第11話 許せないこと

「──はい?」


 華麗な武装と大口を好む、荒々しい派手好きである反面、ヴァスが意外に細かな技も得意とすることは知っていた。その使い分けの巧みさが彼の強さの神髄とも言えよう。盟友ナインほどではないが扇動もうまく、口車じみた挑発によって頭に血が上り、本来の実力を発揮できずに散った戦士も数多い。


 さては、二連続の脈絡のない発言も、ヴァスお得意の心理戦か。だがユスティーナは床に伏し、彼が下す罰を待っているだけなのである。


「あの……もしかして、私があなたをだまそうとしていると思っていますか? そんなことはしておりません。風の術を使っているのは、あなたの声がちょっと大きすぎて、警備兵が来てしまうかもしれないと思ったからで……」


 待ちに待った復讐の時を迎えたせいだろうか。先程から時々ヴァスが大声を出すので、勝手ながら風の術を使用させてもらっていた。声を乗せるのと逆の要領で、音を消すこともできるのだ。決してそれ以外の意図はない、と申し出てみたが、ヴァスは忌々しげなくせにどこか嬉しそうという、奇妙な調子でうなるだけだった。


「……油断ならんな。さすがオレを、いや獣を惑わす月の女神……」


 金の瞳がぞくりとするような艶を帯びる。獲物を恋う、獣の瞳。ユスティーナの背筋にも戦慄が走った。


「いや、違う! 今のお前は絶対に違う!!」


 ついに殺されるのか。そう思ったのも束の間、ヴァスは獣というより子供のように地団駄を踏んでわめき始めた。


「やせろと言ってるんだ! 人がここまで真面目な話をしているというのに、貴様のその丸々した腹と頬はなんだ!?」


 骨張った指をびしりと突きつけられたユスティーナは、驚きすぎてその先を見つめたまま固まった。両者動かないまま数秒、ヴァスがまた苛々と赤い髪をかきむしり始める。


「くそっ、グラジャブンの匂いが邪魔だ! どうせ風の術を使うなら、この匂いを吹き散らせ!! せっかく洗わせた髪がべたべたする、ふざけやがって!!」

「あ、ご、ごめんなさい、た、食べます、全部」

「食うな! やせろと言っただろうが!!」

「では、ヴァス」

「要らん!」


 混乱したユスティーナが菓子を勧めてくる気配を察したヴァスは、ばっさり断った。いよいよ困ったユスティーナは、なんとか重たい体を持ち上げ、立ち上がる。


「ならば、片付けるので少々お待ちください……!」


 ヴァスがいる以上、侍女たちには任せられない。ついでに一筆書くための準備をしよう。ああ、それに、遺していく者たちに、くれぐれもヴァスに復讐などしないようにと書き残しておかねば。やるべきことは思い付くのだが、体が思うように動かせないこともあって、どの順番でこなせばいいか迷ってしまう。


「ごめんなさい、段取りが悪くて……」


 こんな時にイシュカがいてくれたら、何からすればいいか教えてくれるのに。あるいは、厳しく間違いを指摘してくれるのに。


「いい! 明日にしろ!! とにかく今、貴様を殺す気はない!!」


 段取り良く処刑の場を準備されても困ると、ヴァスは断言した。ユスティーナがはっと動きを止めたのを見計らい、腕組みして冷徹に告げる。


「いいか、ユスティーナ。貴様に復讐しに来たのは事実だ。貴様はオレと貴様自身の、戦士としての誇りを足蹴にしたのだからな。到底許せはしない!」

「は、はい、当然です」


 取り急ぎ立ったまま──また座ると立ち上がれない可能性があるため──こくこくとユスティーナはうなずいた。


 イシュカに自覚を持て、と諭されてからずっと、ユスティーナは銀月の君として生きてきた。民の守り手として武芸に優れていることはもちろん、その在り方にも一分の隙も無い、イシュカに相応しい少女であることを常に求められていたからだ。


『王族であり、月の女神の生まれ変わりであり、僕の未来の花嫁である君は、民とはまるで異なる次元を生きる存在なんだ。君と彼らの間には絶対の隔たりがある。少しばかり傲慢に聞こえるぐらいの物言いで丁度いいんだよ』


 それにしてもこんな言い方をして大丈夫か、と感じる回数は成長するにつれ増えていったが、イシュカがそうしなさいと助言してくれるのだから間違いない。ラージャ宮殿に戻った直後、群がってきた大勢の人々、特に女性はユスティーナの物言いに顔色を変えすぐ離れていってしまったが、友人ならばサラとリラがいる。イシュカ様さえいてくださればいいの、と自分に言い聞かせ、彼が理想とする銀月の君を演じてきた。


 だがヴァスとの対決によって、化けの皮は剥がれた。自分より優れた敵の手にかかり、見事な戦死を遂げるのは誉れだが、卑怯な罠に引っかかって殺されるのは屈辱としか言いようがない。しかも当初、ユスティーナは小細工なしの一騎打ちによってヴァスに勝ったふりをしていたのだ。彼が激怒するのは無理もない。


 もっとも現在のヴァスが激怒しているのは、それ以前の問題なのだが。


「それより許せんのは、今のこの状況だ! オレは届かぬ月のように高慢な美少女の高い鼻をへし折り、無様に命乞いさせるために来たのだぞ!? それがなんだ、ぶくぶく太っている上に、妙に殊勝になりやがって!!」

「あっ……それは……その、期待を裏切ってしまって、まことに申し訳ありません……」


 ちょっとよく分からない部分もあるが、イシュカの指導を受けている際も、口答えなどしようものなら立ちっぱなしで数時間の指導が追加されたものだ。ヴァスが期待外れだと怒っていることだけは分かっているため、ぺこぺこ頭を下げるユスティーナだったが、その態度も期待外れらしい。


「くそっ、オレなどに簡単に頭を下げるのも気に食わん!」


 吐き捨てられた言葉に、今度はユスティーナが敏感に反応した。


「オレなどなんて、そんな風に自分を卑下しないでください、ヴァス。大口を叩きすぎるところはありますが、それだけの実力も、あなたには十二分にあるのですから」

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