何か」

「いいだろう。その代わりこの子—―ミィには魔力提供はさせない。俺だけにしろ」

「了承」


 治療薬が必要ということは、この死蝋病というのは相当に広がっているのだろうか。残してきたマリカたちが感染していたらやばい。


「二点目。貴殿は冒険者と推察。であれば吾輩に希望あり」

「んっ? どういうことだ」

「質問で返す無礼謝罪。貴殿はリーゼル王国の中心へ向かうか、それともリーゼルから出るのか」

「中心に向かうつもりだ。経由して隣国に行く。ええと隣国はオーレリア公国だったか。最終的にはシンハ王国で生活する予定になっている」


 モモの顔がぱあっと明るくなるが、朕の視線に気づいたのか、すっと無表情になる。別に隠さなくてもいいのに。背伸びしてるのかな。

「重畳。吾輩同行哀願。故郷がリーゼル王都周辺に存在。吾輩は魔法技能の試験受ける必要性あり。ここでの研究結果提出求められる、大変」

「ソウ デス カ」


 いや、朕がカタコトになってどうするよ。

「同行するのは構わんが、上にいる元山賊改め、現役の蛮族が敵としてうろついてるんだが。モモは戦闘になっても大丈夫なのか」

「平気。彼らは死蝋病の影響下。脳にとっても障害発生中」


 ぴちょん、ぴちょんと水滴が洞窟に滴っている。モモの後ろを見てみると、なにやら石臼のようなものが複数あり、調剤をしていたと思しき機材が転がっている。


「とっても……いや、まあ脳機能障害か。神経系に作用する病は基本的に治癒は不可能と思った方がいいぞ。人間の脳ってのは損傷すると自己再生しない。薬があったとして、完解という『一応症状は治まった』状態にするのが精一杯だ」

「自然界の薬効のみだと不可能、承知。故に魔力で強制修復する。如何?」


 うむむ。朕は自分が基準だったから、他のことは一般論でしか語れない。だが死蝋病とかいうあぶねー病気を放置していくのも世の中にとって害悪でしかないな。飲ませるのか塗るのかわからんが、手伝えることは手伝おう。


「試す価値はあるな。よし、早いところ魔力を取ってくれ。吸収するのは機械式か? それとも魔道式か?」

「機械? 謎単語。ローエン、吾輩に皮膚提供求む。薬液で魔力抽出する。時間は……微妙にかからない」

「OKだ。どこの部分でもいいからはぎ取ってくれ」

「感謝。では腕の皮膚」


 モモはメスに近い形の鋭利な金属製の刃物で、朕の腕から四角形に皮膚を除去した。よほど手慣れているのか、痛みを感じる前にサクっと終わってしまった。


「傷薬は戸棚の中。自由に使用許可。吾輩は作業にかかる」

「あいよ、じゃあ悪いが少しもらうな」


 ボコボコと音を立てる、火にかけられた鍋を眺めていると、ミィが目をこすりながらもたれかかってきた。朝早かったからな、ここまで結構歩いたことだし寝かしておこう。

「むにゃん、ざこ……足舐めろ……」

「ぶっ飛ばすぞ」

 すぴー、すぴー。

 あ、マジ寝してる。こいつ夢ですら朕をいたぶってるんか。まだ13歳なのにこんな曲がった成長をしてよいものなのか。


「ざぁこ……はーげ」

「ぐっ、おのれ。ハゲとらんわ……」

「ざこ……」

 口に靴下でも突っ込んでやろうか。

「パパ……」

 それは卑怯じゃないかね。ああ、もう。朕だって数百人はいる子供の親ぞ。こんな呟きをするような児童を放っておけるか。

 ミィの罵詈雑言は割と長く続いたが、朕は保護者モードになっていたので気にはしなかった。前にマリカがミィは寂しいって言ってたしな。仕方がない。


「長時間待機、感謝。魔力抽出完了、そして治療薬完成」

「んがっ」

 危ない、朕も寝てたわ。どれくらい時間がたったのか。

「一時間は経過。砂時計で計測、ばっちり」


「そうか。ほほう、水薬ポーションか。素人考えで恐縮だが、経口摂取だと長期服用が必要にも思う。俺たちはあまりここに長くいられんぞ」


「問題なし。飲む、寝る。頭ぱーん。爽快快癒」

「ぱーんしたらダメでしょ。あちこちで鶏頭の花を咲かせて歩くのはちょっと……」

「語彙不足謝罪。吾輩、独学。頭……よくなる……違う、ええと」


「脳組織の修復、ということにしよう。つまりは飲んで寝かせればいいんだな」

「語彙増加。感謝。問いの回答はそれ然り、睡眠重要。服用後即就寝希望」


 シンプルでいいな。


 外に出る。

 ザハールたちをぶちのめす。

 顎を叩き割ってでも薬を飲ませる。

 気持ちよく眠らせてやる。


「出口こちら。研究結果披露……緊張」

「大丈夫、。必ずな」

 

 足りない部分は加護を使ってでもアシストしてみせる。だがなるべくならばモモの力だけで事足りてほしい。

 新しい薬師の旅路は、成功から始まるのが望ましいからね。

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