06:エインフェリア仲間

 ルーン魔術を扱えるようになって、僕たちは今までよりも楽にスコルの子を倒すことができるようになった。


 物理攻撃に耐性があるのか、殴ったり槍で突いても中々追い払えなかったスコルの子が時折現れるのだが、そういった相手にルーン魔術は相性抜群だ。


 また、回復魔術があるおかげで仮に怪我をしても治せるという安心感もあった。

 エインフェリアはそもそもの自己治癒能力も普通の人と比べるとずば抜けているので、多少の怪我なら回復魔術を使うまでもないのだけど。



 僕たちは予定通り、神社の廃墟へと向かう。

 住むことができそうならそこを拠点とするつもりだ。


 神社の廃墟は山の中にあるようで、僕たちは草木が生い茂った山道を歩く必要があった。

 廃墟になる前はきちんと道が整備されていたのだろうが、今は見る影も無かった。



 それでも山を歩き始めてしばらくして……、僕たちは神社の廃墟へ辿り着く。

 途中で明らかに普通の道ではないところを通ってしまったが、無事に到着したのだから良しとしよう。


 エインフェリアの身体は多少の無茶ができるので、おかしな道でも普通に通れてしまう。

 そのせいで余計に迷ってしまったようだ。


「山の道中は草木の浸食が酷かったからけど、想像していたより建物はしっかりした状態で残っているね」


 ヒカルが言うように、長年放置されていたにしては廃墟はかなり綺麗な状態で残されていた。

 神社の周辺は丁寧かつ広めに開拓されていたおかげで、建物までは草木が到達しなかったのだろう。


 パッと見た様子では屋根の一部が壊れてしまったり、床の一部が腐食している建物もあるが、無事な建物も多い。


「ねぇユウちゃん、外観がきれいな建物はいくつかあるけど、どれから中を確認する?」

「社務所を見てみようか。損傷が少ないみたいだし、神社の事務所だから本殿とかより生活に向いた建物だと思うよ」


 社務所は外観は比較的綺麗なものの、扉の鍵はすでに壊れており、僕たちはすんなりと中に入ることができた。


「窓からの潜入とかやってみたかったんだけどなー」


 ヒカルは不満そうだが、その方法は割れた窓ガラスで怪我をしそうで心配なのでやめてほしい。


 社務所内部は割れた窓から吹き込んだ雨や砂埃、葉屑などで汚れているけれど、目立った損傷は無い。

 汚れを避けるために、僕たちは靴脱ぎ場では靴を脱がずにそのまま上がり込む。


 社務所の奥へ進むと、休憩スペースらしき部屋を見つけることができた。


 畳や放置された家具は酷く汚れているので直接触れない方が良いだろうが、レジャーシートなどを敷いておけば問題なく利用できそうだ。


「この部屋、なんか甘い香りがしない? かなり薄いんだけど、花とかじゃなくてお菓子とかそういう感じの香り。エインフェリアは嗅覚も強化されているから、普通の人じゃ気づかない程度だけど」


 そんなことをヒカルが言う。

 確かに言われてみれば、微かに甘い香りがした。


 おそらくチョコレートの匂いだろう。

 少し前に誰かがここで食べたのかもしれない。


 世の中には廃墟探索を趣味にする人がいるらしいが、そういった類だろうか?


