第28話


「ちゃんと寄り道せずに帰るんだぞー」


「「「はぁーい」」」


オークを倒した後、何度か中層のモンスターに遭遇した。


その度に三人は引き攣った悲鳴をあげながら俺の後ろに隠れ、俺は三人を背に庇いながら中層のモンスターを手早く屠っていった。


そして30分と立たずに中層と上層の境目に到達。


ここまでこれば三人は自力で地上まで帰還できるだろう。


仮にも男子高校生三人が、上層のモンスターに負けるとは思えない。


「それじゃあ、またねー」


「ありがとうございました神木さん!」


「マジで助かりました神木さん!」


「お会いできて光栄でした神木さん!」


三人は俺にお礼を言った後、手を振ったり、頭をヘコヘコ下げながら上層へと向かって消えていった。


「はぁ…やれやれ…」


三人の姿が完全に見えなくなった後、俺はため息を吐いた。


なんだかどっと疲れたような気がする。



“お疲れ神木…w”

“ファンに会えてよかったな神木”

”かっこよかったぞ神木“

”助けられてよかったな神木“

“神木さんって強いだけじゃなくて優しいんですね。私、神木さんの彼女になりたいです”

”神木さんのこと最近知ったんですけど、強いのにオラついてなくて正直タイプです”

“神木さん、私が送った胸の自撮り、見てくれましたか?”



コメント欄には俺を労うようなコメントと共に優しいだの惚れただの、白々しいコメントも流れる。


お前ら女性視聴者装ってるけど絶対ネカマだろ。


バレてるからな。


あと、約一件ガチっぽいコメントが視界に映った気がしたけど気のせいだと思いたい。


あの画像……まさか拾い絵じゃないの?



“神木さん、今のところバッチリ切り抜いてたんで!!これで神木さんの好感度上がること間違いなしっす!”

“おい、あいつらの高校、もう特定班が特定したらしいぞ”

“SNSのアカウントらしきものもすでに特定されててわろたw”

“神木拓也さんに会えた…!一生の思い出!とか呟いてる…w。ちょっと可愛いな”

”弱いけどなんだかんだいいやつだったよな。ちゃんとお礼言えたのはえらい“

”あの三人、また中層に潜って死にかけることがないといいけど…“

”これが将来、神木拓也と雌雄を競うことになる大物ダンジョン配信者の始まりとなるのだった…みたいなドラマ展開を期待“

”神木ー。そろそろ探索再開しようぜー。俺、お前が下層で戦ってるところが見たいよー“

”神木探索開始しようぜ”



「そうですね。あんまり時間もないですし、中層攻略再開します」



コメント欄に、さっさと下層に潜って欲しい旨のコメントがちらほら見え出した。


三人を助けられたのはよかったが、ちょっと配信のテンポが悪くなってしまったな。


今日は学校終わりの放課後にダンジョンに潜っており、そこまで時間もない。


俺は反省し、さっさと中層攻略を再開させた。



「中層攻略、一応終わりです」



”はっやw w w“

“いつもより圧倒的に早かったなw w w”

”あの三人に取られた時間もう取り返したぞこいつw w w“



結局その後、俺はいつもよりもかなり短い時間で中層の攻略を完了させた。


あの三人のおかげで、ちょっと配信のテンポが悪くなってしまったからな。


今日は避けられる戦闘は極力避けながら、中層を踏破した。


多少の手ブレも今日だけは妥協して、とにかく時間短縮だけを目的に中層を駆け抜けたのだ。


…そして現在。


俺は下層の入り口に立っていた。


俺の配信のメインコンテンツはここからだと言っていい。



「それでは下層攻略始めます」



“待ってた”

“きたぁああああああ!!!”

”本番きたぁああああ!!!“

”神木拓也の配信において上層中層なんて序章でしかないからな“

“こっからよ”

“待ってました”

“今日も頼んだでぃー、神木ぃ”

“うぉおおおおおおお!!”

