第6話 不死の皇帝、初めて獣人を見る

 放浪の皇帝ローラント一世だ。南大陸名はローエン・スターリングに変えた。


「やった!」


 道なき道をひた歩き、街道を見つけ朕は小躍りする。


「ついている。大きな町があれば冒険者の仕事もあるはず。朕は幸運だな」


 追手は誰も来ない。それはそうだな。すでに帝国の者には知らせてあるしな。朕がいなくても大丈夫ということだろう。



 詰んだ。


 町に入るための金がない。帝国でも中世では通行税を取っていたのだが、産業の発展を阻害する悪法として早々に撤廃されたものなのだが。南ではまだ現役だったか。


「あんちゃん、今までどういう生活してきたんだ? 町に入るには銀貨二枚。ダルム藩王国では常識だろうがよ」

 貨幣あるやないか。前もって知ってれば、マリーシアの村ででも手に入ったかもなのになぁ。


「いや、俺は別の国から来てですね。ちょっと持ち合わせがないといいますか、その辺の事情も勘案してもらえると非常に……」


「その辺で物乞いでもするんだな。もしくは何か持ち物を並んでるやつに売ってきなよ。まあ門は動かないからいつまででも待ってるぜ」


 無慈悲に門番のオッサンが言う。

 ちくしょう、こちとらついこの前まで物々交換の世界にいたんだよ。貨幣なんて自国のモノしか見る機会もなかったんだ。


 なんて悪態をついて逮捕でもされたら先がなくなってしまう。ここは一つ手持ちのものを売るしかないか。


「あー、そこの商人さん。この剣はかの有名な海賊王討伐戦に参加した騎士の所有物でして。ちょっと型は古いですが玉鋼でできた名工の手による逸品です。品ぞろえに加えてみませんか?」

「失せろ。俺に話しかけるな」

「はい……」


 取り付く島もない。しかしなんだ。こう、町に入るだけなのに、みんな異常にピリピリしている。何かを警戒しているような猜疑心の強い目を持ったものしかいない。


「下民ども、道を開けよ! 開門開門! 異端審問官様がご到着されたぞ。疾く開門せよ!」


 蜘蛛の子を散らすように民衆が逃げ去る。ふむ、異端審問官か。朕の治めた北大陸ではそのような職業はなかったが、この恐れられようからするによほどの権力を持っているに違いない。


 やがて真っ赤に塗られた趣味の悪い二頭立ての馬車がやってきた。馬車の屋根には二重十字とでも形容すればいいのか、何やら宗教のシンボルのようなものが立てられている。


「ディアーナ教次期指導者。異端審問官であらせられるキサラ・シャルロウ様、ご到着!」


 恐る恐る見物している人たちの中から、そっとのぞいてみる。


「シャルロウ審問官、ご就任おめでとうございます。ようこそお越しくださいました。どうぞ、ジェリングの町でおくつろぎください」


 つっけんどんだった門番が滅茶苦茶下手に出てる。よく見れば足が震えていた。あれは失言すると物理的に首が飛ぶ系だな、うん。


 馬車がギィ、と重厚な音を立てて乗り口が開く。出てきたのは鳥のようなペストマスクを被った髪の長い女性神官だった。どうやって馬車に積んでいたのか不明だが、身長よりもはるかに大きい二重十字の杖を持っている。


 ん? あっあっあっ、これ知ってる。やべぇやつだわ。


 こいつアレだ。朕の治世下でも少数存在した、『魔女』とか『異教徒』とかをでっち上げては火をつけて回る人たちのことだ。


 北大陸では魔法はコモンセンスなので、誰しもが見聞きするものだった。それが魔法を使う女性という意味ならば、帝国に魔女なんて当たり前のようにいる。


 異端というものも存在しない。朕が言うのもなんだけれども、神と契約をした不老不死の皇帝がいるのだ。民間宗教なんぞ発生する余地が少ない。それに朕は朕を批判する権利を臣民に与えている。朕の存在を疑うのも信ずるのも自由だ。


