第15話

 俺たちがスラムに到着すると、既に戦闘が始まっていた。まだ小規模だが、じわじわと激しさが増しているように見える。

 事前の予測どおり、敵方の主力は特攻兵(とっこうへい)のようだ。荒川の上空に無数の淡い光が揺れ動いている。まるで夜空に光る蛍のようだ。リングから作られた汚染物質が、人間の体に塗りつけられて光を放っている。美しいけれど美しくない。残酷な風景だ。

 次々と編隊をなして、特攻兵の奴隷がスラムの街に挑みかかって来る。カイナを始めとした狙撃タイプが、ビルの陰からスピードガンで丁寧に撃ち落としていく。百発百中だ。威力と連射スピードが凄まじい。

「カイナ、遅れてすまん。だけどこの調子なら、もしかして楽勝?」

 俺は言った。

「いえ、敵はまだ様子見(ようすみ)をしています。こちらの戦力を分析しているんでしょう。狙撃タイプの数が割れたら一斉に襲ってくるはずです。数が少ないことがそろそろバレますよ!」

 カイナがなぜか嬉しそうな声で言った。テンション上がってるな。サイカにそっくり。そう考えると、かなり危ないカップルだよな。

「カジハル見て!」

 キダ君が言った。

 荒川の対岸の空が、燃えるように赤く染まっている。夕焼け……はとっくに終わってる。マジかよ。あれ、全部特攻兵(とっこうへい)? 汚染物質の光が集まって、夜空を照らしているのだ。300人じゃすまないぞこれは。

「アルバさん……聞いてる? というか見えてる?」

 俺は言った。

「分析が甘かったわ。少なくとも500はいるわね」

 アルバさんが言った。

「今更何を言ってる! こうなったら汚染覚悟で格闘タイプも前線に出るぞ! いいなお前ら!」

 ブラスタが相当熱くなってる。俺が言うのもなんだが、もう少し貴族としての威厳(いげん)を示して欲しい。

「ブラスタ! 特攻兵の後ろには北関東(きたかんとう)の貴族が控えてるんだろ。格闘タイプはこちらの生命線だ。とりあえず俺たち免疫系で、出来るだけ止めてみる。狙撃タイプは死ぬほどがんばってくれ。カイナ、正念場(しょうねんば)だぞ」

 俺は言った。

「」

 カイナが何かブツブツ言っているぞ。大丈夫か? オーバーヒートしないだろうな。

「じゃあみんな、準備はいいですか」

 俺は免疫系(めんえきけい)のみんなに声をかけた。

「いつでも」

 長老が言った。他のみんなもかなり落ち着いている。これは意外だった。しかしよく考えてみれば、俺たち免疫系はいつも死と隣合わせで生きて来たのだ。戦争の経験は無いが、危ない状況には慣れている。

 スラムのビル街から、次々と免疫系が飛び出して行く。ビルの屋上を蹴飛ばして、俺も空に飛び立つ。

 一応俺が作戦指揮(さくせんしき)を執(と)ることになっているけれど、ほとんどその必要は無さそうだ。みんなベテランだから、チームプレーは長年の経験で体に染み付いている。特に回避に関して俺たちは一流だ。いままで、東の貴族の攻撃を紙一重でかわしてきたのだ。俺たちは逃走のプロ集団だ。……なんかちょっと情けないな。

「最終ラインは俺とキダ君で守ります。さばき切れなかったら、こちらに流してください。とにかくワンクッション、止めるのが目的です。無理に攻撃する必要無いですからね!」