「とりあえず、この部屋から出て様子をみよう。チョコレートを食べた人が近くにいる可能性がある」

「そうだね。鉢合わせたりしたら面倒なことになりそうだもん。少し慎重に行こうか」


 僕たちが身を隠すために社務所を出たその直後。

 背後に気配を感じて振り返ると、割れた窓ガラスの破片からスコルの子が1体現れるのが見えた。


「よりによってこんなタイミングで出てきちゃったかぁ……。ここで倒すか、別の場所に誘導してから倒すか……。どうしようユウちゃん」


 すぐに倒せるタイプならこの場で倒した方がいいし、時間がかかるタイプなら別の場所に誘導した方が一般人に見つかるリスクが低いだろう。


 今回の敵は物理攻撃には強いものの、ルーン魔術による攻撃が良く効いたはずだ。

 それなら1体だけだし、この場で片づけてしまいたい。


「ここで倒してしまおう。僕が敵の攻撃を引き付けるから、ヒカルは魔術の準備をして」

「はーい。なるべく静かにね」


 僕はヒカルを背後にかばい、スコルの子と向き合った。

 スコルの子が僕へ突撃し、牙を突き立てようとしてくる。


 しかし、それはガキンという金属音と共に阻まれた。

 なぜなら、長さ1メートルほどの長剣を持った少女が僕とスコルの子の間に割り込んで来たのだ。


「そこのお二人、危険です! 今すぐ逃げてください! この化け物は私が引き受けます!」


 少女はスコルの子の攻撃を剣で受け流し、隙を見つけては反撃を繰り返している。

 スコルの子を相手に有利に立ち回っていることを考えると、この少女は僕たちと同じくエインフェリアなのかもしれない。


 逃げるように促してくれているので、あちらは僕たちがエインフェリアだとは気づいていないようだ。


「優紗ちゃん! 魔術行くよ!」


 そして僕たちから少し離れた位置にもう1人、エインフェリアらしき女性が現れた。魔石と装置を使って魔術を発動しようとしている。


 どうやら炎の魔術を使っているようで、魔術によって生み出された炎の弾丸がスコルの子に命中する。

 そこに剣の少女がとどめの追撃を加え、彼女たちは見事にスコルの子を撃退してくれた。


 剣の少女は滑らかな動作で剣を納刀すると、僕たちの方へ振り返る。


「怖い思いをさせてしまいましたね。怪我はありませんか?」

「おかげさまで僕もヒカルも傷一つ無いよ。ありがとう」

「いえ、私たちの戦いに巻き込んだようなものなので、お礼を言われるようなことでは……」


 やはり僕たちは一般人だと間違われているようだ。

 僕たちもエインフェリアだときちんと説明しなくては。


「そのことなんだけどさ……」

「あっ! 何も訊かないでください! 質問には一切お答えできないので! 申し訳ないのですが、この廃墟は危険なのですぐにでも離れてください!」


 なぜか剣の少女は目をきらきらさせながら、すごく楽しそうな表情でまくし立ててくる。

 僕が戸惑っていると、もう1人の女性がフォローに入ってきた。


「この子、颯爽と駆けつける謎のヒーローとか大好きなので、今のこの状況にテンションが上がっているんですよ」

「あぁなるほど……。確かに今、かっこよく倒してくれましたしね」


 つまるところ、この剣の少女は多感な中学生や高校生の少年少女が罹患する病、いわゆる中二病を患っているのだろう。


 エインフェリアは一般人に存在を悟られないように怪物を倒し、人々の安寧を守っている。

 素性を明かせない訳ありヒーローと言えなくもないだろう。


「ねえ季桃リモモさん。敵に割り込んだときの私って、勇者っぽくなかったですか!? 自己採点で100点中90点はかっこよかった自信があります!」


 季桃リモモと呼ばれた女性は「はいはい、かっこよかったよ」と剣の少女をなだめながら僕たちに対応してくれる。

 実際のところ、剣の少女は容姿がとても整っていることもあって、それらしい感じには十分なっていた。


「この子はスイッチが入るとこうなっちゃうんですよね。普段はもっとしっかりしているんですけど」

「なんというかまあ、高校生くらいの年頃ならそういう子もいますよね」


 と曖昧な返答になってしまったが、一応同意しておく。


 ある日突然エインフェリアという特別な力に目覚め、神々の下で人に害なす化け物と対峙する日々が始まる。


 程度の差はあれども、そういった非日常を歓迎する人もいるのだろう。


 ヒカルもちょっとそういうところがあるような気がする。

 僕も中学や高校の頃ならそうだったかもしれない。


 剣の少女は優紗ちゃんと言うらしい。彼女はある程度はしゃいで満足したのか、落ち着いた様子で僕とヒカルに声をかけてくる。


「ふぅ、お見苦しくしてしまってすみません。あなた方にお話できる範囲でお伝えすると、あの化け物は私たちを狙っているんです。詳しく説明できなくて申し訳ないのですが、安全のために山を下りていただけると嬉しいです」


