02:VSスコルの子
僕はヒカルの手を引いて、鋭角から飛び出てきた青黒い化け物から逃げようとする。
けれどヒカルはまったく怖がりもせず、平然とした様子で僕を制止した。
「あっ、逃げなくても問題ないよ。説明を終えた後に出てくればよかったのに。まったく、空気の読めないスコルの子ね」
ヒカルは僕から手を放して化け物と向き合う。なんだか余裕そうだ。
反射的に逃げようとしてしまったけど、ヒカルはこの化け物を知っているんだっけ?
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 私たちはエインフェリアだから、普通の人より何倍も強いもん!」
「エインフェリア……? 私たちってことは僕も?」
「うん、そうだよ。エインフェリアはすごいんだから! あいつが相手なら、たぶん野良犬と戦うくらいの危険度だよ」
ヒカルの話を信じるなら、意外と化け物は弱いのかもしれない。いや、化け物が弱いというより、僕たちが強いのか……?
スコルの子と呼ばれたこの化け物は、普通の人間を一方的に惨殺できてしまうほどに強い。けれど、エインフェリアはそれに対抗できるほどの超人ということらしかった。
ヒカルはどうやら、この怪物と戦うつもりのようだ。それなら僕も逃げるわけにはいかない。
どこからかヒカルが槍を取り出して、スコルの子を斬りつける。確か、世の中には折り畳み式の槍が存在するんだったっけ?
組み立てが早すぎてきちんと見れなかったけれど、そうして隠し持っていた槍を使っているようだ。
ヒカルは人間ではありえないほどの力で槍を振り回し、スコルの子にダメージを与えていく。その怪力も、エインフェリアが持つ力の1つなのだろう。
彼女に任せてばかりではいられない。僕に武器は無いのか? そう思っていると、ヒカルが教えてくれる。
「ユウちゃんが身に着けているその手袋と靴はさ、北欧の神々が作ったやつだから破けたりとか全然しないの。だからそのままスコルの子を攻撃しても大丈夫だよ!」
北欧の神々ってなんだ? 北欧神話のことか? 神話は詳しくないから、よくわからない。
ともかく、僕もヒカルに倣ってスコルの子を攻撃していく。しかしスコルの子もやられっぱなしではない。爪のような部位で僕たちに反撃してくる。
自分でも意外なことに、僕は敵の攻撃を受け流すのが得意らしい。スコルの子が繰り出す攻撃を、僕は安定して防ぐことができていた。
一方でヒカルは紙一重で受けられているだけ、といった様子だった。ヒカルの動きをよく見ると、彼女は槍の扱いには慣れていないらしい。エインフェリアの腕力で振り回しているだけといえるレベルだ。
今のところは防いでいるけど、このままではいずれ、ヒカルが怪我をしてしまう。
スコルの子からヒカルを守るために、僕はヒカルとスコルの子の間に割って入り、攻撃を引き付ける。
「ユウちゃんありがとう! 大丈夫?」
「大丈夫、何ともないよ。見たところ、ヒカルも戦いなれているわけじゃないんだよね?」
「うん、実はそうなの……」
戦い方をしっかりと考えたほうがよさそうだ。
僕が防御、ヒカルが攻撃って感じで分担するのが良いだろう。ヒカルには僕の後ろで構えてもらって、スコルの子が隙を見せたら槍で突いてもらう。せっかく槍があるんだから、リーチを活かさない手はない。
作戦通りに役割を分担することで、僕たちは危なげなく勝利することができたのだった。
スコルの子は力の差を理解すると、とがった箇所へ吸い込まれるように消えていった。どうやら死んだわけではなく、逃げたようだ。
「やったー! 勝てたよー!」
ヒカルは僕に満面の笑みを振りまく。
そして驚くべきことに、槍を折り畳んでポケットに収納した。どこから槍を取り出したのかと思っていたが、そういうカラクリだったらしい。
僕が装備している手袋も北欧の神々が作った武器らしいし、おそらくはヒカルが持っている槍もそうなのだろう。