“同接も増えてきたね”



一気に盛り上がるコメント欄。


視聴者が求めているのは、俺が上層や中層のモンスターを危なげもなく片手間で倒すのをひたすら垂れ流しているような配信じゃない。


1匹1匹が非常ん強力で、ベテランたちがパーティーを組んでも苦戦するような下層のモンスターたちをソロで薙ぎ倒していく映像が求められているのだ。


それを証明するように現在の俺の同接は80,000人を超えている。


あの三人を助けてそれで同接が上乗せされたこともあり、いつもよりも10,000人〜15,000人ほど同接は多くなっている。


これは……下層でワンチャン見どころを作れれば一気に十万人いくかもな。


そうなれば、あの伝説となったドラゴン討伐配信以来の快挙となる。



「それじゃあ、いきます」


俺は攻略開始宣言をして、下層攻略をスタートさせた。




『オガァアアアア!!』

『フシィイイイイイ!!!』

『グォオオオオオ!!!』

『グギィイイイイ!!!』

『キチキチキチ…』


様々なモンスターたちの鳴き声がダンジョンの通路に響き渡る。


モンスターの軍勢。


そう表現してもいいぐらいの数のモンスターが俺に迫りつつあった。



“めっちゃきたぁあああ!!!”

“うわっ…気持ちわるっ!?”

”いやいや、数多すぎだろ!?!?“

”大丈夫か神木ぃ!?“

”この数は流石にまずいんじゃね!?“




頭上からオーガの巨腕による振り下ろしを俺はひらりと交わす。


続けて腰の中ほどへ向かって飛ばされたダンジョンスパイダーの糸攻撃を、ジャンプして回避。


宙に浮いた俺にここぞとばかりに群がってくる、ダンジョンビーをはじめとした空中型のモンスターを、俺は空中で体を回転させて回し蹴りを放つことで一気に仕留める。


そして着地。


だが、休む間も無く、背後に控えていたゴブリンの上位種、ゴブリンリーダーとゴブリンキングが、すかさず俺に岩を投げつけてくる。


俺はそれらを片手剣で薙ぎ払って破壊した。



”すげぇ普通に捌いてやがるw w w“

“化け物すぎるw w w”

“背中に目でもついてんのかよw w w”

“俺だったらすでに十回は死んでるw”

“ソロでこんな大軍相手に戦える探索者いるんだな…世界は広いなぁ…“



コメント欄を確認してる暇は流石にない。


だが視聴者も、何かがおかしいことに気がついているはずだ。


…異変が始まったのはダンジョン下層を攻略し始めてすぐのことだった。


「なんか今日数が多いな…」


モンスターにエンカウントする頻度があまりに高すぎる。


そう思ったのだ。


下層は確かに上層や中層に比べて、元々モンスターの出現頻度は高い。


だが流石にここまで多いなんてことは今までになかった。


ほとんど途切れることなく、あとからあとからモンスターがやってくるのだ。


「まぁ、倒すんですけど」


むしろ好都合か。


そう思いながら俺は次から次にやってくる下層のモンスターを倒し続けた。



“相変わらず強ぇええw w w”

“今日めっちゃ出てくるな”

”戦闘が途切れねぇw w w今日の配信めっちゃおもしれぇw w w“



予想通り戦闘の連続という今までにない下層の探索配信に視聴者は大盛り上がり。


同接はどんどん増えていき、下層攻略し始めて30分と立たないうちに同接は90,000人を突破した。


もしかしたらイレギュラーかもしれない。


そうだったとしても構わない。


モンスターがひっきりなしに出てくる状況というのは俺にとって好都合だったので、俺は何も考えずにモンスターを倒しながら奥へと進んでいった。


そして……モンスターの大群と遭遇した。



”うわなんだあの数!?“

”やべぇ…きめぇw w w“

”集合体恐怖症が見たら発狂ものだろw w w“

”おえぇえええええ!?!?気持ちわるぅうううううう!?“

”きっしょ!?モンスターって固まるとこんなにきもいんだな!!“

”つか下層のモンスターが群れるのって珍しくねぇか!?“

“まさかこれ、イレギュラーなんじゃねーの!?”



