花言葉症候群

輝響 ライト

花言葉症候群


「そ、その顔……」


 髪の毛に絡みつく緑色と、黒色の髪とは対照的で髪飾りのように咲いている、雪の様な白い雫。


優花ゆうか……どうしよう……」


 幼馴染の現状を目の当たりにした私は、戸惑っていた。



  ◇   ◇   ◇



「こんにちは~」

「あら、優花ちゃん、いらっしゃい。雪菜ゆきななら自分の部屋にいるわ」

「ありがとうございます」


 私は幼馴染である雪菜の様子を見に学校終わりに彼女の家に立ち寄った。

 ここ一週間ほど学校に来ておらず、先生から「今週分のプリントを届けるついでに様子を見てきてくれ」と頼まれたのだ。


「雪菜? 大丈夫?」

「……ゆ、優花……?」


 中から帰って来た返事に元気は無く、不安げな声だった。


「うん、私だよ。学校のプリントとかいろいろ持ってきた、中に入ってもいい?」

「だ、だめ!」


 今度は慌てた声で返事が返ってくる。


「だめって……やっぱり何かあったの?」

「な、何でもないから、プリントはそこに置いておいて……」

「……雪菜、それは出来ないよ」


 ここまで切羽詰まった状態の雪菜は初めて見た。

 雪菜がだめと言っているのに申し訳ないが、ここで引き下がっても何も変わらない。そんな気がして、せめて様子だけでもこの目で見たかった。


「私は、雪菜の幼馴染で、大親友で、困ってるなら力になりたいの」

「優花、本当に――」

「誰にも言わないし、絶対に約束は守るから。だからお願い」

「……わかった、少し待ってて」


 がさごぞと物音がし始め、私はしばらく待つことにした。

 あまり時間はかからず、数分後には部屋の扉が開いた。


「雪菜! 良かった……!」


 出てきた雪菜は、パーカーのフードを深くかぶっていて顔があまり見えなかった。


「入って」

「? うん、わかった」


 いつも大人しい子ではあるが、言葉や行動に若干の違和感があった。

 休んでいた理由だった体調が悪い……というわけでもなさそうで、謎は深まるばかり。


「とりあえず手紙がこれで、授業のプリントはこっち……小テストはこれね、プリント終わったら解いてみてくれって言ってた」


 カバンからクリアファイルに入れておいたプリントを取り出し、綺麗に整理されている雪菜の机の上に並べていく。


「それで……何があったの?」


 私の後ろでプリントを見ていた雪菜は、先ほどと同じように俯いたまま答えた。


「少し体調が悪いだけだよ」

「でも、そうは見えなくて」


 雪菜の手を取り、訴えかける。


「さっきも言ったけど、約束は守るし何でも言う事は聞く。だから……私に言ってほしい」

「でも――」

「信じてくれないなら諦める」

「そ、そういうわけじゃないんだけど」

「じゃあ、お願い」


 本当に力になれるかは不安があるが、それでも雪菜の為になりたい。

 その思いが伝わったのか、雪菜はコクンと頷くと、被っていたフードを外した。


「そ、その顔……」


 髪の毛には植物の蔦のような緑色をしたものが絡みついており、白い花が一輪咲いていた。


「優花……どうしよう……」


 花言葉症候群、不治の病として知られ、数十万人に一人ともいわれる珍しい病気。

 私の脳裏に過ぎったのは、そんな病の名前だった。


「何か心当たりは?」

「わからない……」


 後から知ったが、未だに発症の原因は分かっていないようだ。

 ただ、人に感染するといった話は聞いたことがない。

 少なくとも私の体も危ないと言ったことは無いようだった。


「体に異常とかは? 大丈夫?」

「今のところは大丈夫だけど……」


 花言葉症候群は、体に咲いた花の花言葉の通りに生きなければ、だんだんと命が吸われていくという奇病なのだが……


「咲いた花はスノードロップ、花言葉は……「希望」と「慰め」だったっけ」

「さすが花屋の娘なだけはあるね、私も調べたんだけどそう出てきて……」


 両親が花屋を経営しているので、花に関してはある程度の知識があった。


「私ね、ずっと不安で絶望してたんだけど……優花なら花も詳しいし、何とかしてくれると思って」

「なら早く言ってくれればよかったのに」

「でも、いざ言おうとなると怖くて……」


 微かに震えてる体が、雪菜の不安を現していた。


「そっか……うん、もう大丈夫だよ。私が絶望なんてさせないから」


 こんな状態で、雪菜にとっての希望は私だった。ならこれからも雪菜のためにそばに居よう、そうすれば私のこの想いもいつかは叶う時が来るはず。

 そんな打算から口にした言葉だった。

 それでも雪菜は涙を浮かべながら微笑んだのだ。



 ――それから、雪菜は病院やら研究機関などに定期的に通うようになり、日常生活では出来る限り私が傍にいるようにした。


 学校でも、始めは気味悪がられていたり、逆に興味を持った人たちに話しかけられていたが、一か月もしたころには落ち着いた。


