第14話

 浅草の街が見えてきた。なぜだか懐かしい感じがする。自分の家に帰ってきたような、ゆったりとした気持ちだ。昨日初めて訪れた場所だというのに。景色に見とれつつ、街の上空をゆっくりと俺は飛んだ。

「カジハルさん?」

 上の方からいきなり声をかけられた。俺はとっさに盾を構えて、声のする方を振り返った。目つきの鋭い若い女性が目の前で微笑んでいる。ブラスタの時と同じで、接近に全く気が付かなかった。

「東の一族の、アルバと申します。ブラスタに言われてお迎えにあがりました」

 美人だけど冷たい感じ。この人、かなり強そうだな……。

 そのアルバさんに案内されて浅草の街に降りる。寺の前にある大きな門をくぐった所でアルバが立ち止まった。俺の方を向いて小さく頷くと、足元の床が音も無くスッと下がった。これ、エレベーターか。

「このエレベーター、何の為です? ネットなんだから、潜った方が早いでしょうに」

 俺は言った。

「セキュリティの関係もあるのですが、一番の理由は現実世界とリンクさせる為です。浅草の街の地下は、ほとんど現実世界と同じ構造になっています。システム的に都合がいいんですよ。ネットと現実で区別しなくて済みますから」

 アルバが言った。

「システム的にって、つまり……敵を迎え撃つシステムですか」

「ええ。街全体が要塞です。表向き、そうは見えないでしょうけどね。地上部分はおじさまの……一族の長の単なる趣味ね」

 アルバさんが笑顔で言った。でも目が笑ってない。これ、相当恐い人だよ。


 エレベーターはかなり高速で動いていたと思うが、目的地まで3分もかかった。地下要塞の規模のデカさがうかがえる。ようやくドアが開くと、目の前に大きな部屋が広がっていた。中心に円卓があり、何人かが席についている。ここは作戦室か。

「カジハル! よく来てくれたな!」

 奥に座っていたブラスタが立ち上がり、でかい声で言った。俺は無言で頭を下げた。よく見ると、ブラスタのとなりにカイナが座っている。カイナがこちらを見て微笑んだ。戦闘服? というのか、ピッタリとした高級そうなスーツを着て、まさに貴族という感じ。これが本来の姿だな。街に居た時とはかなり雰囲気が違う。

 アルバさんに案内されて席に座った。目の前に東の貴族の面々が座っている。みんな穏やかな顔をしている。だけど変なオーラのような物を感じる。貴族か……。こいつら、みんな化け物みたいに強いんだろうな~。

 隣に誰か来て座った。顔を見て俺は驚いた。キダ君だ。ムラタと長老もいる。他にも知った顔が何人か。市民の免疫系が顔を揃えている。こりゃどういうことだ。少しは想像つくけど。

「みんな、金かリングで釣られたのか。だけどキダ君はどうして?」

 俺は言った。

「貴族に協力するなんて、屈辱的よね。どうやらスラムが戦場になるみたいなの。だったら私が出ないわけには行かないでしょう? それに私だってお金は必要よ。今回はすごい額だもの」

 キダ君が言い訳するように言った。

「スラムが戦場か。いつも市民がワリを食うんだよな……」

「カイナ君とさっき話したわよ。あなた、ほんとに馬鹿ね。サイカちゃんが怒ったでしょう」

 キダ君が笑った。

「思い切り蹴飛ばされた。スゲー痛かったよ」

 俺は言った。

「……ドクターは?」

 キダ君がこちらを見ずに言った。

「笑って送り出してくれたよ」

 俺は言った。そう、と言って、キダ君が少し悲しそうな顔をした。


「だいたいそろったか。じゃあ、作戦会議を始めるぞ」

 ブラスタが立ち上がって言った。

「今回はスラムが主戦場になる。浅草に直接来るなら地の利を生かせるんだが、敵も馬鹿じゃない。スラムで戦うとなると混戦が予想される。こちらは人数が少ないから、かなり不利だ。とはいえスラムを捨てるわけにもいかん。敵はスラムを占領後、そこを前線基地にするつもりだろう。スラムから浅草を狙われたらかなり厄介なことになる。ネットワークのスラムで絶対に敵を止めるぞ。腹くくれよ、お前たち!」

 ブラスタが勇ましく言った。しかし一般市民もいるんだぞ。リングと金目当ての奴らに、腹くくれって言ってもな……。

「兄さん、いつもの調子でやっても市民の方が混乱されますよ。奴隷相手じゃないんですから……」

 カイナがブラスタの腕を引っ張って言った。そうそう。さすがカイナ。

「じゃあ、お前が説明してみろ」

 ブラスタがへそをまげて、どっかりと椅子に腰を下ろした。こんな大将で大丈夫かね。

「すみません、みなさん。東の貴族の長は私の父ですが、今病床についております。ですので、今回の作戦指揮は兄のブラスタと、弟の私(わたくし)カイナが執(と)らせていただきます」

 冷静な口調でカイナが言った。ブラスタのふてくされた顔が笑える。

「時間が無いので手短に説明します。今回の戦いでは、敵の特攻兵への対処がポイントになります。汚染物質を身にまとった奴隷が、なりふりかまわずに突っ込んできます。こちらの狙撃タイプに脱落者が出た場合、戦いの勝率はかなり落ちる」

 市民側がザワザワ言い出した。俺はブラスタに聞いていたので、今更驚かないが。

「特攻兵って、市民の奴隷よね……」

 キダ君が眉をひそめて言った。

「貴族側にしたら便利な道具だよな」

 汚染物質を身にまとえば、市民でも貴族に対抗できる。だけどそれは、自殺に等しい行為だ。

「特攻してくる敵は、こちらの狙撃タイプが出来る限り撃ち落とします。ですが、敵の数が多いので撃ち漏らしが出てくる。それを水際で、免疫系(めんえきけい)のみなさんに止めて頂きたい」

