第一章

08 灯り

 王立学校へと向かう馬車に揺られ始めて何時間が経っただろうか。国王から広大な土地の管理を任されているディートリヒ公――その屋敷から王立学校は、なかなかの距離があった。街中を通り、いくつもの橋を越え、途中に休憩を挟むと、王都に着く時刻には夜を迎えていた。

 馬車の中にはルチナ様、クルス様、そしてわたしの三人が居る。十五歳になったクルス様は、王に仕える騎士になるべく勉学に励んでいる真っ最中。優しい人柄は健在で、道中も絶え間なく喋り続けている。一方でルチナ様はというと、それに気のない相槌を打ち続けていた。――二年前であれば、この旅路はきっともっと明るくて、楽しいものだったに違いない。


「ねえ、ごらん。あれがフィリ・ルフトの灯りだ」


 クルス様にそう言われて窓の外に目を向けると、街の灯りよりも少し遠くの方に、一際大きな灯りが見える。あれが王立学校――フィリ・ルフトの灯り。

 フィリ・ルフト。初代王に仕えた賢人の名を取り命名されたという、この国、いや、この世界規模で見ても大きくて、優秀な学校らしい。誰でも入学できるわけがなく、血筋や家柄がはっきりしていること、魔法の素養があること、そして王族への忠義を心にする者のみが門を潜れるという。まぁ、自分からしたらあまりにもファンタジーすぎて何を聞いてもこの世のものとは思えないし、そもそも“魔法の素養”というものに恵まれているのか、入ったところで直帰を命じられるのではないかと正直ずっとずっとひやひやしている。


「きれい……」


 ルチナ様が呟く。その瞳を見てはっとした。遠くに見える灯りを映して輝く瞳には、二年前に見たきりだった幼さがあったから。この瞳を見られただけで、この旅路にも意味があったと言える。直帰を命じられたとしても悔いはない。


「はい、美しいです。とても」


 今の言葉は、間違いなくルチナ様に向けたもの。思い入れの無いフィリ・ルフトの灯りより、大好きなルチナ様が優先されるのは当たり前のことだよ。


 灯りが見えてからの道のりは、とても早く思えた。フィリ・ルフトの門の前には、新たに入学する生徒や、帰省から戻った在校生を乗せた馬車が列をなしている。ここからがまた長いんだなぁと思っていると、わたし達を乗せた馬車は列を横目にすいっと門を通された。


「こんなことでまぬけ面しないの。当然でしょ、わが家は特別なんだから」

「とくべつ……」


 当然、という言葉の通りなんの意にも介さないような毅然とした態度でいるルチナ様に、わたしの頭はまだ追い付いていない。そんなわたしを見てなのか、目の前に座っていたクルス様は吹き出した。

 

「あそこに並んでいるのは、身分の低い家の出の者たちなんだ。うちが並んだとなると、それはもう大問題だよ」

「前に並んでいるやつらは、わたし達の道をはばんだとして痛い目をみるんだから!」


 ルチナ様はくすりと不敵に笑う。かわいい。

 でも、そっか。わたしってこの世界のこと何も知らなかったんだ。これまでわたしの世界といえば、せいぜい屋敷とその周辺の街中だけで完結していたけれど、これからはもっと広い世界で……いろんな人間たちと関わらなくちゃいけないんだ。そして、その中にはきっと……他の“攻略対象キャラクター”達が居る。本来の“レイラわたし”と恋に落ちるはずだった男達が。


「……避けなくちゃ」


 クルス様や、ルカ様。そしてレオン様との出会いは避けられないものだったけれど――その他大勢どの出会いはなんとしてでも避けなくちゃいけない!

 だって、だって、何のはずみでルチナ様が悪役になんてなってしまうのか分からないんだから!

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悪役君と僕天使 ナニイッテンダロス @tentendarodaro

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