第5話 不死の皇帝、児ポ法(帝国基準)に怯える

 体中が痛い。板張りの床は予想以上に冷たくて硬かった。


「おはようございます! ローエンさんも朝ごはん食べますよね?」

「おはよう、マリーシア。ありがたく頂戴するよ」


「ろーえんお兄ちゃん、おはよぉ」

「おはようティエリア。よしよしいい子だ」


 慣れとは恐ろしいものだ。頭痛がするほどの臭気も、一晩立てばあまり気にならなくなった。単に鼻がぶっ壊れたのかもしれないが、一応朕は不老不死だし、大丈夫と信じたい。


 朕は助けた娘、マリーシアの一家に世話になっている。


 父親のバズは木こりで生計を立てているようだ。朕の懐から落ちた帝国銀貨を見て随分と驚いていたところから、この南大陸では鋳造技術がまだ未熟な可能性が高い。流石に通貨は流通しているだろうが、昨晩板材を物々交換していたところを鑑みるに、生産と消費はこの村だけで完結している部分も多いのだろう。


 旅商人ぐらいは来るかもしれないが、海辺であることと、山や森も十分な広さがありそうなので、食料は行き届いているに違いない。


 母親のマーガレットは自宅で草を束ねて靴を編む仕事だそうだ。総天然由来の靴は耐久性に乏しく、雨の日にでもなればくたくたになってしまうだろう。ここでは靴は頻繁に取り換える消耗品なのかもしれない。


「おーい、朝ごはんだぞぅ」

 朗らかな声で家族を呼ぶバズさん。どうやら彼が朝食担当らしい


 喜び勇んで席に着いた朕の横に、二人の娘が挟んでくる。臭いのは変わらないけれど、歓迎されるのは素直にうれしいし、懐かれるのは楽しいものだ。


「さあ、食べましょう」

「ああ、いただきまー-す……?」


 え、石? 皿の上には黒い塊が一つゴロリと乗っている。


「ローエンさん、パンいっぱい食べてね!」

 マリーシアが顔いっぱいの笑顔で勧めてくれるのだが、これは、どうしろと……。


「ローエンさん黒パンは初めて? こうやって水をつけてから食べるんだよ」

「黒……パン?」


 朕の知ってる黒パンと違う。試しに口にしてみると、歯が折れそうなほどに固かった。なるほど、これはふやかして食べるのかと思い水につけるが、一向にほぐれる気がしない。


「マリーシア、これ……」

「おいっしい! ゴリッ。ミランダさんの家のパンは最高だよね! ゴキッ!」


 およそ食物を口にしたときには鳴らない音が聞こえるのは、朕の耳がおかしいのだろうか。そうだ、ティエリアはどうだろう。まだ幼い子だ。やわらかい食事が用意されているに違いない!


「ろーえんお兄ちゃん食べないの? ボギョッ。あむあむ。グリュッ」


 OK、認めよう。朕の認識が間違ってたわ。この村の人たち、少なくともこの家族に噛みつかれてはいけない。だって石炭みたいなの食ってるんだもん。言動には気をつけよう。


「はは、そうなんだ。黒パンは初めてでね。うん、後でゆっくり食べようかな」


 朕は飲まず食わずでも死ぬことはない。かつてこの世に降臨した神との契約により、不死身の体になったのだから。けれど目の前で誰かが食事をしていれば朕も食べたくなるし、毎回この岩石を食卓に出されたら気がおかしくなるかもしれない。


「ローエンさん、娘の話では村の立て直しを手伝ってくれるとか。いいんでしょうか」

「はい、そのつもりです。お邪魔でなければぜひ」


「すまねえなあ。盗賊を撃退してくれただけじゃなくて、後の面倒を見てくれるなんてよ。良かったらマリーシアをもらってくれないか? まだ十二歳だが将来はマーガレットに似て別嬪になるぞ」


「やだもう、お父さんったら! ろ、ローエンさん、本気にしませんよね?」


 しない。


 朕の肉体は二十歳前半ぐらいで固定されている。南大陸人と結ばれても、朕の加護を知らないものであれば長くは続かないだろう。


「ははは、魅力的な提案ですけれど、放浪の身でして。まだまだ世界を回りたいのですよ。大切なお嬢さんを食うや知れずの世界に連れていくのは申し訳ないです」


 嘘は言ってない。そして最大限丸く断った。


「じゃあてぃえりあがおよめさんにいくー! ろーえんお兄ちゃんしゅきー」

「ティー! 困らせちゃダメでしょ! ごめんなさいローエンさん、家族がうるさくして」


「にぎやかで楽しいよ。マリーシアだったらきっといいお嫁さんになると思うから、それまでにお母さんのお手伝いを一生懸命しないとね」

「うん、うれしい!」


 ここ最近笑顔を作ってこなかったので、朕の表情筋が悲鳴をあげている。そろそろ村の復興に向かうとしようか。


 村の中央広場には多くの人が集まっていた。一瞬合同で葬儀をやっているのかと邪推したが、埋葬はどうやら夜のうちに終わっていたらしい。聞けば盗賊の襲撃は珍しいことではないそうだ。後片付けも手慣れたものと言っていた。


「燃えた家が多いですね。半端に残っている物件は崩してしまって、建て直しをした方が早いかもしれません」


「そうだなぁ。おおいマルコ、こっちだ!」

「やあおはようバズ。おお、この方が村を救ってくれた」

「ローエンさん、こいつは金物屋のマルコだ。俺の幼馴染でよ、まあがめつい商売してやがるんだ」


 軽口を言える仲というのは羨ましい。


「建築には鉄が必要ですからね。何か残ってるものはありますか?」

 一瞬沈黙が訪れる。あれ、朕何か間違えた?


