第26話 魔力の存在

 風化したウェンディゴの残骸を見ていると、何か石のようなものが残されていた。

「なんぞ、これ。かんて――いはまずい」

 発光するから即バレしてしまう。

 もう使用したのがだいぶ前になるが、<真実の光アークライト>というパーティーは引き続き組んだままある。

 仲間に入ったキサラやシャマナを含めて朕が魔法を使えることは知っているのだが、南大陸の人の前でむやみに開示していくつもりはない。


「マリカ、これ何か知ってるか?」

 カスタネットを叩いて敵寄せをしようとしていたアホ狐を止め、紫色にどす黒く光る石ころを見せる。

「なんすかこれ。黒パンっすか」

「いや、うん。この辺の黒パンの定義は良く知ってるけど、さすがにこれは違うよね。ふむ、見たことないのか」


「ねえざこ、その石ちょっと見せて」

 おう、聞いてみよう、教会関係者。スピリチュアルな観点から教えてくれるかもしれない。

「ちょっと持ちあげてみて。聖典に書かれてたような気がするの」

「ほい。どうだ、知ってるか?」


 意外に重い。色艶を除けばまんま石片だ。

「で、何か分かったのか?」

 燃え尽きた廃屋を前に、朕は石を色々な角度にかざしてみる。少しでもミィの知識に引っかかればいいのだが。


「思い出した、それ触るとダメなやつっぽい。ミィに近寄らないでね」

 ばっかやろ、そういうのは拾う前に言えっての。

「へー、ざこは触れても大丈夫なんだね。これは呪石っていって、相当の怨念を込めて儀式を執り行わないと創り出せないものだと思う。一般人が触れると、それだけでも体調崩すんだけどね」


 朕はいいの? 一般人ではないけど、一応仲間ぞ。


「そうか、ふむ。つまりは人工物ということか。ではウェンディゴという生き物は……人が創造したものということだな」

「うん、多分そう。これやばいやつかも。どこかに呪いをかけている本体がいるよ。放っておくとまたどんどんこういうお化けを作ってくるかもねー」


 術者がいるのか。恐らくは実験データを取っているのだろう。わざわざ寂れた寒村や元山賊を相手にするメリットはほぼ皆無だ。朕がいたときにも村から異常な気配はなかったし、山賊たちも魔力を持っていない。

 この廃村もウェンディゴ作成の実験にされた可能性もあるな。


「いったん集合しよう。戦果の確認もしたいし、敵地の情報も統合しておきたい」


 ザハールと手下を他所に向かわせ、廃村の入り口に集合する。それぞれ一体ずつのウェンディゴを灰にさせており、他に動く気配や殺気は感じなかったという。


「村はもう虱潰しにしやした。残るとなれば……」

「殲滅しきれていないという洞窟のことだな。かなり勇気がいるが攻めなくてはならん。中にウェンディゴを生み出している奴がいるかもしれん」


 廃村を見下ろす崖。そこには暗く湿った魔窟が口を開いている。

「ローエン様、このキサラに手勢をお任せください。敵対するものを氷漬けにして見せましょう」

「駄目だ。下手にそういうのを見せてはいけない。棒術で戦うのは構わんが、洞窟内だと長物は不利になる。シャマナのモーニングスターも同じ理由で不向きだ」


 ガバッ!


「カスタネットですね!」

「呼んでねえよ、座ってろ!」

 尻尾を大振りしているマリカを引きはがし、片手武器を得意とする突撃メンバーを編成する。ミィには危険かもしれないが、天才的なグラップラーの力は申し訳ないが戦力としてカウントしたい。


 朕・ザハール・ミィ・元山賊二名。

 この五名で探索と討伐に向かう。

 念のためにと用意した縄を持ち、光源である松明を多めにしょい込んで出発だ。


「ぬめぬめしてるな。足音の反射音が長くないことから、あまり深い洞窟ではないか、複数構造になってるのかもしれない。移動するときは岩の影をよく照らして進むんだ。穴や分かれ道には不用意に近寄ってはいけない」


「ねえざこ、ここ頭痛くなる。うまく言葉にできないけれど、不吉な感じがする」

「俺も目がちかちかするな。ザハール、どうだ?」

「あっしらは別に……何かあるんですかい」

 ふう、息苦しい。

 これは相当の呪い、いや魔力を持っている者がいるかもしれない。聖職者のミィは敏感に感じるのだろうが、一般人にはあまり影響がないのか。

 

 試してみるか。

「ザハール、山賊ズ。ちょっと後ろを警戒していてくれ。俺とミィは前を調べてくる。任せてもいいか?」

 蚊にでも食われたのか、あちこちを掻いているザハールに命令を飛ばす。

「へい。よしてめえら、この場を死守するぞ!」

「へいっ!」


 ミィを物陰に引っ張り込む。いや、児ポ的な表現はよくないな。こいつは魔法を知っているから安心して見せられるだけだ。


「あのさざこ、ミィが可愛いのはわかるけど、時と場所考えろよな……ミィだって色々準備あるじゃん」

「ちょっと雰囲気出してんじゃないよ。敵地のど真ん中ではしゃぐわけないだろ。いいからこれを見てくれ――ボロン」

「うわ、見てくれとか……ちっさ」


 そういう男として傷つく言い方やめない? 