 俺はみんなに向けて言った。

「若造に心配されてるよ……」

「若造つってもコウダイさんの息子さんだろうが!」

「無駄口叩いてる場合じゃないわよ」

「最近腰の調子がおかしいんだよね……」

「俺トォ〜、お前ノォ〜♪」

 歌うなよ……。だけどみんな、けっこう頼もしいぞ。

 荒川の上空でついに敵と接触した。これより汚染率に気を配りながら、敵を抑えていかなければならない。

 後方から飛んできたスピードガンが、俺の耳元をカスって行った。カイナの弾道だ。

「お前! 危ねえな!」

「少しズレました。すみません、ハハッ」

 カイナが笑って言った。おっそろしい……。

 しかし東の貴族は本当に優秀だ。俺たち免疫系の、体の隙間を縫(ぬ)うようにして、スピードガンを確実に敵に当てている。威力も相当なもので、敵の体が次々とはじけて消えて行く。狙撃位置から1キロも離れてる上空だぞ……。

 特攻兵の体に付着している汚染物質が、戦いの中で空に散ってキラキラ光る。こいつら、いったいどんなモチベーションで戦っているんだろう。全員が同じ奇妙なマスクを付けていて、表情が見えない。家族を人質にでも取られているのだろうか。攻撃に勢いがある。

「キダ君、どう思う。こいつらちょっと変じゃないか?」

 突っ込んできた敵を、俺は盾で空高く打ち上げた。そいつを、キダ君がスピードガンで正確に打ち抜く。

「ちょっと話しかけないで! 狙いが定まんないわよ!」

 キダ君が真っ直ぐ俺の頭を狙った。銃口が光った瞬間に俺は頭を引っ込める。盾にもたれかかっていた敵数人を、キダ君が一気に弾き飛ばしてくれた。

「こいつら、なにかされてるな。麻薬かなんかか?」

 俺は言った。長老が投げ飛ばしてきた敵を、俺は盾で叩き潰した。忙しいな!

「動きがゾンビみたいよね。ゾンビなんて見たことないけど……」

 キダ君が笑った。笑いながら仲間の援護射撃をしている。いいね、乗ってきたね。しかしそろそろみんなの汚染率(おせんりつ)が心配だ。

「長老! 何パーセントまで行きました?」

 俺は訊いた。

「30超えたな! 心配要らん、わしは死ぬる覚悟だ」

 長老が生き生きしてる。しかし、特攻兵の勢いが凄い。このままだとぼちぼち脱落者が出るぞ。

 敵はまだ半分以上残っていて、団子になって押し寄せてきている。前線がじりじりと下がって来て、最終ラインも危ない。

「カイナ! でかいのを一発準備できるか? 板橋でサイカが撃った、10倍くらいの口径(こうけい)で」

 俺は言った。

「すぐにでも撃てますが、誤差がかなり出ますよ。速度も出ないので、敵に簡単に避けられてしまう」

 カイナが早口で言った。

「合図したら、俺の背中めがけてぶち込んでくれ! もしかしたら上手く行くかも」

「え? なんですって?」

「ちょっと待ってろ!」

 俺は言った。前線のみんなに言って最終ラインまで下がってもらった。そして今度は縦一列に並んでもらう。疲れているはずなのに、みんな言う通りに素早く動いてくれる。

「カジハル君、後がないよ」

 ムラタが焦って言った。

「大丈夫。キダ君を先頭に、みんなスラムに向かって全力で飛んでくれ。極力低く飛べよ!」

 キダ君が川の水面スレスレめがけて飛んで行った。みんなが後を追う。最後尾は俺だ。敵の塊が、盾に一気にのしかかって来る。今だ。

「カイナ! 撃て!」

 言った瞬間に、スラムのビル街から大口径のスピードガンが放たれた。背中の方から、真っ白な丸い円が、じわじわと大きくなり近づいてくる。威力も迫力もすごいが、俺でも目で見て簡単に避けられるスピードだ。しかしゾンビたちは……。


 バリバリと物凄い音を立てて、スピードガンが雲を突き抜けていった。ゾンビ達の塊を、俺は盾にギリギリまでくっつけて置いた。スピードガンが背中に触れるぐらいのタイミングで俺は盾を消し、後ろ向きに真下へ、高速で飛んだ。閃光の中でゾンビ達が、まるで蒸発するように消えていく様子が見て取れた。カイナの特大の一撃をまともに浴びたのだ。市民レベルでは耐えられるはずがない。予想以上に上手くいった。