 優紗ちゃんは僕たちの安全を気にしてくれているようで、いろいろと気遣ってくれる。


 発言内容から考えても、優紗ちゃんと季桃リモモさんはエインフェリアに違いない。

 だけど、僕たちもエインフェリアであるとは言いにくい雰囲気になってきた。


 ヒカルが僕の耳元に顔を近づけ、小声で話しかけてくる。


「ユウちゃん、ちゃんと伝えたほうがいいと思うよ」


 ヒカルの言う通りだというのはわかっているのだが、言いにくいものは言いにくい。

 僕が困っていると、優紗ちゃんが心配そうな表情を浮かべる。


「あの、大丈夫ですか? 何か具合でも……?」


 心配させるようなつもりはなかったので、もっと早く話すべきだったなと思いながら僕は打ち明ける決心を固めた。


「君たちはエインフェリアだよね……? 言いそびれてたんだけど、僕たちもエインフェリアなんだ」


 僕の言葉を聞いて、優紗ちゃんと季桃さんは同時に「えええええっ!?!?」と驚嘆の声を上げる。




「もっと早く言えればよかったんだけど、ごめん」

「そちらもエインフェリアだったんですか。……なるほど、だからあまり動じていなかったわけですね。確かに普通の人ならスコルの子に遭遇したら取り乱すはずですから、もっと早くに気づくべきでした」


