第20話

 一晩外に出ていた衛士たちは、朝方ようやく交代を許された。罰のような仕事の与え方だと、誰もが思っている。頑固に背筋を伸ばしているのはオタカだけだった。


 ウカミは、衛士たちを疑っている。あの日、ナギと双葉を除く、里中の衛士たちがあらゆるところへ入って巫女を探した。以来、里の中ばかりでなく、里の外にも人を遣って日夜を問わず探しているのだ。にもかかわらず、三人のうちのたったひとりさえ捕えられないばかりか、オタカがナギを追ったのを最後に姿を見たものさえいないというのは、誰か手引きをしたものがいるに違いないというのだ。


 巫女が里の外へ出てしまったのはもはや明らかだった。これは、伊織にとって大きな損害であり、伊織の神への重大な背信だ。騒ぎを起こした里人を抑えきれず、あろうことか巫女宮に火を放つことを許し、今こうして巫女を里から失うことになったのは、すべて衛士の中にいる裏切り者のせいだ、とウカミは言った。


 大水葵や双葉と親しかった幾人かは特に玉座の前へ呼ばれ、大武棘への忠心に偽りのないことを明らかにさせられた。煮立った湯の中へ手を入れさせるのだ。そうして、裁かれるものの真を神意に問う。これを盟神探湯くかたちという。偽りや二心さえなければ火傷はしないはずというのが、湯を用意した初音の言い分だった。


 大武棘はぶすくれた顔で衛士たちを見ている。信じてもいない神意を問うというようなやり方には大いに不満があるのだ。衛士たちが火傷をして痛がったら立つ瀬がない。そして、熱湯に手を突っ込んで無傷で済む人間などこの世にはいない。何にせよ、大武棘としてはひとりずつ前に呼んで、剣でも突きつけた方がよほどましなのだった。


 だがウカミが、どうしてもと譲らなかった。あかるこを失った巫女の宮を、うまく従えてしまうなら今だと進言したのだ。大武棘は、かねがね里の力をすべて自分に集中させたいと思っていた。男王ひとりが神に近しい形で君臨する政を望んできた。そういう意味では、ウカミの案はおもしろくはないが、うま味があった。


 衛士たちの心を試す方法を巫女の宮に用意させ、里人に対する権威を保証する。代わりに、米蔵や布、玉などの財を統一し、大武棘が支配することに決めた。巫女の宮の衛士は減らされた。誰しもが、里の長は大武棘であることを認めざるを得なくなった。


 初音がウカミの言を蹴らなかったのは、代償がなんであれ男王の宮と巫女の宮の対立を避けたい一心からだった。何十人もの采女を抱える身としては、他に答えなど出せなかったのだ。


 そのせめてもの腹いせというか、腹立ちまぎれの八つ当たりこそ、今度の盟神探湯ではないかと、高嶋は思った。湯の前に采女ふたりを従えて座り、榊の葉の束で清めをしている初音は、先ほどからにこりともしない。


 「どうぞ」


 初音が促し、衛士たちは湯の周りに集まった。底の方で、小さな羽虫が死んでいた。


 「さあ、どうぞ」


 初音が衛士たちを睨みつけた。高嶋はこれまで初音が本当は男王の側の人間なのではと思うこともあったが、どうやらそれは誤りだったらしい。


 高嶋は、大水葵という青年をよく知っている。宮へ忍んでいったというのは、警護のつもりで歩いているところへ巫女が出てきたとか、どうせそんなことだろう。あの友は、気がつけばたったひとりの娘のことばかり心に秘めていた。報われなくとも構わない、あの方はわたしの心の支えなのだから、などと言って。


 思いもかけずに巫女の形だけの夫となり、誰よりもそば近くに仕えるという高嶋にすれば幸運だか不運だか分からない役に任じられたあとも、姿を見られるだけで幸せなのだなどと子どものようなことを言っていたあいつが巫女王に里を裏切らせるようなことをするわけがないではないかと、高嶋は初音の怖い顔を見つめた。


 里を裏切ったものなどいはしない。それなのに、なぜ手を茹でるような真似をしなくてはならないのだ。


 「わたしがやろう」


 オタカがずいと進み出て、腕をまくった。オタカは疑いようがないくらいに里に忠実だ。本心はさておき、その点に融通がきかないのは間違いない。


 ただ、ナギの背を最後まで追わなかったという理由で、ここへ呼ばれていた。


 「……む」


 ざぶりと湯に入れたが、すぐに引き上げた。腕は斑に赤く腫れ、見るからに爛れている。だがオタカは賢明に、初めに一声唸った他は声を立てなかった。


 ウカミはオタカの腕をじろじろ見て鼻を鳴らした。


 「ふん、まあよかろう。少し短かったようだがな」


 次、という声とともに、誰かが高嶋の背を押した。


 「早く済ましてしまえ」


 高嶋の横を素早く行き過ぎながら、オタカが囁いた。


 「お主は疑われているのだ」


 高嶋は衣をゆっくりと折り上げた。湯がふつふつと煮えている。


 玉座の脇に控えている、王子や大臣たちの列を見上げると、小棘は盟神探湯になぞ心が動かされないようすで、いつもの退屈そうな顔でそっぽを向いていた。

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