11.魔王の花嫁

 ――世界が震える。

 地面が揺れ、しだいに揺れは大きくなり、立っていられなくなった衛兵が膝をつき喚く。


「な、なんだ、地震?」

「でかいぞ、この揺れ!」

「オイッ、地面が!?」


 ――大地が裂ける。

 亀裂が走り、地面が深く大きく口を開けて、令嬢の周りにいた衛兵を呑みこんでいく。


「うわあぁぁぁぁっ!!」

「落ちるっ、助けてくれぇ!!」

「ヒッ、なんか光った?!」


 ――大気が唸る。

 閃光が走り、雷鳴が轟く。瞬く間に暗雲が立ちこめ、稲光を放ちながらいくつもの稲妻を落とす。


「落雷?! イヤァァァァ!!」

「壁が崩れてくる! 避けろおおおお!!」

「建物に火が!? どこに逃げればいいんだよ!」


 ――自然が猛る。

 暴風が吹き荒れ、豪雨が叩きつけ、旋風が城内の建造物をなぎ倒していく。

 大陸一、世界一頑強なはずの王城の外壁は脆くも崩れ、煌びやかだった王宮が崩壊し、至る所から悲鳴が上がる。


「誰か、誰かなんとかしてくれぇ!」

「嫌だ、嫌だ! まだ死にたくない!!」


 逃げ惑う人々は悲鳴を上げることしかできない。

 立て続けに起こる異常現象は、世界の終焉しゅうえんすら予感させた。


「なにが起こっている? こんな天変地異、聞いたこともない。これは夢なのか?」


 世界一と謳われる美しく壮大な王宮が崩壊していくさまを、王は唖然と見つめていた。


「あれは!?」


 大地を割って生えてくる無数の巨大な蔓を、王は刮目する。




 ――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――




 共鳴している。それが令嬢には絶叫にすら感じられた。


 無数の蔓が令嬢と闇の魔物の身体を覆い隠し、呑みこんでいく。

 傷ついた魔物達も、燃え盛る瓦礫も、崩壊する王宮も、何もかもを呑みこんで、蔓は束になり天高く伸びていく。



 ――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオォォォォ……ォォ……ォ…………――



 蔓の動きが止まれば、地震は納まった。

 先程の異常気象が嘘のように空は晴れ、明るい日差しが雲間から射しこむ。


 起きあがった人々が辺りを見回し、歓喜の声を上げる。


「生きてる。助かったんだ……」

「死んだかと思ったが……生きてたぞ!」


 落下した者は蔓に引っ掛かり、瓦礫の下敷きになりかけた者は蔓に押し流されて、に命拾いしていた。


「お、おい、あれを見ろ……あれは……?」

 

