第29話 それぞれの事情


 『ここなら安全で誰も周りにいないわ』



 私は常夜の大樹から人間の世界に戻り、森の近くの川辺でラパンの解体をするにことした。



 『孤児院の倉庫じゃ解体も出来ないし、ここで綺麗に解体してエスパスに保管しないとね』



 私は川辺の近くにある大きな石にラパンを乗せて、首の繋目にナイフを刺し、体重をナイフに預けて、一気にナイフを降ろす。すると簡単に頭が落ちた。

 


 『次は皮を剥がないと』



 解体技術が長けた者ならナイフで簡単に皮を剥ぐことができるのだが、私の解体技術はイメトレで培ったものなので、今日が初めての解体になる。なので、一番簡単な手で皮を剥ぐことにした。しかし、不器用な私は皮だけでなく大事な肉まで一緒に剥いでしまう。



 『難しいわね。でも、最初はこんなもんよ』



 自分が不器用な事は百も承知なので、最初から完璧など求めていない。美味しいお肉が食べる事が出来れば満足である。



 『皮を剥いだラパンを水で洗わないと』


 

 私はラパンの洗浄をする。



 『次はいらない内臓を取り出さないと』



 私はラパンのお腹を切り裂いて内臓を取り出す。



 『次は部位ごとに切り分けないと』



 前足、後ろ足、背肉、と切り分けた。



 『よし!切り分け完了だ。一番美味しい前足を食べようかな』



 私は川辺の石を集めてかまどを作りエスパスからフライパンを取り出して、ラパンの前足を焼くことにした。調理方法はディピタンで習っているので問題はない。イメトレしか出来なかった解体とは違って、くず肉で何度も練習しているので綺麗に焼き上げる事ができた。


 私はラパンの肉にかぶりついた。そして、周りを見渡した・・・誰もいない。



 「おいしいぃーーーーー」



 半年間、苦くて、堅くて不味いクズ肉しか食べていなかった私にとって、ラパン焼きは極上の味だった。肉を噛むのに顎の力をつかわなくても、歯をそっと降ろすだけで肉が崩れて肉汁が溢れ出る。肉汁の風味が口から鼻に込み上げて来て、嗅覚を刺激することでさらに美味しさが増す。これほど美味しく感じるのは、半年間におよぶ悪夢のような食事を乗り越えた達成感から来るのかもしれない。私は頬が崩れ落ちるまでラパン焼きを堪能した。



 『もうすぐ日が暮れてしまうわ』



 私は残りの肉をエスパスにしまって町へ戻ることにした。



 『よし!トレーニングがてらに走って帰るぞ』



 初めての魔獣の世界、初めての魔獣の討伐、そして美味しいお肉!私の心は喜びで満ち溢れていた。私は背中に翼が生えたかのように足取りが軽くなり、宙を舞うように町へ走って帰るのであった。




 一方、ギルドを出たサミュエル達は、オレリアンは射撃の練習をするために公園へ行き、ポールは歩いて自宅に戻り、サミュエルは馬車の御者席に座りその横にレアが座る。



 「報奨金、全額渡してよかったの?」


 「俺たちは良くも悪くも注目を浴びている。少しでも良い印象を与える必要があると思っているんだ」


 「それはパンジャマンみたいな連中を増やさない為ってことかしら」


 「そうだよ。あいつはかなり執念深く俺を恨んでいるみたいだ。俺たちの悪口をギルド内で吹聴していると聞いている」


 「それは私も知っているわ。オレリアンとポールは気づいていないみたいだけど」


 「そのうちあの2人も気づくだろうし、迷惑をかけるかもしれない」


 「あなたが気にする事じゃないわ。悪いのはパンジャマンだし、ただの逆恨みよ」


 「わかっている。でも、あいつは何か仕掛けてくるかもしれない」


 「そうかもしれないわね。今度、みんなにきちんと説明しときましょ」


 「そうするよ。みんなに迷惑はかけたくない」

 

 「さぁ、暗い話はこの辺にして、今から何か美味しい物でも食べに行きましょうよ」


 「そうだね」



 サミュエルとレアは馬車を自宅の繋ぎ場に止めると2人で歩いて食事に出かけた。



 「ポール、お帰り!」


 「ただいま、ドリアーヌ姉さん」


 

 ※ ドリアーヌ・アングラ―ド 17歳 魔道具技師 茶髪のロングヘア― 大きな黒い瞳の女性。

 


 「ケガはしなかったの?」


 「ちょっと擦り傷はあったけど治癒したから問題ないよ」


 「それならよかったわ。魔獣は倒せたのかしら?」


 「みんなでラパンを6体も退治したよ」


 「すごいわね」


 「僕は全然ダメだったけどね」


 「そんなことはないわ。あなたもがんばったはずよ!お姉ちゃんにはわかるわ」


 「ありがとう」



 ポールは、姉のドリアーヌのことが大好きであり自慢の姉でもある。ドリアーヌは魔道具技師として腕をかわれて、ルーセル魔道具商会で働いている。



 

 

 「まだまだ、レアの技術には遠く及ばない。もっとテットショットの精度をあげないと」



 ※テットショットとは魔獣の魔核に魔弾を的中させる事。



 オレリアンは2人に追いつけるように、夜遅くまで射撃の練習をするのであった。

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