 朕が出したのは『発火』の魔法で作り上げた炎だ。

 途端強烈な吐き気と頭痛が襲う。

「う、っぐ……これは、中々どうして」

「大丈夫? あ、だんだん萎れていく」


「やはりだ。ここの洞窟は魔力を吸い取っている。俺たちが体調不良に陥っているのは魔力を持っているからだろう。俺に吐き気を喰らわすとは、かなり高位の術式が編まれているかもしれん」

「奥に何かがいるってことね。あ、毛が抜けたよ」

「誰のせいだと思ってる」


 ザハールの元に戻り、そのまま奥を目指す。複雑な多重階層を予測していたが、あっさり行き止まりにたどり着いた。特に怪しげなものもなく、魔方陣のマの字もない。


「一本道だったな。それでも一キロは進んだだろうが、ウェンディゴを殺しきれない深さとは思えない。ザハール、ちょっと壁を調べてみてくれないか。何か仕掛けがあるかもしれん。俺とミィは床を見る」

「かしこまりやした」


 奥の広間の規模はそれほどのものでもない。五人でかかれば数分で調べきれる程度だ。本当にこの場所であっているのか? そんな疑問すら浮かぶほどに何もない。


「救世主様、一つお聞きしたいんですが」

「どうした、何かあったか?」

「いえ。救世主様は禁忌の秘術—―魔法を使ってらっしゃいましたよね。洞窟で炎を出してたところを見やして。何かそういう特別な力をもってらっしゃるんですかい」


 む、見られていたのか。南大陸では旧ディアーナ教が異端者狩りと嘯いて魔法使いを集めていたから、彼らにとっては危険に思えたのだろう。


「隠すつもりは……あったが、悪気があったわけじゃない。そうだ、俺は魔法を使える。だが教会関係者も一緒にいるので、公に認められている能力と言ってもいいだろう。驚かせてすまなかった」

「いえ、いいんでさ。そういう材料を待ってたんですから」


 なんだと。こいつ、ザハール!

 ガコンと壁の出っ張りが押される。同時に床がぽっかりと開き、俺とミィはそのまま下へと落下してしまう。

「うおおおおおおっ!?」

「ちょちょちょ、やばいやばい。ざこなんとかして!」


 ミィをキャッチするのは何度目だろうか。どうもこの少女といると下に落ちる場合が多い気がする。

「っと、あぶねえ」

「ちょっとちびったかも」

 おい、腕の中でなにしてやがる。まあ反射でそういうこともあるか。


「ああ、かゆいなぁ、ちくしょう。なあ救世主の旦那ァ、いいバケモンとして生まれ変わって下せえ! 文字通り、俺たちの世界を救ってくださいよ!」

 下手したら死んでいる高さだ。上からは下卑た笑い声が聞こえてくる。今頃はキサラやシャマナ、マリカも襲われているかもしれない。


「クソ。ファーストインプレッションの大切さをしみじみと実感するな。つまりはあいつらがウェンディゴを生産してたのか。ふむ、今日退治したやつらは差し詰め失敗作といったところか。いいように利用されてしまったな」


「あーあ。どうすんのよこれ。ざこが張り切るとろくなことにならなーい」


「少しは当事者意識を持て。まあいい、ここに落としたということはウェンディゴの秘密もあるということだ。俺たちがそれを潰せば問題解決になる」


 落下地点から道なりに移動する。なかなか曲がりくねった道だったが、横に人がすれ違う程度には幅がある。ちなみに上に昇るのは厳しかった。なんせ壁がぬるっぬるだしな。


 やがて淡い紫色の光が照らす広間へとたどり着く。

「ざこ、アレ」

「見えている。おいその場でゆっくりとこっちに振り向け。余計な動きをするなよ」

 立ち尽くしている一つの影に、朕は厳戒態勢で迎撃せんとする。こいつが元凶か? 

 声をかけると一斉に天井部にある魔晶灯が光を放った。


 魔力……か。

 よかろう、何者だか知らんが、ここで朕が引導を渡してくれようぞ。

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