奥からゾロゾロという無数の足音と主に、こちらへ接近してくるモンスターの大群。


通路を埋め尽くさんばかりの数が、まるで何かに追い立てられるように、こちらへと向かって進軍してくる。


そのあまりのグロい見た目にコメント欄は阿鼻叫喚。


もう映さないでくれ、と悲鳴をあげる視聴者も何人かいた。


いや、映さないと配信にならないので映すけども。


それともあれですか。


モンスターとの戦闘音だけが流れるASMR配信がお好みか。



「戦います」



“マジかよw w w”

”迷わず戦闘開始ですw w w“

”俺だったら逃げてるw w w’

”恐怖というより生理的にこの光景は無理やw w w“

”画面越しでもきついのに実際に対面するとどうなるんだろうなw w w“

”俺だったら、自害してる自信があるねw w w“

”俺もワンチャン命絶ってるわ。あの数のモンスターによってたかって食われながら死ぬとか絶対嫌だわw w w“

”うえっ…想像したら背筋がゾワってなった…“



コメント欄はモンスターの大群が気持ち悪いと言ったコメントで溢れてるけど、同接はしっかり増えていることを確認。


最近思ったけど、ネット民ってちょっと天邪鬼というか、ツンデレみたいなところがあるよね。


いや、この場合、気持ち悪いけど怖いもの見たさで視聴継続しているのだろうか。


まぁ、同接が増えるならなんでもいいや。


俺はそう思い、モンスターの大群に向かって迷わず身を投じていった。



…そして現在。

『シュルルルルルルル…』

『ガァアアアアアア!!!』

『ギシェェエエエエエ!!』

『キチキチキチキチ…』


俺は全方位から様々な手段で攻撃を行ってくるモンスターの大群に、対処しながら着実に殲滅して行っていた。


突進。


薙ぎ払い。


振り下ろし。


噛みつき。


糸吐き。


とにかく中層から下層にかけて出現する様々なモンスターがあらゆる手段で攻撃を行なってくるのをすべて避けながら、片手剣による斬撃や蹴りを繰り出し、モンスターを仕留めて行っていた。


「うーん…数が多いな…」


しかしモンスターは後から後から湧いてくる。


かつて下層でこれほどまでのモンスターの大群と出会したことがあっただろうか。


やっぱりこれも一種のイレギュラーなのだろうか。



”無限湧き!?めっちゃ出てくるんだが!?“

“これ終わりあるのか!?“

”やばくね!?“

”ワンチャンイレギュラーある!?“

”同接98,000人!!これ十万人行くぞ…!“



戦いながら俺は段々と虚無になり始めた。


全方位からの気配を察知し、回避し、そして攻撃が飛んでいた方向に向かって攻撃を行うマシーン。


なんだか戦闘というよりも何かの流れ作業をしているような感覚にとらわれる。


「ん?待てよ」


そんな混戦の最中、俺はふと思いついた。


「攻撃を避けなくても…いいんじゃないか?」


頭の中に、自分でも天才的だと思える閃きが浮かんだのだ。



”何言ってんだこいつ!?“

”頭おかしくなったw w w“

”神木拓也が疲れておかしくなったw w w“

”まずい。流石に神木拓也でもこの数はやばかったか…?“

”まさか戦闘を諦めたのか神木拓也!?“

”か、神木さん!負けないで!!あんたが死んだら俺、これから誰を切り抜けばいいんだ!?“

”俺、あんたの切り抜きの収益で生活していくつもりなんだ…!!ここで死なないでくれ!!耐えてくれぇええ!!“



なんか勘違いしているコメント欄がうるさいが、別に戦闘を諦めたわけじゃない。


俺はたった今思いついた新しい戦闘スタイルを口にする。


「誰よりも早く全方位に向かって攻撃すれば、避ける必要ないんじゃね?」



”は…?“

”はい…?“

”ん…?“

”なんですと…?“

”今なんて…?“



コメント欄が困惑する中、俺は早速その思いつきを試してみる。



「少々画面がブレるかもしれませんがご注意ください」


そう断ってから、俺はそこらじゅうにいるモンスターたちに対して、一番早い無数の攻撃を繰り出した。


ザザザザザザザザシュ!!!!



