第5話 サブクエは、シナリオ進行で消滅する、その前に



 ――――今日中に、ソルティルを倒す。



 そう方針を決めたものの、できる範囲でシナリオから外れないようにしておかなければならない。


 ソルティルに挑むチャンスがあるのは、今日の放課後。

そこで目当ての、『ソルティルがパーティーメンバーを募集する試験』のサブクエストが発生する。


 今日の予定は、入学式の後に、クラスでの顔合わせ。

 ……そして、寮の部屋割の発表。


 俺にはこの先の展開に、予測がついた。

 



「アンタ……、ソルティル・ヴィングトールにケンカ売ってたやべーやつか!?」


 ――彼の名前は、ヴァルト・イーヴェルグ。

 ゲームシナリオでも、グリスの相棒で、親友だった少年だ。

 

 筋肉に覆われた体。

 褐色の肌。

 短く刈られ逆立つ、炎の如き赤毛。

 彼の種族は、ドワーフ。

 ドワーフの平均的な身長よりもかなり大きい。

 筋肉に覆われつつも、身長はグリスよりも高く、靭やかな印象を受ける。



「おっと……勝手に盛り上がっちまって悪い。

 オレはヴァルト・イーヴェルグ!

 

 『神』を超える剣を打つ鍛冶師だ。よろしくな!」

 


 変わってないなあ……。

 懐かしさが、溢れる。

 少しだけシナリオがズレたところで、ヴァルトはなにも変わらない。


 出会った頃から、ヴァルトはいつも同じことを言ってた。

 いつもいつも、言っていた。

 神を超える。

 それが、彼の口癖。


 だからこちらも、あの頃と同じことを言おう。


 グリス……ではなく、俺自身――来栖ルイが、ゲームのプレイヤーとして体験した『あの頃』なんて……、ヴァルトは知ったこっちゃないんだろうけど。

 

 それでも……俺は、『あの頃』には、嘘をつきたくない。

 


「俺はグリスニル・ヴェイトリーだ。

 こちらからもよろしく頼むよ。……俺も、神には用がある」



 今の所、どの『神』に文句を言えばいいかもわからないが、とにかく文句は山ほどある。

 《ブランク》などと言われることもそうだが……。

 それよりもソルティルに与えられた運命の残酷さについては、問いたださなければなるまい。


「お、いいね! ……ま、アンタの場合はそりゃそうか」


 ヴァルトも、先程のグリスとワーグのやり取りは聞いているのだろう。

 グリスが『加護』を持たないことで、自身の運命を呪い、神に抗うと決めているのだと思っているはずだ。



「オレの場合は、鍛冶師だからな。《神器》を超える剣が打てた暁には、アンタに確かめてもらいたいな」


「引き受けよう。楽しみにしてるよ」



 これがヴァルトの、『神を超える』の意味だ。


 《神器》とは、遥かな過去――神代において神が作ったとされる武具。

 ソルティルが持っている剣、《グレイスレイヴ》もその一つだ。

 人の身にて、《神器》を超えた剣を打てるのか?

 グリスは知っている。

 その夢の果てに、彼が行き着くところを。

 

 やばい……、あのシーン思い出すと泣くな。

 ゲームシナリオでの、ヴァルトの夢が行き着く果てを、思い出してしまう。

 あのシーンはマジで熱い……。

 

「………………? どうした?」

「いや、なんでもない」


 これからも気をつけなければ。

 これは『二周目』の厄介なところだ。

 シナリオの先を全部知ってると、ここ伏線だったのかあ……とか、この後いいんだよなあ……とか、全部知ってるから……。

 まあ、本当は何周もしてるけど。


 『思い出し泣き』のタネはそこら中にばらまかれている。


 不審者にならないように、気をつけないと。



 

 ■





「…………あれ?」


 『相棒キャラ・ヴァルト』との出会いイベントを終えた後だ。




 ヴァルトは学内にある工房へ向かっている。

 これから、いよいよソルのところへ向かうのだが……。

 

 そこで、あるものを見つけた。


 剣。

 グリスの持つ『刀』よりもずっと幅広なものだ。



 グリス達の部屋にあり、グリスのものではない。

 つまり、ヴァルトの持ち物のはずだが……しかし違和感がある。


 この剣は、確か…………。

 記憶をたぐる。

 鞘に施されてる装飾が、初期武器にしては派手に思えた。


 …………そうだ。

 これ、2章のダンジョンとかで手に入るレア武器じゃなかったか!?

 店売りなどでは手に入らない貴重品だ。


 …………どうして、ヴァルトがこんなものを、この時点で……?


 偶然? 

 いや、ありえない。

 ありないのだ……。

 だって……。


 ――――ダンジョンに奥へ、偶然いくことなどない。


 そんな危険なこと、するはずがない。


 そうなると――……。


 ありえない、

 ありえない――、可能性が、浮かんでしまう。



 ヴァルトか……

 もしくは、別の誰かが、シナリオからズレた動きをして、この剣を手に入れた……ということか?



 自分以外に、シナリオからズレている者がいる――――?



 ――――ぞくり……、と。

 背筋が凍る、感覚がした。


 しかも、今日の時点でヴァルトが既に剣を持っているということは、『ズレ』は今日より以前に起きている可能性が高い。


 なにがどうなってる……?

 予定を変更して、ヴァルトから情報を聞き出すべきだろうか。


 いや、彼の様子におかしいところはなかった。

 この後予定通り、ソルティルのもとに向かった後で、部屋に戻ってから話せばいいだろう。

 ……まだ、何か致命的な問題が起きているわけではない。

 俺の思い過ごしの可能性もある。

 

 ……よし。

 まずはソルティルだ。

 このタイミングを逃すと、彼女と接触する口実がなくなる。


 サブクエはすぐにやるべきなのだ。

 シナリオ進行で消滅したサブクエを嘆いたところで、元には戻らないのだから。

 人間関係も同じ。

 人の願い――やりたいことは、一瞬ごとに変わり続ける。

 だから人の願いは、すぐに叶えなければ、願い自体が消えてしまう。

 俺の願い。

 ソルティルの願い。

 叶えられる時に、叶えないと……。


 ……ってなんの話だ? 

 サブクエの話だよ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る