2億7200万円の書簡

山野エル

雑感:岩谷光明『正しい紙の切り方』(ファー・イースト・リサーチ社)

 叔父が紙の不正使用で逮捕されて、その知見を得るために購入した。だいぶ昔の本だが、入門書として読んでおいても損はないかなという感じである。


 冒頭の紙の違法性についての解釈は、法整備の経緯も併記されて分かりやすいものの、前時代的な適法時代への郷愁のようなものが透けて見えたのが、著者の思想を如実に表しているようで、やや入り込みづらかったのが難点だった。つまり、どちらかというとグレーな紙の使用に繋がるような記述になっており、これがメタソーシャルの一部で炎上している所以だと思う。

 もっとも、これが27年前に書かれたものであるということを加味すれば、記載の論調に落ち着くのは無理もないかと思う。その辺りの視点を持たず、やみくもに叩くのはいかがなものか。


 内容は図解入りで丁寧に解説されているのは好印象で、その章のラストに「この本からの正しい紙の切り出し方」なんかが添えてあるのが著者の茶目っ気を感じ、クスリとさせられた。もちろん、この本の紙書籍はないが、もし実在していれば私もこれでひと儲けできるかもしれない。


 ただ、読んで驚いたのが、かつては紙の通貨が流通していたらしいということだ。どれだけの財産を無駄に使用していたのだろうか。国民全員が犯罪者ではないか。しかも、それを国が主導していたのだから開いた口が塞がらない。


 ……というのが簡単な本書の感触だったわけだが、第6章の「旧市街地における紙」に差し掛かって、妙な胸騒ぎを覚えた。


 40年ほど前の中性子線破局で失われた京都(発行のタイミングなのか文中に注釈がないが、今の清海きよみのこと)で紙を調達していた一団があったらしい。当時の家屋には紙が使用されており、それを帝都警護隊の目を忍んで切り出してきたという。破局の年には逮捕者も出ていたようだし、もともと国内で活動していた紙の強奪者グループは清海を標的にしていたのかもしれない。

 40年前というと、叔父が清海の辺りで生活していた頃と合致する。叔父がどこで紙を手に入れていたのかずっと疑問だったのだが、もしかして……という嫌な予感が込み上げてきたのは仕方のないことだ。

 40年前なら叔父も60代半ばで、若手の強奪者として働いていたとしても何ら不思議ではない。私が叔父に清海での生活について尋ねても曖昧に言葉を返してきたのは、その頃の悪事に触れられたくなかったからなのかもしれない。


 思わぬところで叔父の過去に触れたような気がして、この本との出会いが特別なものに感じられた。


733年2月30日

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