 恐らく奴らは、目の前の敵しか見えてなかった。こちらの攻撃をよけるそぶりも見せなかった所からして、薬かなにかで無理矢理戦わされていたのだろう。敵とは言え、たぶん一般市民だったんだよな。あの一撃でみんな死んだかな。……死んだだろうな。


 荒川の上空に残った特攻兵はもう100人くらい。しかも散り散りになっている。敵がゾンビ状態というのが分かったので、東の貴族たちが先ほどのカイナに習って、特大のスピードガンを連射し始めた。青白い光の線が、夜空に幾重にも瞬く。こうなると、ちょっとしたショーだな。戦場に幻想的で美しい光景が広がっている。だけど危(アブ)ねえよ! まだ、俺が撤退してないだろ!

 特攻兵が消えて、敵の狙撃タイプも自由に撃ってくるようになった。敵と味方のスピードガンの光が、空で交錯して目がチカチカする。その隙間を縫って俺はやっとスラムに戻ってきた。もうヘトヘトだ。俺の汚染率は……35%近い。ギリギリだったな。

「カジハル、お疲れ様。だけどよく気が付いたわね」

 キダ君が近寄ってきて言った。

「全員同じマスクをしてただろ? たぶんアレじゃないの? ゾンビ装置」

 俺は言った。

「戦争の道具はどんどん増えるわね……。資源は減る一方なのに」

 キダ君が暗い顔をして言った。

「カジハル君のおかげで寿命が延びましたよ」

 珍しくムラタが、俺を持ち上げるような事を言った。ほんとに珍しい。気持ち悪い。

「ワシは死ぬ予定だったんじゃがな……。また生き延びてしもうた」 

 長老がとぼけた声で言った。みんなの笑い声が聞こえる。

「みんな汚染率ギリギリだろ? これでお役御免だ。早く帰って浄化しないと、戻りが悪くなるからな。いいよな、ブラスタ? カイナ?」

 俺は言った。

「オウ! お前らよくやった! 市民のクセにな。報酬を上乗せしてやる。後で浅草まで取りに来い。饗(もてな)してやる!」

 ブラスタが偉そうに言った。市民が浅草に近づくわけないだろ……。わかってないなあ。

「報酬の件はまた後日。みなさん撤退を急いでください。敵の本隊が出てきたみたいです。ゾンビ兵と違って、今度はまがりなりにも貴族です。決して相手にしないように。後は僕らに任せてください」

 カイナがテキパキと言った。ブラスタより、カイナが跡目を継いだ方がいいんじゃないか? なんてこと言ったら、ブラスタが爆発しそうだけどな。

「長老がもういないぞ……」

 誰かが言った。いつの間に……さすがだ。

 敵のスピードガンがスラム街に届いた。それを見て、みんな慌てて撤退し始めた。

「よっ二代目(にだいめ)! お前は免疫系の誇(ほこ)りだぜ!」

 去り際に誰かが、俺に向けて言ってくれた。……悪くないね。

「カジハル、なにしてるのよ。あなたもけっこう汚れたでしょう? 早く帰りなさいよ」

 スラムの上で、キダ君が心配顔で言った。

「うん。でもまあ、もう少し見届けてからにするよ。まだ勝ったわけじゃないだろ? キダ君こそ戻れよ」

 俺は言った。

「あたしはスラムの住人だから責任があるのよ。カジハル、早く戻らないとあぶな」

 空が一瞬光って、もの凄い爆発音がした。空気がビリビリと震えている。荒川の上空で、貴族同士の戦闘が始まったみたいだ。スゲーぞ。

「ほらこれ、見ないと損だよ。貴族同士の戦いを間近で見れる機会なんて滅多にない。大丈夫。見物だけだから」

 俺は言った。

「しょうがないわね……。絶対ドクターに叱られるわよ」

 キダ君が困った顔で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る