三枚目 線路に舞い散る雪

 どうして僕は、こんなところにいるのだろう。


 神泉しんせんましろと、たった一言しか交わしたことのない僕が、なぜか今、彼女の家にいる。四十畳はあろうかという広間に正座して、黒い正装の親族の、振るえる背中を見ながら、彼らと同じ木魚の音を聞いている。


 遺影に写る彼女は、白兎のように無垢で、可愛いという言葉そのもの。


 彼女の、冬に咲く桜のような唇が、最後に僕の名前を呼んだ。

 僕の名が、彼女の最後の言葉で、最後の声。


 あのとき、唇を覆った白い吐息は、一瞬にして生温い液体にかき消された。


 僕は見た。彼女の最期を。彼女が生命からモノになる瞬間を。

 目に焼き付いたものを、僕は、永遠に忘れることができない。


 映像記憶。フォトコピ―メモリー。呪いのような記憶力。


 僕は、彼女の頭が潰れる瞬間を見た。

 四肢が引きちぎられる瞬間を見た。 


 頭は、髪の毛で覆われた海胆みたいで、

 ホームに飛び散った血管が、赤い海藻みたいで、

 服を着た肉塊と、腕だったモノ、脚だったモノが、

 鉄のレールの上に横たわり、舞い落ちた牡丹雪が、赤く溶けていくのを見た。


 ああ僕は、これから一生、この記憶に苦しめられる。

 

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