第一章 南大陸へようこそ!

第2話 不死の皇帝、脱北する

 小型の魔道式蒸気エンジンを積んだボートで、海を疾走する。

 すまん、家臣のみんな。

 でももう朕は耐えきれないんだ。目を閉じればみんなの顔が浮かんでくるが、もう振り切らなくてはいけない。


「北大陸は発展した。これ以上朕がいてはかえって毒になるというものだ」

 言い訳をしつつ、一路南大陸へと向かう。


 以前斥候として放った部下がこう言っていた。

「あそこは人が住む場所ではありません。ありとあらゆる災厄が封じられている魔界です」と。

 諸王国が乱立し、しょっちゅうドンパチやっているのは知っている。混乱に乗じて様々な部族連合も暴れまわっているとかなんとか。


 疫病・貧困・宗教的抑圧・災害・低識字率・迷信深さ・人身売買・麻薬。

 試練の大地。それが南大陸だ。


 以前帝国参謀本部が南大陸への派兵を進言してきたことがあった。

 そこで朕は創造神と相談し、事の是非を問うてみた。


「あの……南大陸に勢力を伸ばそうと思っているんですが」


「マジで! ついに行ってくれるのか? いやぁ、わしもあそこは手がつけられなくてのぅ。あいつら食料を実らせても育てるより奪い合いが始まるし、学習意欲は低いし、よくわからん祈祷がすべて正しいと思っているし。そうかそうか、お主が動いてくれるか!」


「……大変参考になりました。では」


 即断即決。


「南大陸への進出は不許可である。これは勅命だ」

「陛下の御意の通りに」

「以後この儀を提出するは禁忌とする」


 言葉通り、神が見放した大陸だ。

 無理無理。兵站線が持つわけないし、現地調達もできやしない。住民が帝国軍になつく可能性も低いし、未知の疫病にかかることもあるだろう。


 橋頭保や拠点となる土地を確保したとしても、盗賊などが跋扈している状態では、維持するだけで精いっぱいだ。国庫がゴリゴリ削れていく結果にしかならない。

 それに現地人との間に子供を作られても困る。価値観のすり合わせができていない結婚は不幸にしかならない。


 だがその南大陸に、朕はあえて挑戦する。

「1700年、ひたすら自分を殺して国の発展だけに尽くしてきた。そろそろ朕は冒険の旅に出てもいいのではないか」


 そのために残しておいたというのは過言だが、北大陸人がまだ見ぬフロンティアに乗り出すのは夢と浪漫があふれている。


 警備は厳重だが、勝手知ったる朕の宮殿。頭おかしいレベルで広いけれども、皇帝専用の脱出路はある。

 問題は24時間近衛が詰めていることだが、そこは創造神からいただいたチートを使わせてもらおう。


『形状変化』

 よし、これで朕はどう見ても近衛兵だ。あとは任務を装って逃げるのみ。


 秘された階段を降りると自王的に魔晶灯が点灯する。朕の歩みにそって順々に明るくなっていく様は壮観だ。


「何者だ! 所属とIDを述べよ!」

 近衛兵詰め所。ここさえ通れば朕の勝ちよ。


「近衛兵第三連隊所属。ID1290834XD、カール・アルバン上等兵です!」

「カール、カールと。待て、今照合している――お戯れを、陛下」

 近衛が一気に傅いた。

「む、わ、私は――」

「陛下。お使いになられている偽名リストにカール・アルバンが登録されています。此度は練度の確認にお越しでしょうか?」


 おのれええええええ。朕が使ってきた名前なんぞ何百もあるわ。誰だ、全部記録してるストーカーは!


「う、うむ、役目大儀である。朕の目的は成った。引き続き任務に精励せよ」

「ははっ!」

 

 こうなれば仕方あるまい。非常手段を取ろう。

「ぽちっとな」

 宮殿に設置されている火災警報を鳴らす。

 形状変化をしたまま、朕はひたすらに表に走る。


 よい、良いぞ。

『形状模写』でベッドに朕のダミーを設置してきてある。時間は多少稼げるだろう。

 転移方陣はバレるから封印だ。

 今のうちに海がある南へと『疾走強化』『持久力強化』して突っ走るのみよ!