 臣民には自由を与えていたのだが、規律を作りたがる狂信者というものはいつの時代も出現するものだ。


 過激派はどの時代でも出てきたっけな。無論そのたびに叩き潰したのだが、そういう極端な思考に出る人間というものは絶えたためしがない。今ではもうすっかりと諦めたわ。


「私は……くつろぎにきたのでは……ない。異端者を見つけること……それが存在理由」

「ははあっ、左様でございます!」


 そっけないように聞こえる言葉だが、一言一言は使命感に燃えているように力強い。これは敵にすると危険な存在だな。覗いている銀の髪が印象的だ。


「どうぞ、どうぞ」


 なんなら道を舐めますレベルの平身低頭で案内されていく。宗教的権威として君臨する予定はないが、人から尊敬されて一目置かれる存在にはなりたい。それこそが朕の冒険なのだから。


「ちょいと、お兄さんお兄さん」


 くいくいと袖を引かれた。おいやめろ、朕は今は目立ちたくないぞ。


 振り返ると頭から狐のような耳が出ている人物がいた。顔立ちは完全に人間の若い――十六~七歳ごろのものだが。鼻立ちがすっきりしている美人だ。

 んん? 尻尾とな!?


 何だこの生き物、妖怪かな? 白昼堂々出てくるとか、この国大丈夫なのか。

「何見てるっすか?」

「あの……つかぬことを聞きますけど。あなたは人間ですか、それとも……」


「お兄さん、獣人見たことないんすか? 私はフォックスリング狐獣人っていう種族っすよ。どーこの田舎から出てきたんすかねー」


 いや、超都会から来たよ。なるほど獣人っていうのか。南大陸って想像以上の存在が住んでるのな。朕のいた北大陸は人間しかいなかったから、カルチャーショックって次元じゃないよ。


 琥珀色の髪の毛に、同じ色のくりくりとした瞳。目だけで言えば狸っぽい。朕の袖をつかんでいる手を見れば、きちんと五本の人間の指がある。


「いや、凝視してごめん。そう、実はジュージンに会うのは初めてで」

「ほへー。割といっぱいいるんすけどね」


 嘘、いっぱいいるの? こええんだけど。


「差し当たってこれだけは聞いておきたいんだが。日ごろは何を食べてるんだ?」


「えーと運がいい時はネズミとかとれるっすね。あとはドングリとか果実とかっすかねーって! うぉい、いま人間食べるかどうか試したっすね!」


「ごめん、一応食物連鎖的な意味で敵対しないかどうか確認したかったんだ」


「失礼な人っすね。せっかくジェリングの町に入るお金、貸してあげようと思ったのになー」


「—―実は私は狐ファーストでして。もう尻尾のもふもふとか崇拝レベルで最高ですよね。故郷では狐を守り神として祀る風習もあります。あ、干し肉食べますか?」


 媚というものは露骨に売ってこそ価値がある。


「わっかりやすい人っすねー。まあいっか。ちょっと私も町に用があるんすけど、女性一人だと目立っちゃうんで。よかったら付き合ってくださいよ」


「勿論だ。ああ、俺はローエンだ」


「私はマリカっす。とりあえず二人は冒険者仲間っていう設定でいくっすよ」

「了解だ」


 マリカがごく自然に腕を組んでくる。やわらかい女性の感触と、鼻孔をくすぐるお日様のにおい――


 って、くっさぁぁあっ!


 ケモノくさっ!! こう何か月も洗ってない犬のにおいがする!


 もう慣れたってのは撤回だ。朕は南の女性がかなり怖くなったよ。


「なーに顔しかめてんすか。あ、もしかして恥ずかしがってます? ぷぷぷ」


 なんなん、この挑発系。でも本当のことを言うと傷つける可能性があるし、町に入れてくれないかもしれない。ここは我慢ぞ。


「いや、すまん。実は照れた」

「ほあっ!? もう、あんま興奮しないでくださいよねー。今発情期じゃないんで、残念っすけど」


 あ、そういうのあるんだ。もう朕は君たちの生態がよくわからないよ。

 門番のオッサンがひゅうと口笛を吹いて朕を見る。


「おいおい兄さん、可愛いツレがいたんじゃないか。どうすんだ。町に入るのか?」


「はいっす、銀貨四枚っすよね。ほい」

「兄さん、それはないわ……あんたヒモかよ」

「いや、あはは。面目ない」


 この金は必ず返そう。朕の自尊心にかかわる。


「さ、行くっすよ」

「おう」

 行くぞ、果てない冒険の拠点よ。待っておれよ、新たな勇者の誕生を!

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