 カイナが言った。

「我々に貴族の盾になれと言うわけですね。汚染物質を引き受けろと」

 ムラタが冷たい声で言った。

「その通りです。ですが、一瞬止めてもらえば大丈夫です。ワンクッションあれば確実に狙撃できます。それは保障します。ですので、みなさんの汚染も最小限に留められると考えています」

 カイナが言った。確かに、カイナの狙撃は恐ろしく正確だった。

「東の貴族に狙撃タイプは何人いる? 一応、戦力の比較データも欲しいんじゃが」

 長老が言った。さすがに抜かりが無い。圧倒的不利と見たら、長老は逃げ出すだろうな。

「狙撃タイプが私を含めて7名。格闘タイプが4名。こちらは兄が指揮します。後はサポートの奴隷が30人ほど。申し訳ないのですが免疫系はゼロです。そもそも免疫系は一族にもわずかしか居りません。奴隷の免疫系も外地に出しておりまして、召集が間に合いませんでした。そこでみなさんに参戦をお願いした次第です。今ここにいらっしゃる12名で、特攻兵を止めていただきたい」

「やれやれ厳しいのう……。それで敵の数は?」

 長老が言った。

「現在も分析中ですが、恐らく貴族が50名ほど。奴隷で構成されている特攻兵が300人弱という所ですね。ですが、貴族の戦闘力では圧倒的にこちらが上です。そこは信頼して頂きたい。少数で、さらに大人数を相手にした経験があります」

 カイナが力説した。市民側がまたザワザワ言う。まあ仕方ないよな。汚染された特攻兵が300人。いくら東の貴族が優秀とは言え、狙撃タイプ7名ですべて撃ち落とせるわけが無い。盾になる俺たちも、それなりの汚染を覚悟しなければならない。しかも敵の貴族が50人だと? やはり死ぬかな、これは。


 市民側からかなり脱落者が出そうだ。2、3人が帰ると言い出して、他の奴らも腰を浮かそうとしている。無理も無い。いくら金を貰っても、死んでしまったらお仕舞いだ。免疫系の人間は他の市民に対する責任もある。1人が死ねば、街全体が立ち行かなくなる所もあるだろう。

 ブラスタがブチ切れそうになって、顔を真っ赤にさせている。しかし、貴族がこれ以上何を言っても無駄だ。

「……ちょっといいか」

 俺は立ち上がって言った。

「俺は文京区(ぶんきょうく)のカジハルだ。初めに言っておくが、みんなを引き止めるつもりは無い。これまでも貴族には、さんざん煮え湯を飲まされてきたからな。貴族の盾になれって言われても納得は行かないよな。金かリングを頂くにしても、今回はリスクが大きすぎる。だけどな」

 俺は大きく一つ、息を吸った。

「現実的に考えて、スラムが落ちたら後は逃げる場所はないぞ。東東京(ひがしとうきょう)に住んでる人間なら分かるはずだよな? スラムは一般市民の中心地だ。この機会を逃したら、今後団結して戦うことは不可能だろう。東の貴族の為に戦う訳じゃない。家族や仲間を守る為の、恐らく最後のチャンスかもしれない。東の貴族が消えたあと、北関東の奴隷狩りから逃げ続ける生活を選ぶのか、今戦うのか。どっちみち楽しい選択じゃないけどな。俺はめんどくさいのが苦手だから、一発派手に戦って終わりにしたい。それだけだよ」

 言い終って俺は席に座った。キダ君が目を潤ませて、小さな声で「ありがとう」と言った。でも俺としては、あまり正しい事を言ったような気がしない。それよりもなにか、戦いに引き寄せられている自分を感じる。血が騒ぐというのか。まずいかなこれは……。

「わしは残るよ、カジハルちゃん」

 長老が言った。

「あと10歳若かったら逃げていただろうけどな。年貢(ねんぐ)の納め時という感じがしてきた。それに、いまのカジハルちゃんの話を聞いていたら、お前のオヤジさんの言葉を思い出した。『今日の晩飯』だったな。今逃げれば、まあ晩飯は食えるだろうが、相当不味(まず)い晩飯になりそうだ」

 長老が笑った。俺は感心した。最近の長老はイケてる。長老の言葉を聞いて、また市民側がザワザワ言いはじめた。割と影響力があるらしい。

「あんた、コウダイさんの息子さんか」

 そう言って、俺に熱い眼差しを向けて来た人もいる。オヤジの威光(いこう)いまだ衰(おとろ)えず。そういうわけで、なんと場が収まってしまった。脱落者ゼロ。奇跡だ。説得するつもりは本当に無かったのだが……。

 ブラスタはまだ怒った顔をしているが、どうやら落ち着いてきたみたいだ。カイナもホッとした表情を見せている。なんだか貴族の肩を持ったみたいで、俺は少し胸糞(むなくそ)悪い。

「スラムの対岸に敵勢力が集中しています。まだ数は少ないけれど、こちらもそろそろ動きましょう」

 アルバさんが目の前のモニターを見詰めて言った。貴族達がスッと全員立ち上がった。

「僕らは先に飛びます。みなさんは後(あと)からお願いします。免疫系(めんえきけい)の指揮(しき)はカジハルさん、お任せしてもいいですか?」

 カイナが、慌(いそが)しくモニターに目を走らせながら言った。

「みんながよければ」

 俺は言った。

「誰も文句は言わんよ」

 長老が言った。

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