 ボートは進む。豪雨や突風、渦潮などの割と洒落にならないトラブルはあったものの、朕はようやく南大陸の北端にたどり着くことができた。帝国を出て三週間。風雨にさらされてもうボロボロだ。多分朕じゃなかったら死んでたな。


「はっはっは、ついに朕はやってやったぞ。ざまあみやがれ、近衛兵団! おお、見慣れない樹木が立ち並んでいるな。ヤシの木っぽいが、うむ、南国気分が味わえるのう。こういった些細な発見こそが冒険のスパイスだな! っと、いかんいかん。これは破棄しておかねば」


 もったいないが、朕はボートを火炎魔法で焼却処分した。

 首を取ったり取られたりしているこの南大陸に、帝国産のオーバーテクノロジーを持ち込んでしまったら、かえって人死にが増えてしまう。


 郷に入っては郷に従えともいうしな。南の流儀で朕は生きていく。

 創造神への相談も禁止だ。あれは全身が光って超目立つ。


 うん?

 何やら人影のようなものが二つ、こちらに向かってくるようだ。


 警戒して朕は剣を抜く。帝国博物館からかっぱらってきた骨董品のサーベルだが、さて腕前は衰えているかどうか。

 小心者だから収納魔法にもいろいろモノを詰めてきたが、まだ出番ではないだろう。


「はあっ、はあっ、お、お願いします、助けてください!」


 年のころは十代前半だろうか。透き通るような黄金の髪と、海のように青い瞳を持つ少女が、息を切らせて走り寄ってきた。

 連れているもう一人の幼い子は、妹だろうか。


「鉄の剣持ち……あなたは騎士様ですか? 村が盗賊に襲われているんです。どうか力をお貸しください!」


 えぇ……朕が南に着いてまだ五分だよ。もう盗賊出るの?


「君は怪我をしていないか? 朕……いや、俺が一人で助けに行ってどうにかなる人数ならいいんだが」


「それは……くっ、でしたらせめて妹だけでも連れて行ってください。このままでは私たちも殺されてしまいます」


 話し合いでどうにかなりそうな相手ではないらしい。

 だがこの姉妹は運がいい。目の前にいる男は不老不死のなのだから。

 人助けならば遠慮はいらないな。いくらでも相手になってやろう。


「事情はわかった。君たちはそこの岩場に隠れているんだ。あの煙が上がっている場所が村だな?」

「はい。騎士様、行っていただけるのですか?」

「どこまで通じるかわからないが、やるだけやってみよう」


 朕はサーベルを手に森を走る。短期間にこれだけ全力疾走したのは、何年振りのことだろうか。

『身体能力強化』『反応速度強化』『物理防御強化』『属性耐性強化』

 駆けながら自らの体を魔法で強化する。さて、南大陸の賊徒よ、参るぞ!


 燃え盛る村の入り口に立つ。あちこちで略奪が行われ、目を背けたくなるような暴行が繰り広げられていた。


 唖然とする朕の姿を確認した手すきの盗賊たちが、粗末な鉄剣を持ってニヤニヤしながら集まってくる。ふむ、ちゃんと囲んでは来るか。


「よう、にいちゃん。ちょうどいいところに来たな。早速でわりぃが、有り金と身に着けてるモン全部おいてきな。命だけは助けてやるからよ」


 赤いバンダナの男が、血で汚れた短剣を抜いて舌なめずりをしている。

「ちんたらやってんじゃねえぞ、えぇ?」

 素人の動き、だな。

 朕はバンダナ男の足を踏み、体を軽く押す。驚き踏ん張って態勢を戻したところを思い切り掌底をぶち込んだ。

 先に脅してきたのはそっちだから、これは正当防衛だろう。その概念が南大陸にあるのかどうかは知らないけど。


「この野郎、ケツから杭突っ込んで燃やしてやるぜ」

「手足もぎ取って、体をオモチャにしてやるからな」

「二十人かかりで皮剥ぐぞ、ごるぁ!」


 こっわ。発想がもう盗賊のそれじゃないんだよなぁ。これが南のスタンダードなんだろうか。


「いいだろう、かかってこい!」

 朕は体を斜めに構え、サーベルを正眼に構える。


「死ねや、この野郎っ!」

「ふっ」


 短く息を吐いて間合いを調整する。盗賊は力任せに剣を振るっており、とてもではないが修練を積んだものの動きではない。

 最初の相手がこの程度で済んでよかった、と思うべきなのか。不謹慎だがまだこれならどうにかなる。


「セイッ!」

 一足で飛び込み、小手を打つ。痛みでのたうち回って叫び声をあげる賊を横目に、次の相手へと向かった。幸いなことに剣技の水準は低く、動きも洗練されていなかったので、倒すのは容易だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る