魔導少女は恐怖する

「……あの、私になんの用で……」


 恐る恐る聞いてみるが、どうせ私を狙いに来たんだろうな……。


 しかし、瞳は水色で紫色のショートヘアに黒地で赤色の斜線がかかったカチューシャをつけた少女は肩をすくませた。


「自身は世界秘匿協定組織エクソシスト日本支部所属、池森紫崎いけもりむらさき。……不本意だけど、自身は貴様を勧誘しに来た。」

「勧誘……ですか?」


 「世界秘匿協定組織エクソシスト」なんていう名称に聞き覚えは無い。

けれど、どう考えても怪しい組織であることは容易に察することができる。


 聞いた話によると、魔術を使って世界を支配しようと企む組織があるらしいく、「世界秘匿協定組織エクソシスト」なんていかにも怪しい組織だ。


 まあまずそんな組織には入りたくない。

一回入れば日々いろいろないざこざに巻き込まれることは勿論、脱退することも難しいだろう。


「せ、せっかくですけど勧誘はお断りします」


 ということで、素直に断った。


「そう……もう一度聞く、自身らの組織に入らない……?」


 ……あれ? 送られてくる殺気がより一層強まったぞ……?


 そういえばお昼ぶりって言ってたな……。

ってことはもしなして、この池森紫崎って人は昼休憩にグランドへ侵入した魔道師!?


「は……はい、」


 ものすごく嫌な予感が……いや、確信が頭を巡る。


 拒否したら私を殺すつもりなのだ。


 その嫌な確信は現実になった。


「そうか……」


 そう呟いて、即座にローブの裾から文庫本サイズの魔道書を取り出す魔道師池森紫崎


「仕方ない、クリーク戦争だ。」

「ですよね……っ!!」


 この展開は予想出来ていたので、直ぐに臨戦態勢に入る。


 攻撃は敵の方が早いだろうが、魔術の戦いは必ず先手必勝とは限らない。

魔術の中には敵の魔術を数倍にして反射するものだってあるし、それらの詠唱スペルの正確さとスピードによって威力は変動するのだ。


 私は大体の魔術は暗記してるし、必要なのはページを開いて詠唱するだけ。

スピードも早いという自負がある。


 だから私も冷静に魔導書を手に取ろうと……。


「…………あ」


 そこで気がついた。


 


「悠久の死の毒に包まれよ──地獄の毒ポイズンズ・ヘル!!」


 すかさず飛来してきた魔術攻撃を、危ない所で回避する。


「ひっ……!?」


 着弾した所を見て戦慄した。

魔術が落下した道路の箇所がドロドロと液状化していたのだから。


「これ当たったら死ぬやつ……!?」


 ──これは逃げないとダメなやつ……!


 そう判断したのは当然と言えよう。

魔術は魔導書が無くては使えない。

でも魔導書をカバンから取り出す時間的余裕は与えられない。

しかし、反撃するにしろ防御するにしろ魔術が必要で、それには魔導書が必要で、だけどカバンから取り出すことは出来なくて……ダメだ、グルグルしてきた。


 と、とにかく相手は魔術を使ったわけで、あの短さの詠唱だと一発が限界だろう。

つまり反撃は無い。


 私はクルッと反転、そのまま全力疾走でこの場から──。


「──はい、終わり」

「へ……?」


 一瞬、何を言ったのか分からなかった。

しかし、突然背中が軽くなり、同時に右足に力が入らなくなって転倒してしまう。


 遅れて、右足に途轍もない熱と激痛を感じた。


「うぐ……ッ!?!?」


 背中や足に触れるとなぜかブヨブヨとしていて、触れた手を持ってくると赤黒い鮮血に濡れていた。

鉄臭い。


 どうやら背中に魔術攻撃を受けたらしい、そう分かった時にはもう遅かった。


「ぐ……っ」

「その容体で泣き叫ぶことはおろか悲鳴一つ上げないのは、貴様が初めて」


 重傷で動けない私をいいことに、ゆっくりと近づいてくる毒の魔道師。

気づかれないようにこっそりと魔導書に手を伸ばしながら、少しでも気を引くために言葉を投げかける。


「はじめて……ってことは、今まで私以外、にも、これ地獄の毒を使った、んですか……?」

「さあ? 天界の女神なり地獄の魔王なりに聞いてみればいい」


 そう言いながらパラパラとページを巡らせる。

わたしも魔導書には手が届いたが、負傷していることもあり即座にページを開いて詠唱するのは難しい。

手間取っている間に池森紫崎の方が先に魔術を行使するだろう。


「────っ」


 そんな時、私の頭にこの場を切り抜ける方法が閃いた。

しかし、それはあまりにも危険な賭けだった。


「安心して。とどめは安らかに、そして確実にする」


 もうやるしかない。

覚悟を決めた私は勢いよくページを開いた。


 ページを探す時間がないなら、ページを探さなければ良い。

つまり当てずっぽうに開いて、そこが運よく攻撃系、はたまた詠唱が短いやつであれば儲けものだ。


「き、貴様……っ!?」

「おねがい……!」


 ──お願い、攻撃魔術……いや防御魔術でもいいから来て……!!


 開かれたページを見る。

まっさきに目を向けたのは、そのページの趣旨を記した「題目」だ。

そこに書かれていた文字は──、


「治癒……魔術……」

「無駄なこと……。──深き深淵の闇を留めし悠久の氷結よ、今宵自身にその力を分けたまえ──氷塊の柱アイス・ペラー!」


 幻影陣から青白い氷塊が飛んでくる。

回避……はできない。

地獄の毒ポイズンズ・ヘルが直撃した背中と右足を中心にただれていて、着実にその傷は広がっていってる。


 とても動ける状態ではない。

上位の治癒魔術を使えば一瞬で完治するだろうが、そんな余裕はない。


「く……っ」


 せめてもの抵抗として、魔導書を盾のように前方に掲げた。

しかしそれも第一弾で弾き飛ばされてしまう。


 ──もう、ダメだ。


 私は目を閉じてその時最期を待った。


「────?」


 しかし、その時は一向に来ない。

代わりに、聞き覚えのある声が私の鼓膜を揺らした。


「トノカ……ッ!!」

「こ……この声は……!?」


 カッと目を開いた。


 陽も沈みかけた薄暗い街角に、暁色に照らされた重厚な騎士鎧を纏い、夕焼けに照らされた白朱はくしゅにたなびくマントを身に着けた人の姿があった。


「望月さん!? どうして……」


 目の前に、騎士鎧姿の望月桜が立っていたのだ


「どうもこうもないよ。それより、その傷……」

「だ……大丈夫です。これでも魔導少女ですから、これくらい何てこと無いです……!」


 「……わかった」と呟くような返事をすると、すぐに顔の向きを池森紫崎に戻した。

途端、複数の氷塊や氷柱が望月桜に飛来する。


「シッ……!!」


 一瞬の鞘走り音とともに、肉薄していた氷塊らが砕け散って魔力へと還元される。

そして望月桜の右手には一振の直剣が握られていた。


「な……んだと……!?」


 池森紫崎が驚くのも無理はない。

飛来する魔術弾の速度は時速数百㎞を超える。

それを斬ったのだから……。


「……さ、始めようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る