07:お菓子パーティ
自己紹介を終えると、優紗ちゃんが一度部屋から出て、大量のお菓子を抱えて戻ってきた。
「では親睦を深めるために、お菓子パーティの続きでもしましょうか!」
ヒカルも「やったー! お菓子だー!」と嬉しそうだ。
それにしても量が多い、10人分くらいあるように見えるんだけど……。
お菓子の量に僕が目を丸くしていると、晴野さんが補足してくれる。
「エインフェリアは一度に大量に食べられるし、食事が偏っても大丈夫って聞いたからさ。生前ではできないようなことをしてみようって、優紗ちゃんと一緒に買い込んだんだよね」
そういえばヒカルもそんなことを言っていたな。
……ヒカルはここしばらく菓子パンばかり食べているのに、今度はお菓子をたくさん食べるのか。
まあエインフェリアだから大丈夫だろうけど。
「目についた物はだいたい買ってきたからほぼ何でもあるよ。久世さんは何かリクエストとかある?」
久世さん、と呼ばれて僕とヒカルが同時に返事をしてしまう。
ヒカルは僕の義妹なので、正確な名前は空駆ヒカルではなく久世ヒカルだ。
「あはは。僕もヒカルも苗字は久世だからね。久世って呼ばれるとどっちかわかんないや」
「結人さんとヒカルちゃんを区別するためには名前で呼ばないといけませんね」
「でも出会ったばかりの男の人を名前で呼ぶのはちょっとハードル高いような……」
優紗ちゃんはあまり気にしないみたいだけど、季桃さんは名前呼びに抵抗があるらしい。
「名前呼びがハードル高いって気持ち、僕もわかるよ。僕は工学部出身で周囲に同年代の異性がいなかったから、僕も晴野さんをいきなり名前呼びするとしたらハードルが高いな」
歳が離れたヒカルや優紗ちゃんが相手なら大丈夫なんだけど……。
そんな僕と晴野さんに対して優紗ちゃんは少し呆れた様子だ。
「名前呼びってそんなにハードル高いことですか? 2人とも奥手すぎるのでは……。せっかくですし、免疫をつけるためにもお互いに名前で呼び合ってみたらどうですか?」
「え、えぇ……。でもほら、久世さんのことは久世さん、ヒカルちゃんのことはヒカルちゃんって呼び分けられるし」
「ダメです。少なくとも季桃さんは結人さんを名前で呼んでください。これは季桃さんのためなんですよ。恋愛トークは苦手とか言って避けて、経験値ゼロのまま大学生活が終わりましたよね?」
晴野さんは頑張って反論しようとするが、優紗ちゃんに論破されていく。
「恋人は作らないのか」と両親にうるさく言われるのを、晴野さんは優紗ちゃんに日常的に愚痴っているらしい。
晴野さんが少しかわいそうな気もするが、優紗ちゃんが晴野さんに厳しく追及しているのは日頃の行いがあるのだろう。
一方で、僕はヒカルからいじられていた。
「ねぇユウちゃん。ユウちゃんって2年前の時点では女性に免疫なかったんだね。ユウちゃんには婚約者もいるわけだし、慣れてそうなイメージだったんだけどなー」
……婚約者? 僕に?
