第20話 忘れ物


 「ポール、馬車を引き戻してくれるかな」


 「どうかしたの?サミュエル」


 「すまない。スコープを忘れたみたいだ」


 「ホントに!大事なスコープを忘れるなんてらしくないよ」


 「俺も緊張しているのだよ。朝にスコープの手入れをしてエスパスにしまったつもりだったが、今スコープの確認をしようとしたら、入ってなかったのだよ」


 「すぐに気が付いてよかったよ。スコープがないと射撃の精度がおちるからね」



 ポールは馬車を反転させて繋ぎ場に戻る。



 『馬車が反転して戻って着ているわ。私を迎えに来てくれたのかしら』



 私は安堵の笑みを浮かべてホッとした。しかし、馬車は私を通り過ぎて繋ぎ場に戻って行く。



 『待ってよ!私はここに居るのに』



 私は再び馬車を追いかける。



 「サミュエル、着いたよ」


 「悪いなポール、ちょっと待っててくれ」


 

 サミュエルは馬車を降りて屋敷に入って行く、そして、サミュエルと入れ替わるように私が馬車に乗り込んだ。



 『乗れてよかったわぁ~』



 私は馬車の荷台に乗り込み一安心した。



 「スコープを忘れるなんて、どうかしてるぜ」


 「オレリアン、そんな言い方しないの」


 「だってよぉ~。今から魔獣の世界に行くのだぜ!ブロンがスコープを忘れたら話にならないぜ」


 「また家で何かあったのよ」


 「どういうことだ?」


 「あなたは知らなくていいのよ。サミュエルもいろいろと大変なのよ」


 「大金持ちの家に生まれて、何不自由なく暮らせているのに大変なことなんてないだろ?」


 「はたから見ればそう見えるかもしれないわね。でも・・・いえ、もうこの話は辞めとくわ。あなたも忘れ物をしていなかチェックをした方がいいわよ」


 「フラムさえあれば問題ないぜ。どうせおれのエスパスはたいした物は入らないしな」



 ※エスパスは誰もが持っている1㎡の異空間のカバンのようなモノである。エスパスはイクステンションという魔道具をエスパスに入れる事によって拡張することが出来る。サミュエルとレアは5㎡という大きいサイズのエスパスを持っている。



 「そんなこと言わないの!」


 「はいはい」



 オレリアンは面倒くさそうに返事をした。



 自分たちの馬車を持つこと、エスパスを拡張すること、この二つは冒険者の旅が楽になる二大事項といえる。魔獣の世界で魔獣を退治したり、素材などを手に入れても持ち帰る事ができなければ意味がない。なので、大きな荷物が積める馬車を手に入れ、また容量の大きいエスパスに拡張する必要がある。



 「みんな待たせてごめん」


 「気にしてないよ」


 「そうよ」


 「・・・」


 『サミュエル君のおかげで助かったよ』



 私は荷台から頭を下げてお礼をした。



 「みんな!もう忘れ物はないわね」



 レアが明るい笑顔で声をかける。



 「もう、大丈夫だよ」


 「僕も」


 「俺もだ」


 『私もです』


 「さぁ!気を取り直して出発よ」


 「よっしゃぁー」


 『おぉ~』


 

 ポールは元気よく声を張り上げて馬車を走らせた。


 パステックから私たちが目指す常夜の大樹まで10㎞程である。馬車の速度は時速10㎞から15㎞なので、1時間ほどで到着する予定である。


 ポールは馬にあまり負担をかけないように馬のペースに合わせる事にした。パステックを抜けると広大な草原が海のように広がっている。辺りには木々もなく一面を見渡すことができる心地よい景色である。私は照り付ける日差しを浴びながら、荷台から足をだし、馬車がコトコトと揺れるリズムで今にも眠ってしまいそうだった。



 「今日はいい天気ね」


 「そうだね。魔獣の世界も天気が良ければいいけどね」


 「問題ないわよ。私は晴女よ。学校のイベントでは雨が降ったことはないわ」


 「ハハハハハ、そうだね。でも、みんな同じ学年だから一緒だよ」


 「確かにそうね。でも、私が病気で休んだ魔銃大会の日は雨だったわよ」


 「確かに高学年になった3年生の初めての魔銃大会は、雨で視界も足場も悪くて大波乱だったよな、ポール」


 「そうだね。僕たちは3年生だったから、優勝なんて無理だと思ってたら、サミュエルが優勝して5年生はかなり怒っていたよね」



 ※この世界の学校は10歳から5年間通うことになる。1~2年が低学年と言われ3~5年生は高学年と言われる。3年生から魔銃大会に参加する事になる。


 

 『そうそう、あの時のサミュエル君は凄かったよね。私は土砂降りの雨の中、みんなに見つからないように校舎の屋上から見ていたのよねぇ~』


 「そうだったかな?あまり覚えていないや」


 『サミュエル君覚えていないのね。たしか、背の高い男性が近くの椅子を投げ飛ばして暴れていた気がするわ』


 「サミュエルは、3年連続で魔銃大会を優勝したよね。本当にすごいわ!」


 「ブロンは人数も少ないからね。でも、レアは激戦区のルージュの部で2年連続優勝だよね。そっちの方が凄い事だよ」


 「まぐれよ!」


 「そんなことないよ。5年生の時は僕は3位で2位はオレリアンだったよね。僕ら二人に圧勝で優勝してたじゃないか」


 「そうだったかしら。もう忘れたわよ」


 

 3人は仲睦まじくしゃべっているが、オレリアンは1人で魔銃の手入れをしていた。



 「オレリアン、魔銃の調子はどうかしら」



 レアが気遣うように声をかける。



 「問題ない」



 オレリアンは淡々と答える。



 馬車は草原地帯を抜けて草木が生い茂る鬱蒼とした森に入って行く。森の中は馬車が一台しか通る幅がなく、道もきちんと整備されているわけではないので、揺れが大きくなる。ポールは馬にさらにスピードを落とすように指示をだし、揺れを小さくしながら森の中を進んでいく。





 

 

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