 人々がただ茫然と見上げるその先には、王宮を丸ごと吞みこみ大きく成長した蔓――巨木がそびえ立っていた。


 巨木には所々に脈打つようなこぶがある。瘤はうねりながら成長していき、やがて大きな蕾になった。

 蕾は回転しながら花弁をほころばせ、ゆっくりと『祝福の花』を咲かせる。


 花開くと中から現れたのは、丸めていた背を伸ばし日の光を浴びる美しい乙女。

 その背には虹色の輝きを放つ半透明の羽がついている。大きく羽を広げる姿はまるで蝶の羽化だ。

 乙女は不思議そうに己の手や身体を見た後、輝く大きな羽を見つめ、嬉しそうに微笑む。

 妖艶で美しい、妖精や精霊を連想するその姿に、人々は目を奪われ釘づけになった。


 また他の蕾が花開けば、そこから現れたのは、優雅な翼を持つ美しい青年。

 気高く神秘的な雰囲気をまとうその姿は、神の使いである天使を連想させた。


 また他の蕾が花開き現れたのは、立派な体躯に見事な毛並を称えた美しい獣。

 知性と品格を感じさせるそのたたずまいは、ただの獣ではない。神聖な神獣を連想させた。


 他にも、人魚や天馬や一角獣など、次から次へとお伽話に出てくるような幻想的な生物が、『祝福の花』から生まれ出てくる。


 羽の生えた乙女が飛び立ち、辺りの花々の間を楽しげに飛び交いながら、他の幻想生物に話しかける。


「ねぇ、見て。リリスあの子が祝福してくれた羽、綺麗でしょう?」

「えぇ、とても綺麗ですね。私もこんなに素晴らしい翼をもらいました。どうですか?」


 羽の乙女は翼を広げる青年の元に降り立ち、優雅な翼に指先を滑らせ、愛おしそうに言う。


「もちろん素敵よ。あたし達を想ってくれるリリスあの子の愛を感じる。こんなに幸せなことはないわ」


 それらの幻想生物達は、美しく生まれ変わった魔物達だった。

 蛾の魔物と鴉の魔物は手を取り合い、空へと飛び立つ。


 そんな幻想的な美しい光景に人々は心を奪われ、ただ恍惚とするばかりだった。


 生まれ出た魔物達は巨木の中心部、もっとも大きな蕾の周りへと集まっていく。

 魔物達が愛おしそうに見守る中、最後の蕾『最愛の祝福』が開花する。


 幾重もの花弁が白から黒へと色を変えながら開いていく。

 開花と共に煌めく芳香を放つ、それは現実とは思えぬほどに美しい黒い薔薇だった。

 壮麗に咲き誇った神秘的な黒薔薇の中、抱きしめ合う二人の姿はあった。


「――リリス――」


 独特な響きの声。甘く名を呼ぶ囁きに誘われて、令嬢は閉ざしていた目をゆっくりと開く。


「……ナイト?」


 令嬢の目の前にいたのは、この世のものとは思えぬほどに美しい青年だった。


 長い黒髪が風になびき艶めくさまは夜風を思わせる。

 透けるような白い肌に端正な顔立ちは、人と同じ造形のはずなのに、人離れした綺麗さだった。

 黒衣をまとう長身の身体はしっかりと、そして優しく令嬢を抱きとめている。


 一瞬、驚いた令嬢だったが、彼が何者なのかはすぐに分かった。

 何よりも、漆黒の双眸は穏やかで温かく、星の瞬く夜空の瞳で令嬢を見つめていたのだから。


「ナイト、良かった……」


 闇の魔物の生きている姿がそこにある。

 令嬢が涙ぐめば、白い手が令嬢の頬を優しく撫で、風に乱れた髪を梳き耳にかける。


「また、リリスの祝福に救われた」


 慈愛に満ちた笑みを湛える。神々しいまでに美しい闇の魔物の姿がそこにあった。

 闇の魔物は星空を宿した瞳で令嬢を真っ直ぐに見つめ、秘めていた一途な想いを口にする。


「リリス、愛してる」

「ナイト……わたしも、わたしも愛してる」

 

 愛の言葉を返すと、闇の魔物は令嬢の前に跪き、恭しく令嬢の左手を取って、その指先に口づけをする。


『――永遠とわの最愛を誓う――』

「っ!」


 一瞬の痛みの後、指元を黒い影――茨が這い、茨は黒薔薇を咲かせて、美しい指輪へと変化する。

 さらに黒薔薇の指輪から茨が全身へと伸びていき、令嬢の血濡れ痛んだ衣装を覆い、新たな衣装へと変えていく。


 幾重にも重なる漆黒のビロードは軽くなびき、黒薔薇の花弁のよう。

 柔らかく透ける黒いベールは星を散りばめたように瞬き、星空のよう。

 令嬢の輝く白肌を黒薔薇のドレスが彩り、流れる黒髪を瞬く星が飾る。

 それは美しい漆黒の花嫁衣装ブラックウェディングドレスだった。


 もう令嬢は、己の色を忌み嫌われ、隠されることなどない。

 本来のあるべき姿となった令嬢は、誰よりも気品高く美しかった。


 闇の魔物は立ち上がり、ありのままの令嬢を見つめ、嬉しそうに笑う。


「綺麗だ。夜の色をまとうリリスは、何よりも美しい」

「ナイトと同じ色で良かった……嬉しい」


 令嬢も満面の笑みを返し、二人は強く抱きしめ合う。


 そんな様子を微笑ましく見守っていた魔物達が、二人の周りで次々と跪き、こうべを垂れる。

 威厳ある神獣のごとき佇まいの魔物が一歩前へと出ると、二人へ向かって深々と首を垂れ、恭しく宣言した。


「その身を挺し愛し子を救った闇の魔物。我らが魔の王と冠し、永遠の忠誠を誓う」

「「「愛し子と魔の王へ、永遠の忠誠を誓う」」」


 魔物達は皆、令嬢と闇の魔物――魔王への従属を誓ったのだった。


 ◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る