「ローエンさんは随分と都会を回ってきたんですねえ。この辺の家は使いまわしの釘と木材、それに焼きレンガで作るんですぜ」


 ん、そういえばバズさんの家では鉄具をほとんど見なかった。なるほど。だから昨日村人たちが鉄の武器を集めていたのか。盗賊の持ち物でもここでは加工して農具や伐採の道具にするのだろう。


「まあ全部の家をレンガ造りにするのは無理だなぁ。材料を交換しようにも取引できるようなが燃えちまった。」

「なるほど、少しずつ整えていくんですね」


 まず地面に穴を掘って、支柱を建てていく感じかな。重要な部分だけは釘を打ち、他は縄で結んでいく方式だろうか。朕も1000年前は似たような建物を作った覚えがある。

 だが焼け跡を見るに、それぞれがてんでバラバラに家を建てていたようだ。これでは生活の効率性が落ちてしまう。


「中央広場に井戸があるんですね。ここを起点として放射型に家を並べていきませんか? 家の場所を整理しておけば、新しい建物を作るのも場所を決めやすいですし、皆が水汲みにも来やすくなります」


「ローエンさん、あんた職人だったのかい?」


「いえ、以前も村づくりをしたことがありまして。ああ、教会も焼けてしまったのですね。でしたらそちらも再建して鐘の鳴らせるようにしましょう。時間はもちろんのこと、今回のような襲撃の時にも警戒の音を出せますしね」


 村人たちは話し合っていたが、合理的に移動できるという利点を取って、放射状に建築が進んでいった。久しぶりに運ぶ土木はずっしりと肩にのしかかったが、汗水たらして働くという尊さを思い出すことができて、とてもうれしかった。


 気が付けば朕が村に滞在して一か月は過ぎようとしていた。一人の住民として認められ、今ではここの肥臭さもまるで故郷のように感じられるようだ。

 食事は相変わらず黒パンで、野菜くずのスープがたまに出る程度だが、日々はとても充実していた。

 

 だが悩み事がないわけではない。


「ローエンさん……その、娘を寝かしつけてくれませんか? 私ちょっと体調が悪くて面倒を十分に見てあげられそうにないんです」

「いや、流石にそれは……」

 マーガレットさんが、しきりにマリーシアと同じ部屋に寝させようとするのが恐ろしい。


 帝国では児童淫行禁止法がある。成人とみなされる十八歳未満の女性に手を出してはいけない。違反すればもれなく地下牢にブチこまれる。

 同様に帝国制児童ポルノ禁止法も施行されている。性に奔放すぎるのは児童福祉に大きな支障となるからだ。単純所持でもアウトだぞ。


「きょうはろーえんお兄ちゃんといっしょにねるー」

「ははは、ティエリア、夜中に怖くならないかな?」


 ティエリアはセーフか……な。まだ六歳だし。子供をあやしていると思えばそれほど重罪であるとは思えない。そういえば朕も昔は我が子をこうやって寝かしつけたものだ。

「さあ、寝ようか」

 あれ、ティエリアが正座したままだ。


「ええと、ろーえんお兄ちゃん、これからしょや? をはじめます」

「んんっ!?」


 そう宣言してティエリアはもぞもぞと服を脱ぎはじめた。あっという間にまっぱになる六歳児。

 いかん、策にはまった。今両親に踏み込まれたら確実に、二代目木こりに就任してしまう。


「はだかんぼー」

「はいお待ち。それはメーです。ティエリア、正直にお兄ちゃんに教えて。誰にやれって言われたの」

「まーがれっとかあさんが、いいカモだからにがしちゃだめだからって。てぃえりあ、いけないことしたの?」


 えぇ……やることがド畜生すぎて笑いも出ない。帝国だったら一家まとめて逮捕ぞ?


「てぃえりあ、さむーい」

「そうだね。さあ服を着て。お兄ちゃんの上着を貸してあげるから、早くお休み」

「うん、おやすみなさい」


 入口から「チッ」という舌打ちが聞こえた気がする。

 

 どうやらこの村に長居しすぎたのかもしれない。朕は冒険の旅を夢見て出国したはずだ。一時の情に流されて大望を失うのは愚の骨頂。


「すまんな。バズ一家よ世話になった。朕は行くことにする」


 安らかに眠るティエリアの髪をなで、朕は深夜にそっと家を後にした。

 これは転進。断じて逃亡ではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る