「えっ!? どういうこと!? 僕に婚約者がいるの!?」
「いるよ。確か職場恋愛だって言ってたかな? だから記憶を失ってる期間で出会った相手だね」
「ええっ!? 久世さん、名前で呼びにくい気持ちわかるよとか言ってたのに、婚約者がいるなんて裏切り者じゃん!」
裏切り者と言われてもな……。記憶がないから全く実感も湧かない。
「よし! じゃあちょっとユウちゃんと席を外すね。婚約者がどんな人だったのか説明しておかないと」
「はいどうぞ、いってらっしゃい。私はその間に季桃さんを説き伏せておくね」
「えぇ……。見逃してほしいなぁ。もう死んでるわけだから今更感もあるしさぁ……」
晴野さんが優紗ちゃんに叱られているのを横目に、僕はヒカルに連れられて部屋の外へ出た。
部屋から出るなり、ヒカルは爆弾発言をかました。
「季桃さんってユウちゃんの好みどストライクだと思うけど、少なくともしばらくは好きになっちゃダメだからね」
「はぁ!? 突然なに言ってるのヒカル!?」
確かに晴野さんは可愛い……ってそうじゃない。
「なんで好みだとか、そんなこと思ったの?」
「季桃さんってユウちゃんの婚約者にめちゃくちゃ似てるんだよね。季桃さんに姉妹がいないか私が確認してたでしょ? あれは季桃さんがユウちゃんの婚約者に激似だったからだよ」
詳しく聞きたい気持ちと、聞くのが恥ずかしい気持ちがせめぎ合う。
結局、僕は詳しく話をヒカルに聞くことにした。
「……具体的にどこが似てるとかある?」
「外見もそうだけど、声とか話し方もそっくり。性格もかなり似てると思うよ。だから姉妹だと思ったんだけど……。季桃さんは一人っ子らしいし、よく似た赤の他人みたい」
ヒカルから話を聞いても、やっぱり僕に婚約者ができているなんてなかなか信じられないな……。
「ユウちゃんって入社数日前までの記憶はあるんだよね? 内定式とかで会ったことないの? 入社前に一度集まるんだよね?」
「すごく小さな会社だから、内定式はなかったんだよ。新卒が僕の他に1人入社するとは聞いていたけど」
「じゃあきっとその人だね。これで少しは信憑性が出てきた?」
「心が受け入れられるかは別として、信憑性は出てきたよ」
本当に僕に婚約者がいるのか……。
ある意味で、自分が一度死んだこと以上に信じがたいような気もする。
「まあ、ユウちゃんは死んじゃったわけだからその婚約者さんと結ばれることはないんだけどね……。でも、だからといって次の恋を見つけるのは早すぎ! 婚約者さんがかわいそう! だから、とりあえず記憶が戻るまでは恋愛禁止!」
「記憶が戻るまで……? まあいいけど、なんでそのタイミング?」
「あまり深い意味はないけど、北欧神話の伝承にちなんで決めたの。婚約者がいたのに記憶喪失中に他の人と結婚しちゃって、不幸になっちゃう話が北欧神話にあるんだよ」
しかもヒカルがいうには、記憶喪失の人は最後に刺されて死ぬらしい。
なんだそのピンポイントな神話。
「とにかく、言いたいことは何となくわかったよ」
「じゃあ休憩スペースに戻ろっか。いい? 絶対に恋愛禁止だからね」
社務所の休憩スペースに戻ると、今度は優紗ちゃんがヒカルを連れて外に出ていく。
「ヒカルちゃん、ちょっと一緒に外に来てくれない? 作戦タイムをしたいんだよね」
とのことだ。いったい何を話すつもりなんだろうか。
そうして僕と晴野さんだけが部屋に取り残されてしまった。
晴野さんはなぜかずっと僕から顔を反らしている。
心なしか顔も赤いようにも見える。
「あのさ、エインフェリアって耳がいいから、久世さんとヒカルちゃんの会話が少し聞こえてたんだよね。……声大きかったし」
要は、僕の好みが晴野さんみたいな人とかいう話は全部聞こえていたらしい。
それを理解して僕の顔も赤くなる。晴野さんと目を合わせられない。
しばらく沈黙がこの場を支配していたが、どうにか話題を見つけて切り出すことにする。
「ヒカルと優紗ちゃんが何を話しに行ったかわかる?」
「たぶん私たちをどうするか、みたいな話だと思うよ。くっつけさせようとかまでは考えてないと思うけど、無理にでも耐性を付けさせようとは思っているみたい」
確かに異性への免疫はある方がいいんだろうけど……。
荒療治だなぁとも思う。
「ごめんね、なんか巻き込んじゃって。久世さんは記憶さえ戻れば無問題なわけだし、こっちの都合に巻き込んじゃったね」
「まあ、ヒカルも優紗ちゃんと話している間はすごく楽しそうだし、気にしないで。そう難しく考えず、気楽に行こうよ」
僕を含めて、ここにいる全員はある日突然死に、家族や友人と離されて昼夜を問わない戦いを強いられている。
特にヒカルは生前、いろいろと悲しいことがあったみたいだからできるだけ笑顔でいてほしい。
今は誰も悲しい顔をしていないのだから、とりあえず良しとしておこう。
「それにしても、久世さんは私と同類だと思ったのに。裏切りものー」
「記憶が戻ったらわからないけど、少なくとも今は同類だから」
「それは同類って言わないから。裏切りものー」
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