第31話 居場所


「ふぉふぉふぉ。よくやったの半魔……いや、蜘蛛使いのキルディスと呼ぶべきかな」


 ペルシが蜘蛛たちに残忍に喰われ滅び、カンドリア親子の肉塊が消えたのを確認して濁水のグーンがキルディスに笑う。


「これで、エルフの大賢者が介入してくる口実を消すことができた。感謝するぞ」


 キルディスが肩で息をしながら、頭をたれると、グーンはにまりと笑う。


「いえ、彼女には個人的な恨みもありましたから」


 言いながら、キルディスは蜘蛛に残忍に食べられながら滅したペルシのいた場所を見つめた。母を食べろと強要し、断ると目の前で母をいたぶって殺していったあの女に復讐することだけを夢見た。その夢が果たせた事に喜びと、もう母は戻ってこないという悲しみと、よくわからない高揚感、母の無念が少しは晴らせたのだろうかという疑念が同時に襲ってきてよくわからない感覚にキルディスは拳を握る。


「にしても、半魔とはいえ、どうやってここまで強くなった」


 グーンがキルディスをじろじろ見ながら言った。確かに半魔が純魔族に圧勝などしたら、そう言われても仕方ないだろう。このまま「お前の存在はあぶない」と濁水のグーンと第二ラウンドになる可能性もあるが、正直レイゼルとの地獄の特訓がきつすぎたせいで、グーンにも負ける気がしない。このままグーンさえ滅してやりたい衝動にかられるが、魔王に魂を吸収させるために、四天王の戦力を減らすわけにはいかない、無駄に争うなが主の命令だ。低姿勢で行くべきだろう。


「第八皇子と闇の紋章を結び契約しました」


「ほぅ、闇の従属契約か。なるほど第八皇子を操って戦争で死んだ人間を経験値としレベルアップしたわけか。半魔だからレベルがあがる……これは盲点だったわい。なかなかやるの」


 グーンはそういってはっはっはと豪快に笑う。


「恐れ入ります」


 キルディスが頭を下げると、グーンはふぉふぉふぉと髭をいじる。


「じゃが、そのせいでお主は四天王入りは無理になった。理由は言わなくてもわかるじゃろう?」


「はい。私が四天王になった場合。帝国の皇子という戦争の中心人物に闇の紋章を与えた魔族が四天王だったと、エルフの大賢者の世界の戦争への介入理由になってしまう。私がはぐれ魔族なら、エルフの大賢者が手を出せるのは私と第八皇子のみになります。つまり第八皇子を操った時点で私は四天王になれなかった」


 キルディスがにやりと笑って言うとグーンは目を細める。


「ほぅ、ペルシよりは話がわかるようじゃな」


「……ですが、エルフの大賢者の介入が確定的になったら、また話は別のはずです」


「そうなるのぉ。まぁ、その時はその時じゃ。それまでがんばるのじゃぞ」


 そう言ってグーンの姿がかき消える。


(……確約したくないため逃げたか)


 結局グーンも半魔を四天王入りさせる気なのどないのだろう。


(自ら望んでなった魔族よりも、無理やり奴隷にされたマスターの方がまだ自分の事を考えてくれているとは皮肉な……)


 と、自らの身体に褒めてといわんばかりに這い上がってきた蜘蛛たちに視線を向ける。



『まぁ、いい。俺の部下になった以上、退屈はさせないさ。どうせついでだ、お前を虐げていた魔族連中もまとめて、俺が屠ってやる。黙って俺についてこい』



 過去に、レイゼルが言った言葉。あの時は真面目に受け取っていなかったが、彼は約束は守ってくれた。口は悪いし、人をこき使うし、倫理観おかしいし、性格は悪いが……彼は仲間と認めたものにはある意味では誠実だ。


(半魔も悪くないのかもしれませんね――)


 想いながらキルディスは空を見上げるのだった。


★★★



 ……ここはどこだ。

 エルフの大賢者は目を開ける。

 暗い暗い闇の世界。何も出来ない。結局何をしても無駄なのだ。

 世界は虚無で未知、世界は仮初の混沌にすぎない。


 私は何故こんな無駄な事に命をかけているのだろう?

 どうせ全て滅びるというのに。


 滅ぶ?いやまだ魔王は復活していない。

 止めなければいけない。


 目を覚まさないと。


『いえ、まだ目を覚ます時ではありません』


 声が聞こえた。なぜかそこには自分が立っていて笑っている。


 ――私が起きなければ世界が――


『世界? 貴方に何ができます。ただでさえ無能なのに。神に両手足を縛られた状態で、何もできずに滅びるのを見ているしかできない無力な操り人形。ただただ、真実から逃げ続けた貴方に』


 ――逃げた?なんのことだ?――


 思った途端、首を掴まれる。


『逃げ出したでしょう?滅びゆく世界に耐えられず全てから!!私さえも見捨てて!!!』


 ごぼぉっ!!!!


 思わず苦痛に培養液を吐き出して、そのまま目を覚ます。


「大賢者様!?」

 

 大賢者は培養液の中からあたりを見回した。

 エルフの治療室だ。

 弟子と治療師がいるところをみると、自分はあの後意識を失ってここに運ばれたのだろう。魔力回路がずたずただったための処置だろう。


(一体どれくらい気を失っていた?)


 カプセルから出すように手を動かすが、


「まだ駄目です。今そこからでても、身体が言う事をきかないはずです。動けません。申し訳ありませんがもう少し寝ていてください」


 と、弟子のエルフが大賢者に告げる。

 言葉と同時に再び眠気が大賢者を襲い、ゆっくりと意識が遠のく。

 培養液の眠り成分を増やしたのかもしれない。

 駄目だ――目を開けていられない。


 目を閉じると再び、もう一人の自分が現れ、大賢者の頬に触れた。


『そうです、まだ寝ていてください――貴方が必要になるその時がくるまで』


 意識が薄れ――深い闇に呑まれた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る