”うぇえええええ!?“

”なんだこれぇえええええ!?“

”目がまわるぅうううう!?“

”おい何が起きてるんだ!?“

“めっちゃ攻撃音だけが聞こえるw w w”



全方位に対して、オーガの薙ぎよりも、ダンジョンスネークの噛みつきよりも、オークの突進よりも、ダンジョンビーの針攻撃よりも、ゴブリンキングの投石よりも、ダンジョンスパイダーの糸吐きよりも早い攻撃を繰り出し続けた。



「ぉおおおおおお!!!」



ザザザザザザ…シシシシシシシシ……シュシュシュシュ……



攻撃音が段々と高くなり、シュルシュルと風が吹くような音に変わる。


俺は少しずつ距離を進めながら、全方位に対して、とにかく速さを意識した攻撃を続けた。


(これめっちゃいいじゃん)


全方位に対して何も考えず攻撃するだけで、通り道にモンスターの死骸が量産される。


なんで今まで思いつかなかったんだろう。


こうしてモンスターたちよりも速い攻撃を周囲に余すことなく繰り出せば、向こうの攻撃すら、俺に到達する前に破壊することができるのに。



“ファーw w w”

”何が起こってるんだぁああああ!?“

“画面の動きが早すぎて全然見えねぇえええええええ!!!”

”なんかドリルが回転するみたいな音なってないか!?”

“画面止めて静止画で見たらミンチにされたモンスターっぽいのが映るんだけど、まさかこれって…w w w”

“全方位に対する誰よりも速い攻撃w w wマジでやってんのかよw w w”

“歩く殺戮マシーンやんw w w”

“やばい神木拓也殺戮マシーンなったw w w”

”もうなんでもありやw w w“

”おーい、誰か新しく『誰よりも早く全方位に攻撃すれば避ける必要ないんじゃね?』を語録として登録しておけー”

“こいつ今触れたらミンチにされる竜巻みたいな感じになってんのかw w w”

“そりゃ画面に何も映らんわw w w早すぎてw w w”



「画面ブレてて本当にすみませぇええん」


俺は謝りながら全方位に向かって誰よりも速い攻撃を続ける。


モンスターたちは、先に攻撃をしてもそれを上回るスピードで迫ってくる俺の攻撃になす術なく刈り取られていく。



シュルルルルルルル…



ダンジョンに何か削り取るような音が響き続ける。


「なんか豆腐の中を斬りながら進んでいるような感覚だな…」



攻撃しながら俺はふとそんな感想を抱いた。


なんかどこへ攻撃を振っても必ず手応えがある。


自分が何を斬っているのか、どんなモンスターを倒しているのかもはや認識すらしていない。


本当に豆腐の中を斬りながら進んでいるような感じなのだ。



“なんかやばいこと言い始めたw w w”

”豆腐w w w下層のモンスターが豆腐w w w“

”えー、これも語録に追加で“

”こいつ語録弄りされるの嫌そうな雰囲気出しながらナチュラルに語録生み出すやんw w w“



「ん?あれ…もうおしまい?」


やがて手応えがなくなった。


俺は動きを止めて、背後を振り返った。


「おぉお…これは…」


血の道。


もしくは肉塊の道路。


そう表現していいようなモノがそこに体現していた。



“ファーw w w”

“なんじゃこりゃあああああ!?!?”

“やばすぎぃいいいいい!?!?”

“ミンチになったw w w”

“1匹も原型留めてないやんw w w”

“通った後には何も残らないを体現してて草なんよw w w”

“もう数とかこいつには関係ないんだな…”

“す、すげぇえ…言葉もでねぇよ…”



生きているモンスターは1匹もいないようだった。


ダンジョンの通路にびっしりと、モンスターだった肉塊が埋め尽くしている。


「これ、我ながらめっちゃ有効な戦い方じゃないですか?」


俺はちょっと得意げにいった。


「大軍に対してわざわざ攻撃を回避せずに殲滅できる方法です!!多分俺が生み出したんじゃないかな…?それとも他の人が先に考えてたかな…?もし初めて見たという方はこの戦い方ぜひ参考にしてほしいです」



“”“””“いやお前しか出来ねぇよ!?”“’”“”



あ、すごいハモった。


なんか久しぶりに見たなこの光景。

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