第11話 二重


 追いついてきた血矢が、口を半開きにして俺を見つめていた。


「あなたは、誰……?」

「俺は陰野歩だ」

「……死を感じる……圧倒的な強さだけじゃなくて……あなたが背負った死の重力を、痛いぐらいに感じる……素敵……」

「素敵なものか」

「あなたなら……私をあいしてくれる……」


 血矢は日本刀を構えた。殺気が滲んだ。


「死に取り憑かれた狂人か。お前みたいな奴を見るのは初めてじゃないが……平和な世界で、どうしてそこまで狂った」


 こんな化け物を”厨二病”の一言で片付けようとしていた高校生の俺は、まったく盲目もいいところだ。


「平和? 地球で一日に何人が死んでるか、知ってる? 何十万人も死んでいるのに、殺人だけに絞ったって毎日すごい数が死んでるのに、平和? もっと死を直視して」

「……」


 昔、同じようなことを言われた。アフリカの紛争地域の出身者だった。

 ダンジョンが出現してからも、する前も、自分にとっては何も変わらない、と。

 だが、こいつは違う。平和な日本でそんな感性を持つのは普通じゃない。


 普通じゃないからこそ、ダンジョンへの適性は高いはずだ。

 こういう狂人ほど強くなる。実例をいくつも見た。きっと、俺よりずっと適性がある。

 ……もしも時間を遡ってきたのがこいつなら、俺みたいに苦しまなかったろう……。


「どうして、誰も死を愛せないの? 終わりがあるから美しい、なんて、薄っぺらい言葉で誤魔化してばかり。美しいのはいつだって終わりなのに」


 血矢は大上段に刀を持っていき、足場を固める。


「これからダンジョンで大勢が死ぬ。人も、人以外も、みんな死ぬ。世界はもっと美しくなる……それを想像しながら死ぬのも、一興。古代の詩人が、ありもしない満開の桜を歌ったように」


 おそらく、もうどうしようもない。手遅れだ。

 こいつだけは体育祭の日に死んでおくべきだった。


「身内の死を経験した人々の前でも、そんな台詞を吐けるのか?」

「言ったよ? 葬式で。殺されそうになった。ふふ」

「……一生、精神病院から出てくるな」

「あなたなら分かってくれる。さっきのあなたを見て確信した。分かっていないフリをしても、絶対に分かってる。私は知ってる。さあ、あいして……!」


 狂った理屈で勝手に自己完結して、血矢の刀が風を切った。

 航跡が青く輝いて夕闇に尾を引く。

 完全にDEを使いこなしている。恐るべき天賦の才だ。


 ……殺すべきか? 難しくはない。

 だが、この狂い方を隠して生きられるぐらい器用な狂人なら、あるいは……。


「さあ!」

「チッ……!」


 DEを熾し、迎え撃つ。


 火花が散った。

 剣戟の可能性が爆発的に膨れ上がり、無数の返し技への返し技への返し技へ通じる分岐が泡のように浮かんでは消え、引き伸ばされた時間の中で少しづつ収束し、そうして選ばれた不可避の結末が再生される。

