魔法少女は剣を取る


 私は氷結魔法……いや魔術を核から正確に砕くと、すかさず地を蹴って追撃に入る。


 異世界での経験を基にすると、魔法と違って詠唱が必要な魔術は一回行使し終えると後の隙が大きいという弱点があるため、剣で対抗する場合は間合いを詰めるのが最も効果的だ。


 私は全身に着込んでいる鎧の重さを感じさせない速度で、右手の剣を水平に構えて疾走する。


「貴様……っ! ──悠久の死の毒に包まれろ──地獄の毒ポイズンズ・ヘル!!」

「ッ……!」


 ポイズンズ・ヘル……「毒」と「死」か、なるほど。


 魔術師が掲げた右手を起点に魔法陣──いや魔術だから魔術印か──が出現する。


 回避か、受けるか。


 二つの選択肢が頭に浮かんだ。

しかし、すぐに回避の選択肢を消す。

なぜなら後ろにはトノカがいるのだから。


 ──トノカ……。


 はっきり言って、まだトノカの事を信用できていない。

多少頭が悪く、ポンコツな所はあるものの、一度魔術を使った時に見せた声と魔力、そして存在感は魔王にも匹敵する。


 こんな危険な人物を放っておく事はできない。

たとえ勇者としての活動をしないと決めていたとしても、かつて殺した魔王に似た存在感を持つ者なのだから。


 けれど、同時にトノカが完全な悪でないということは分かっている。

彼女の心源は清らかで、目前の魔術師のように汚れていない。


 私としても、もう目の前で誰かに死なれたりするのは嫌だ。


 だから死の目前だったトノカを助けたのは必然だった。


 剣を持っていないフリーハンド、左手を前方に掲げ体内の魔力を集中させる。


「──プリフィケーション!」


 左手を基点としてら魔術印よりも模様と形が複雑な魔法陣が出現する。

そして、飛来してきた毒魔術は魔法陣に触れた端からただの魔力へと浄化されていった。


「くっ……やはり魔法少女……!」


 魔法少女……なるほど、それがこの世界での勇者の認識らしい。


 先ほど述べた通り、魔術と違って魔法は術式の詠唱を必要としない。

魔法自体のスペルを唱えるだけで使うことが可能だ。


 つまり、接近戦でも使えるということ。


「この……っ」


 魔術攻撃を全て無効化された魔術師は逃走を図ろうとしていたが、既に間合いに入った私に気が付き、右水平に繰り出される剣撃を回避しようとしていた。


 しかし生憎あいにく、私の目的は殺すことでなければ斬るつもりでもない。


 右手の剣を振りかぶるように右半身を引いて、左手の手を前に突き出した。


「──キャプチャー・ワイド!」


 再び左手を基点に魔法陣が出現、そこから縄が飛び出して魔術師の身体を縛り上げた。

縄に縛られ、そのまま魔術師は地面に転がる。


 拘束され、動けなくなった魔術師の少女に切っ先を向ける。


「ぐっ……! 魔法少女めが……」

「ん、それじゃあ君がトノカを襲ってた理由、教えてくれるかな?」


 ──まあ、どうせ教えてくれないんだろうけど。


 予定通り沈黙をする魔術師に、どう吐かせようか……と考えを巡らせる。


 ──そうだ、魔道書を取り上げればあるいは?


 魔術を使うために魔道書が必要だし、返還と解放を条件にしたら話してくれるかもしれない。


 ということで、私は傍らに落ちているトノカの魔道書より、一回りも二回りも小さな魔道書を取り上げようとして──、


「さ、さくらっ……!!」

「……!?」


 その時気がついた。


 ──魔道書の文字が光っている……!?


