フォーレのシシリエンヌ(4)



 ドアをノックする音が部屋に流れる音楽に傷を入れ、アフメドを思い出の中から現実に引き戻した。そこは噴水ではなく、古いソファーの上だった。


ため息をついて、立ち上がるり「今行く」とドアに向かって言ってから、カセットセットプレイヤーをとめた。ドアを開けるとエムレ医師がそこに立っていた。彼だけが時折アフメドがその部屋で休んでいることを知っていた。


「あなたと話したい人が来てますよ」

「患者の家族か?」

「違います。若い新聞記者です。名前はウムト、ご存じですか?」


エムレ医師の口から出たその名前はアフメドをうんざりさせた。忙しいと言って追い返したものの、また来ることは何となく分かっていた。


「どこにいる?」


エムレ医師はロビーに座って待っていることをアフメドに伝えた。アフメドはエムレ医師を置いていくようにロビーに向かった。三日前にこの病院とアフメド医師について記事を書きたいと頼み込んできた。


そこには若い男が座って待っていた。見覚えのある顔だった。


「突然来られても困るんですよ」


アフメドの面倒臭そうな態度にも馴れているようだった。


「すみません、こちらも仕事なので。ところで、いつなら話せるんですか?今話すつもりがないなら、また来ますけど?」


アフメドが話すつもりがないことはすぐに分かったのだろう。そもそも今話せるとは考えてなかったのかもしれない。二十五歳くらいのその新聞記者に対して、そんな態度をとる自分自身にに少し嫌気を感じていた。


「日曜の夕方に来なさい。少しなら時間があるから。悪いが、今は本当に話せない」

「分かりました。それでは日曜日の夕方にお会いしましょう」と言ってそのまま病院の出口に向かっていった。


エムレ医師が患者の家族が待っていることをアフメドに伝えに来た。

患者の家族にどのような手術になるのか一つ一つ説明した。今まで幾度となく説明してきた事だったし、患者の家族が何について質問するのかも経験上分かっていた。アフメド医師の落ち着いた態度が彼らを安心させることも知っていた。


心臓の手術に向けられる不安と疑いは大きく、アフメドが心臓外科医になって以来、はっきりと感じることの一つだった。死と限りなく近い職業だった。


手術では、患者の心臓は止まり、そして生命に関わるその臓器を切っていた。今まで数えきれないほどの患者を救ってきたのにも関わらず、自分自身の最も大切な人を救うことはできなかった。


簡単に乗り越えられることではなく、患者を救えば救うほどサラが頭に浮かんできた。サラが何度も言ったその言葉を忘れることはなかった。アフメドにとってもそれは願ってやまないことだった。

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