 かといって、エインフェリア同士で遭遇する可能性もかなり低そうだ。

 エインフェリアが何人いるのかわからないが、一般人に目撃されたと考える方が自然だとは思う。


 立ち話を続ける理由もないので、僕たちは社務所の休憩スペースへ移動する。


 僕とヒカルが社務所に来る直前まで、優紗ちゃんと季桃さんは社務所の休憩スペースでお菓子パーティをしていたらしい。

 しかしお菓子パーティの途中で僕らが近づいてくる気配を感じたので、急いでお菓子を片付けて窓から脱出し、物陰に隠れたのだとか。


 チョコレートの匂いが残っていたのは迂闊だったと優紗ちゃんは言うが、エインフェリア以外が相手なら隠れ方は完璧だっただろう。


「私は成大優紗ナリタイ ユサといいます。水戸軽高校の1年生です。エインフェリアには昨日なったばかりの新人ですね」

「じゃあ私たちと一緒だね。私とユウちゃんも昨日エインフェリアになったばかりだから」

「高校1年生なんだ。もしかしてヒカルと同じくらいじゃない?」

「同じだね。私も高1だから」


 同学年だと知った優紗ちゃんが、ヒカルの手を取って距離を詰める。


「そうなんだ! よろしくね、ヒカルちゃん」

「えっと、よろしくね、優紗ちゃん。えっと、ユウちゃんの妹のヒカル……です」


 優紗ちゃんの勢いにヒカルは少しひるんでいるようだ。


 ヒカルは僕に対して距離が近いから、誰に対しても距離が近いタイプかと思っていたが、そうではないのかもしれない。

 ひるんだついでの自己紹介も、僕の自己紹介前なのに「ユウちゃんの妹」と言っていたり順序がめちゃくちゃになっている。


「妹? でもあまり似ていないような……」

「義理の兄妹だから似てないの。本来なら、はとこの関係だから」


 ヒカルははとこだったのか。

 最初に名乗っていた空駆ソラカケという苗字はおそらく旧姓なのだろう。


 ヒカルの新情報に驚いてしまったが、季桃さんと呼ばれていた女性を優紗ちゃんが紹介してくれるので意識を切り替える。


「この人は巫女の晴野季桃ハレノ リモモさんです。年は離れていますけど、エインフェリアになる前からの仲良しの友人なんです」

「どうも晴野季桃です。晴渡神社の職員で、巫女をやっています」


 今まで下の名前しかわからなかったから、脳内では季桃さんと呼んでいたけど、苗字がわかったのでこれからは晴野さんと呼ぶことにする。


 ヒカルとか優紗ちゃんみたいに歳が離れた子に対してなら、名前でも違和感なく呼べるんだけど、歳が近いとなぜだか恥ずかしくて呼べないのだ。

 大学時代は工学部という女性がいない環境で過ごしてきたからかもしれない。


 それにしても晴渡神社って、確かこの廃墟が晴渡神社の旧社なんだよな。


「もしかして、晴野さんはこの神社の移転先の職員ということですか?」

「そうですよ。まあ私は死んでしまったわけですから、”職員だった”が正しいですけどね」


 晴野さんは晴渡神社の職員と言えばそうなのだが、勤め先が神社というか、神社の一人娘らしい。

 いずれは神社を継ぐ立場だった。


 そんなわけで、晴野さんはここに旧社の廃墟があることを知っていたそうだ。

 拠点として使えると考えて、優紗ちゃんと晴野さんはエインフェリアになってすぐにここへやってきたという。


「廃墟好きの親戚がいて、その人が晴渡神社の旧社を探索したいとか言い出したことがあって、それで旧社があることを知ったんですよね」

「季桃さんのおかげで私たちは初日で拠点を見つけられたわけですよ。季桃さんの実家と親戚に感謝ですね」

「確かに実家が神社だったことに人生で一番感謝したかも……。いや、もう死んでるから人生は終わった後だけどさ」


 もう死んでいる、と言う晴野さんは少し憂いを帯びている。確かに僕たちはもう死んでるんだよなぁ。

 親戚と仲が良いらしい晴野さんは、自身の死をうまく受け止められていないのかもしれない。


 親戚といえば、どうしてヒカルは僕の妹、つまりは僕の祖父母の養子になったのだろうか?

 はとこということは、ヒカルと僕の祖父母はかなり遠縁だ。もっと近縁に引き取ってくれる親戚はいなかったのだろうか。


 どのような事情があったとしても、明るい話は出てこないだろう。

 ヒカルの親戚関係に関する話題は避けた方が良さそうだ。


 そんなことを考えながらふとヒカルを見ると、ヒカルは戸惑うような表情を浮かべながら晴野さんに質問していた。


「もしかして、季桃さんにはお姉さんか妹さんがいたりしますか?」

「ううん、一人っ子だけど。どうしたの?」

「季桃さんによく似た人を知っているんです。でも、他人の空似だったみたいですね」


 ヒカルは僕と晴野さんを交互に見ながら残念そうな顔をしている。


 なぜか僕のことも見ているので、僕に関係している事柄なのだろう。

 それは一旦保留にしておいて、僕自身の自己紹介を始める。


「僕は久世結人です。ヒカルの兄です。この春に大学を卒業……じゃなかった、生前は2年ほど金属加工会社に勤めていました。……たぶん」


 僕の曖昧な自己紹介に、季桃さんが怪訝そうな表情で尋ねてくる。


「たぶんって、どういうことですか?」

「北欧の神々に約2年間の記憶を取られてしまったんです。なので実際には24歳の社会人なんですけど、自分の主観だと大学卒業直後の22歳なんですよね」

「2年も記憶が無いなんて、それは大変ですね!?」


 やっぱり大切なものとして記憶を失うパターンは珍しいのだろうか。

 ヒカルがいてくれたからそれほど致命的に困ってはいないのが幸いかもしれない。


 続けて季桃さんが僕に声をかける。


「というか、24歳ってことは私と同い年なんだね。同い年ならお互いに敬語をやめて少し口調を崩さない?」

「自分の認識的にはまだ22歳なんだけど……そうだね。じゃあ堅い言葉遣いはやめようか」


 僕と晴野さん、ヒカルと優紗ちゃんの年が近いこともあって、僕たちは比較的すぐに打ち解けることができそうだ。

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