「これはいったい……!?」


 トノカ、ということはないだろう。

トノカは今後ろにいるし、この距離で魔術は使えないだろうし、それにわざわざ他人の魔道書を使う必要も無いだろう。


 ということは……。


 視線を魔術師に戻した。


「なに……っ!?」


 しかし、今の今まで居たはずの魔術師の姿はない。

代わりに黒いモヤモヤが浮かんでいた。

それが私に向かって飛んでくる。


──トス……。


 そんな乾いた音が聞こえた……気がした。


 同時に私を通り抜けてどこかに散っていく。

魔道書も消えているし、他に何か起こる気配はもうない。


「…………とりあえず終わりかな?」


 精神を落ち着かせる感じで「シュワン」という音と共に騎士鎧が消滅、高魔が丘高校の制服姿に戻った。


「──桜さん!」

「っ……」


 「サクラ」という言葉が飛んできて、はっと振り返る。


「大丈夫ですか?」


 しかし、そこには懐かしい仲間の姿はない。

戻るのは同じ制服姿のトノカだけ。


「────」


 目を伏せる。

もう会うことはできないと頭では分かっているのに、体が、心が反応してしまう。


 トノカも悪い人ではない。

たぶん、今も自分の身をかえりみて他人である私の事を心配してくれているのだろう。

だけど……だからこそ、私と関わって欲しくない。


「あの、どこかケガしたりとか──」

「──その様子じゃあ何ともないみたいだね。じゃあ」

「え、あっあの……!」


 トノカの横を通り抜け、制止しようとする声に耳を傾けず、足早に家へ向かった。


 ──……ごめん。


 ──でもこれは、私を守るためであり、トノカ自身の身を守るためでもあるのだから。


 私は自分にそう言い聞かせ、トノカに背を向けて足早に帰って行った。

──────────


 その日の夜、私は机に腰かけて日記を書いていた。

無論、これは魔導書ではなくてただのノートだ。


「う~ん……」


 いつもならスラスラとその日の事を書き込めるのに、今日は思うように進まない。


 今日は色々な事が起こった。

人間が定めた魔術ではなく、神が定めた魔法を操る魔法少女……いや、勇者望月桜との会合や、闇の魔道師池森紫崎との戦闘など、良くも悪くも賑やかな一日であった。


「……よしっ、とりあえずあったこと全部書こ!」


 いつもであればその日にあった事を適当に抜き出して書き並べていくだけであったが、今日は全部書いてやろう。


 書き終えて時計を見てみると、時刻は{21:32}を表示していた。

少し考えた後、布団をしいて電気を消す。


 一応、毒魔術が直撃した背中と足に触れてみる。

傷などは上位の治癒魔術を使ったおかげで後も残っていないし、痛みや違和感もない。

しかし、服やカバンは治すことができないため、近いうちに買いに行かないと。


 そんな事を想いながら私は布団にくるまり、目を閉じる。

けれど一向に睡魔が訪れることは無かった。


「う~ん……眠れない……」


 なぜだろう、ワクワクしている。

気持ちの昂ぶりが収まらない。

明日が楽しみなのだろうか。


 昨日までの日常が白黒のように思うほど、今日や明日が色鮮やかで楽しいものに思えてくる。


 きっと、望月桜と会ったからだろうか。

彼女との出会いから始まり、「死ぬかも」と思ったことは何回かあったけれど、濃い一日であった。


 しかし楽しみな一方で不安な気持ちも当然ある。

人はその時が安定していたら、わざわざ危険やリスクを冒してまで新しいことへの挑戦や、変革を望まないのが普通。

「死ぬかも」と思うことがあること自体が普通じゃないし、常に死と隣り合わせで生きるのはごめんだ。


 だけど、今のままではずっと孤独に高校生活を強いられるのではないか。

クラスメイトに大きな秘密を隠したまま、共に生活するのはとても苦だ。

けれど、魔力や魔術の存在その秘密を知ってしまったら皆の命を危険にさらしてしまう。

それにますます私の悪評が広まるだろうし……。


「……」


 目を開き、天井を見上げる。


 今日桜と会った時、同じマンションから彼女は出てきていた気がする。

つまりこのマンションのどこかにいるのだろう。


 思えば、彼女との関係は不思議なものだ。

ちょくちょく殺気を向けて来たりする、と思ったら今度は哀愁漂う寂しそうな視線を向けてきたり……けど、どうやっても警戒心は頑なに解かず、一定の距離を置かれている。


 しかし、彼女は一応魔力について理解があるよう……というか神の使いの魔法少女だとか言ってたから、完全に私と同じ世界で生きているっぽい。


 それに凄腕だ。

魔法少女のくせに、ごっつい鎧を着こんで、メインの攻撃は魔法ではなく剣。

飛来する魔術攻撃を全て正確に剣で破壊したり、接近戦での魔法の使い方や身のこなし、戦術の読み合いなど、歴戦の戦士……いや勇者さながらだ。


 ……そういえば、最初夢で逢った時は「勇者」って言ってたし、朝にあった時もそう言ってたな。

魔法少女がどんな存在なのかは分からないけど、もしかしたら本物の勇者なのかも……?


「……勇者、か」


 勇者って何だろう。

人を救う英雄の事を指すんだろうか。

それだったら、私も救いの対象にあるんだろうか……。


「……なに考えてんだろ。」


 ブンブンと頭を振る。


 とにかく今は寝よう。

寝て明日に備えて、また桜にあったら何か聞いてみよう。


 桜とはまだ普通の友達……のような関係には成れていない。

そもそも一日の関わりしかないのだから、それも当然か。

それに桜は必要以上に私と関わらないようにしている感じもする。


 だからわざわざ私から仲良くすることもない。

……ないのだが、時より送られてくる「悲しい」や「寂しい」という視線が、私の庇護欲を駆り立てるのだ。


 あ、そうだ、時より寂しそうな視線を送ってくるのは何故だろうか?

表面上では素っ気なく、冷静そうで孤立を望んでいそうなのに、離れていく時は一見素っ気なさそうでも、大きな哀愁を漂わせていた。


 もしかしたら、本当は孤独なんか望んでいないのだろうか。

知りたい、もっと桜の事を知りたい。


 ──……もっと桜と話してみよう。


 そういえば人間は一度手に入れたい、知りたいと思ったことが簡単に分からなかったら、さらにその欲求が高まるらしい。

今の私もそんな欲求に突き動かされているのかな……?


「……ふわぁ」


 そんな小難しい事を考えているからか、私の意識は夢の世界へと沈んでいった。

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