 出来る限り、雪菜の為に時間を割いて、雪菜に希望を持ってほしいと、幸せな想いをしてほしいと頑張っていた。


 そんな、ある日だった。



  ◇   ◇   ◇



「い、今……なんて?」


 いつものように雪菜の部屋で過ごしていた時だった。雪菜の言葉に私は耳を疑った。


「だから、私ばっかに構わないで自分の事をしてもいいって言ったの」

「でも、雪菜は――」


 最近の雪菜の態度はそっけなく、何かあったら、何かの拍子に心に傷を負ったり、取り返しのつかないことが起きてしまったら、そんなことを考えると余計に雪菜のそばに居なければならない、そんな気がしていた。


「三か月くらいたったけど、大した支障も出てないし、全然楽しく生きてられる。国からある程度の補助金も貰えるから、そんなに困ってもいないし……私、幸せだよ」


 それでも、常に死と隣り合わせの病を患っているんだ。

 私が傍に居ないと――


「でもね、優花が幸せそうに見えないの」

「……え?」


 心配するような瞳で見つめられていることに気が付き、思わず疑問の声が出た


「いっつも私の事心配してくれて、嬉しい、凄く嬉しいんだけど……疲れてるように見える」

「わ、私は雪菜が幸せならそれで……」

「本当に?」


 その眼差しに、一瞬言葉が詰まった。その詰まりを押し出すように、私は決意を新たにする。


 もちろん私は、雪菜が幸せならそれでいい。雪菜が幸せなら私も幸せだ、好きな人のためになれるなら本望で……」


「そっか、そう思ってたんだ」

「――あ」


 空いている自分の口に手を当てる。

 口から言葉が、思っていたことが出ていたようだった。


「これは、その、違」

「嬉しいな、ありがとう」


 拒絶される、そう思っていた私に返ってきた言葉は、予想していた物とは違う言葉だった。


「嬉しい、って……」

「うん、私も優花の事が好きだよ、でも……」


 ごめん、と一言。

 雪菜は申し訳なさそうに呟いた。


 わかって、いた事だった。

 雪菜はきっと友達として私の事が好きなのであって、きっと私の事を恋人と見てくれることは無い。そんなことはわかっていた。


「ううん、いいの、わかってたことだから。あ、そろそろ私帰るね!」


 零れそうになる涙を見せたくない、その一心で荷物を持って部屋を出ていこうと立ち上がり、ドアノブに手をかけたその時だった。


「ま、待って!」


 もう片方の手を後ろからぐいっと引っ張られ、そのままの勢いに倒れこむ。

 雪菜を下敷きにする前に何とか手で体を支えることが出来たが、雪菜を押し倒しているような体勢になってしまった。


「ごめん、急いで……」

「だめっ!」


 しかし、どかそうとした腕を捕まれ、動くに動けなくなる。


「雪菜――」

「ねぇ、スノードロップの花言葉って希望と慰めの他にもう一個あるの……知ってる?」

「きゅ、急に何を……」


 もちろん知っていた。あの時は雪菜の為に言わなかったが、その花言葉は外国のとある言い伝えが元になっているとされている。

 その花言葉は「あなたの死を望む」……人に贈る時には気を付けたほうがいい、と母には言われていた。


「私ね、ずっと昔から優花の事が好きだった。でも花が咲いてから、自分ではどうしようもできないくらい、優花の事を……っ!」


 最近、そっけない態度を取られることが多かったのはその為だったのだろうか、そう思うとなんだか心の整理がついたような気がした。


「そっか、わかった。じゃあ諦めるしかないね」


 雪菜の前に私がいる方といない方、どちらの方がいいのかは明確だと思った。

 最悪の事態なんて起きてしまったら、それこそ雪菜は絶望して、自分を許せなくなってしまうだろう。


 雪菜の為だ、そう自分に言い聞かせて、私はもう一度立ち上がり、部屋を出ようとした。


「……優花」

「ダメだよ、止めたら――」


 振り返ったとたん腹部に走る激痛。

 雪菜の手に握られたナイフと、自分から零れ落ちる血が床を汚していた。


「ゆき……な……?」


 二回、三回と刃物が私の体を刺し、体が崩れ落ちる。


「わかってたの、一緒にいれないことも」


 四回、五回と痛みに痛みを重ねて、感覚が消えていく。


「でも離れてほしくなくて……ならいっそ、あなたを殺して私も……」


 六回、七回と滲んだ視界に写って、瞼が閉じる。


「ごめんね、ごめんね、私もすぐ行くから」


 八回、九回とナイフの音が聞こえて、何かが私の体にもたれかかってくる。


「好きだよ、優花、愛してる」


 十回、十一回と、私の体に暖かい液体が零れだす。


「ずっと、ずっと一緒だよ」


 耳にかかる彼女の淡い息が、最期の記憶だった。

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