「おめでとう」禁言令

嵯峨嶋 掌

悲しいことが多すぎる(´;ω;`)ウッ…

 王様の名は……記録には残っていません。そもそも名というものは、記号や数値と同じで、他者と区別するだけのものにすぎません。あまり名にとらわれすぎると物事の本質から遠ざかるものなのでしょう。ですから、たんに〈王様〉と呼ぶことにしておきましょう。

 王様は悲しみに打ちひしがれておりました。


 ……二人の息子と一人娘、そして妻である王妃を同時に亡くしてしまったのでした。その国を襲った流行り病のせいでした。大勢おおぜいの家臣やその家族も亡くなってしまい、慟哭どうこくの声と音とざわめきが、さながら嵐のようにいたるところに響き渡り、陰鬱いんうつの波が磯辺いそべとどまるがごとく、そこかしこに悲哀の情念が満ちちておりました。

 一方で病に倒れてもなんとか死地しちを脱し治癒ちゆできた者もおりました。その家族たちは、地にひれ伏さんばかりに、感謝の言葉を王様にささげたのでした……。


『王様のご指示で、王宮の医師、薬師、看護師を総動員して治療看護してくださったおかげだ……王様ばんざい、王様、ありがとうございます』


 ところが、最愛の家族を亡くした王様は、そんなことを叫ばれてもちっとも嬉しくはありません。それどころか、

「なんという不公平だ!」

と、内心、そんな思いでいっぱいでした。

 同じ病をわずらって、助かる者と助からない者が出てくる……ってしまう者と生き残る者とに分かれる……あたかも神の見えざる手によって、恣意的しいてきに、ひょいひょいと選別されてでもいるかのようにおもえてくるのでした。


 悲しみと怒りとは紙一重かみひとえ、悲しみの感情というものが極限に達すると、それは憤怒の大波に取って変わることは、往々おうおうにしてあるものなのでしょう。このときの王様が、まさにそのような情況下じょうきょうかに置かれていた……のです。しかも、半月後には、建国記念日と王様の誕生日の王国をげてのイベントが挙行される予定になっていました。悪病を克服した象徴としての祝賀行進までもが予定されていたのです。


「ふん、こんなときに、民草たみぐさから、おめでとう、なんて言われたくない、叫ばれたくない……!」


 それが偽わざる王様の心境そのものでした。もっとも、何喰わぬ顔で、「おめでとう」という賛辞を受け流す道もありました。

 けれども。

 やはり、このとき、王様は極度きょくどの悲しみが憤怒へ転化したその激流を制御せいぎょすることができなかったのでした。

 よしっ……と、王様は決断しました。


「……このさい、この国から、“おめでとう”の言葉を、無くしてしまおう、一掃いっそうしてしまわずにはおくものかっ!」


 そうと決めれば、生来しょうらい頑固がんこものとして知られていた王様は、周囲の一部の反対をものともせずに、緊急王令として、一切の煩雑はんざつな手続きを排して、〈おめでとう禁言令〉を発布はっぷしたのでした……。

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