 火花が消えぬ間に三度の剣戟が衝突し、互いの刀が折れて飛んだ。


 全てを読み切って狙い通りの結末へ誘導できるぐらいには、圧倒的に俺が強い。

 今のところは、だが。


「わ、私の愛刀っ! やだっ、こんな……半端な結末じゃ、満足できない……!」

「血矢。お前は天才の中の天才だ」


 徹底的に努力したからこそ、越えられない壁がどこにあるのか、痛いほど知っている。

 前世で多くの天才たちを見てきた。国々が滅びてなお単身で生き残り探索者を続けている化け物たちが束になっても敵わないような、真の天才を。

 だからこそ、断言できる。こいつは世界でもトップクラスの探索者になる。

 どうしようもない狂人だが、それでもダンジョンを殺せる狂人だ。


「……だから、なに!?」

「だから、お前になら頼める。俺がお前を殺すんじゃない」


 血矢がハッと息を呑むのが、よく聞こえた。


「お前が俺を殺すんだ」

「……いいの?」

「強くなれ。俺よりも。そして全てのダンジョンを殺せ。……俺の代わりに、全部を終わらせてくれ……俺には無理だ……出来そうにない……」


 背負ってしまった責任から逃れる方法があるとすれば、きっとこれが唯一の方法だ。


「後悔するよ?」


 血矢がにやりと笑った。鋭い牙が見えた気がするほど攻撃的な笑みだった。


「あなたは良くても……もう一人はどうかな?」

「何の話だ?」

「気付いてない? その有様で私のことを狂人呼ばわり? 面白いなあ!」

「はあ……?」


 自分の中で完結しやがって。やっぱりこいつは頭がおかしい。


「……じゃあ、待っててね。あなたみたいな化け物を殺せる域まで行くのに、何十年かかるか分からないけど……あなたが背負った死を、私が肩代わりしてあげる。ふふ」


 年に似合わず色気漂う含み笑いを漏らし、冷たい人差し指で俺の心臓をなぞった。

 身震いするほどの冷たい彼女の体温が、奥深くまで刻み込まれたような気がした。


「それじゃあ、避難してる島の皆の様子を確かめないと。そうだ。親戚にあなたを紹介しなきゃ。ね、恋人って言ってもいい?」

「今すぐ死ぬほうが望みか?」

「えへへ。そんなに熱い視線を向けられると照れる」


 ……話が通じねえ……。


「恋人じゃないなら、何?」

「宿敵」

「宿敵と一緒に船で故郷まで旅してきましたって紹介するの? 説明になってる?」

「俺は嘘が嫌いだ」

「私も。相性ばっちり」


 何を言っても無駄だ。

 俺はもう無言を貫くことにした。さっさと宿に行って飯食って寝よう。



- - -



「あれ?」


 目を覚ました瞬間、なんだか何かを忘れてるような気がした。

 うーん、頭が痛い。

 昨日何してたっけ? ああそうそう、船で四矢島まで来て……えーっと?

 なんとなくダンジョンコアを潰したような気はするけど……。


「頭でもぶつけたかな……?」


 昨日戦ってたせいなのか、単に畳敷きの薄い布団がダメだったのか。

 風情のある、って言葉でごまかせないボロ古民家なんだよなあ、ここ。


 お、いい匂いがする。下で朝食作ってくれてるのか。


「陰野、起きてる?」

「起きたけど」


 血矢が襖を開けて入ってきた。

 なんだか妙にニヤニヤしながら見つめてくる。


「何? あ、寝癖……」

「ふふ」


 いくら寝かしつけようとしてもビョンビョン跳ね返る寝癖と格闘する。

 くっ。ダンジョンには勝てるのに寝癖に勝てない。


「ふふふ……くふふ……」

「何なの? そんなに面白い?」

「ん。とても面白い」


 何だよ。変人だなほんと。


「陰野、大丈夫? ストレスとか感じてない?」

「いや……南の島って感じだし、リフレッシュしてるけど」

「ん、良かったね……ふふ」


 なんか上機嫌だな。

 ……もしかして俺に気があるのか!?

 そうか、昨日ダンジョンで格好いいとこ見せちゃったのか!? モテ期到来!?

 っていやいや。まさか。


 ……無くはないかもな!?

 いやあ、十五年間の下積み生活も無駄じゃなかったなあ! 人生が上向いてきたぞ!


「陰野。昨日、私に昔の出来事を語ってくれるって言った。詳しく教えて?」

「……え? 言ったっけ? 忘れて欲しい。思い出したくない話なんだ」


 少し頭痛が悪化した。考えないほうがいい。


「なるほど、駄目。じゃあご飯にしよ」


 鮭とご飯と味噌汁だけの質素なセットが運ばれてきた。

 血矢がどこからともなくナイフを取り出し、二人分の小骨を綺麗に手術している。


「俺の分までやらなくてもいいのに」

「趣味」

「そ、そっか……」


 小骨ひとつない鮭の切り身を貰った。食べやすいけども。

 ほんと変な趣味してるなあ。


 船便の時間が来るまで、俺は血矢に島の名所を案内してもらった。

 ……南の島とはいえ、冬だ。寒い。

 俺たちは島に一つだけある自販機でホットコーヒーを買い、バス停みたいな港の待合所に引きこもった。二人して並んで会話もせずスマホ弄ってるだけ。快適。


「陰野。この先、どうするの? ダンジョンには潜る?」

「自由に入れるようになったら、すぐ探索者やろうと思ってる。もっと上を目指したい」

「……ふふ、そうじゃないと」


 血矢はとびっきりの笑顔を浮かべた。何故かちょっぴり恐怖を感じた。


「あなたは私の”目標”だから」


 目標かあ! いやあ、俺なんか目指すほどのものじゃないっす! でへへ!

 ……うまく行ってるはずなのに、ちょっと胃が痛い気がするのは何でだろうな!?

 やっぱり俺って小市民だから、実際にモテ期とか来たら耐えられないかもしれん……!


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