ポケットに入るほど小さく折りたためることも驚きだけど、服が歪んでいないことを考えると軽さにも優れているようだ。
「スコルの子……だったよね? あの化け物、思ったより弱かったな」
「まあ、私たちエインフェリアだしね」
そのエインフェリアというのは何なのだろう。
ヒカルには聞きたいことがたくさんあるな。
「スコルの子とか、エインフェリアとか。一体何なの?」
「スコルの子については、実は私もあまり知らないんだよね。戦ったのも今のが初めてだし」
「初めてだったんだ!? それにしては結構平気そうだったね」
「まあ、映像記録? みたいなものは見たことあったから」
スコルの子について、ヒカルが知っているのは2つだけらしい。
1つ目、エインフェリアを襲ってくること。
2つ目、今回は狼っぽい見た目だったけれど個体によって姿や能力が違うこと。
どうしてエインフェリアを襲ってくるのかは、謎に包まれているそうだ。
「エインフェリアは北欧神話に出てくる言葉だね。日本語だと”死せる戦士たち”って呼ばれることもあるかな」
僕は北欧神話なんて全然わからない。ゲームとかで武器の名前に使われているのを見たくらいだ。
グングニルとか、レーヴァテインくらいは名前を聞いたことがあるかも? 具体的にどういうものかは知らないけど。
「北欧神話では死んだ人間が生き返って、エインフェリアと呼ばれる神々の兵士として戦うという伝承が残っていてね。ユウちゃんは覚えてないと思うけど、私たちは一度死んで、エインフェリアに生まれ変わったんだよ」
死んで生まれ変わった? ヒカルのことは信じてあげたいけど、さすがに信じられる内容ではない。
怪訝な表情が表に出ていたのか、ヒカルが抗議の声をあげる。
「かわいそうな子を見るような目をしないでよ! 事実なんだから、他に言いようがないもん。私が中二病ってわけじゃからね!」
「ああ、なんかごめん」
「とりあえず、身体能力が人並外れていることはわかるでしょ? そうじゃなきゃ、スコルの子も倒せないし」
確かに、筋力や動体視力が尋常でなく向上しているのはわかる。
ヒカルが嘘をついているようにも見えない。そもそも彼女は嘘をつくのが尋常じゃないほど下手みたいだし。
疑う要素は無いのだけど、あまりにも突飛すぎて理性が追い付かないといった感じだった。
「僕はどうして死んだの? 僕は祖父母と一緒に暮らしていたんだけど、そのことはわかる?」
「……うん、わかるよ。おじいちゃんとおばあちゃんは殺されちゃったの。家もそのとき燃やされちゃった」
「殺された!? 2人はエインフェリアとして生き返ってないの?」
「残念だけど、おじいちゃんたちはエインフェリアになれないの。エインフェリアになるには色々と条件があるんだけど、その1つが"健康で若い人"だから」
僕は両親が行方不明になった8歳の頃から祖父母と暮らしていた。長い間ともに過ごしてきただけあって、とても喪失感がある。
それにしてもどうして殺されたんだ……? 僕もそのときに死んだのか?
「私とユウちゃんが死んだのは、もう少しだけ後なの。私が先に死んだから、ユウちゃんがどう死んだのか、詳しいことはわかんない。でもたぶん、まともな死に方じゃなかったと思う。私のせいだから、ごめんね」
「ヒカルのせい?」
「詳しいことはまた今度でいい……? ごめん、今はそれを話す元気がないや……」
ヒカルは泣きそうな顔でそう答えた。
自分がどうして死んだのか、僕とヒカルはどういう関係なのか。詳しい話を聞きたい気持ちは強い。
けれど、泣きそうなヒカルを前にして無理やりに聞き出すようなことはしたくなかった。
話そうとは思っているようだし、いつかヒカルの心が落ち着いたときに話してくれることだろう。それよりも今はまず、今後のことについて考えないといけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます