怪人ホッケーマスク VS キャプテン・コンビニエンスストア

笹 慎

怪人ホッケーマスク、現る!!

 今日は、十三日の金曜日。



「ねぇ、知ってる? 隣の県の▲▲山の近くにある廃墟。あそこ出るらしいよ」


 オカルト研究会のマドンナである美咲みさきは、その潤沢な資産である胸をテーブルに置いて俺に話しかけてきた。そんなテーブルに置くほど重たいなら俺が支えてあげたい。君のためなら俺は重力とだって戦ってみせる。


「聞いてるの?」


 胸ばっかり見ていたことに気が付かれたのだろうか? 慌てて俺は美咲の顔を見て「聞いてるよ」と答えた。


 大学の授業が終わったあとは大抵、部室でダラダラと仲間と怠惰なモラトリアム時間を過ごす。大学生の特権だ。オカルトには一切興味のカケラもなかったが、新歓コンパで出会った美咲目当てで入部して、もう三年になる。たぶん他の男性部員も同じだろう。


「私、行ってみたいの。灰原はいばらくん、車持ってたでしょ? 今夜一緒に行かない?」


「行きます!!」


 食い気味に即答した。型落ち10万キロ越えのオンボロの軽ですが、上手く椅子を倒せば広くなります! 期待に主に下半身を膨らませて、俺は夜になるのを待った。


◇◇◇


 夜に駅で美咲を拾うと、俺は▲▲山へと車を走らせる。カーナビ代わりにスマートフォンの地図アプリを起動して、噂の廃墟を目的地に設定した。


「そういえば、出るって何が出るの?」


 美咲と夜のドライブというスケベ成功倍率アップイベントに頭がいっぱいで、すっかりどんなオカルトが出るのか事前に聞いていなかった俺は質問する。


「男女が車で廃墟に近づくと、アイスホッケー用の防護マスクつけて、ナタを振りまわす怪人が出るんだって」


 どう考えもカップルのスケベイベント多発に業を煮やした近隣住民による驚かしな気もするが、俺だってスケベイベントに当選したい。ありがとう、怪人ホッケーマスク。


 二時間ほど他愛のない話をしながら車を走らせると、目的地に着いた。


「どうする? しばらく車の中で待つ感じ?」


 なお、ポーカーフェイスでそう言ってる俺の頭の中はスケベでいっぱい。


「そうね……でも今日は、十三日の金曜日。こういう時はやっぱりお約束が必要よ」


 そう言って、彼女は僕の方へ手を伸ばすと、僕のシートを後ろにバタンと倒した。


 嘘だろ、おい。現実なのか。強制的に寝そべりさせられた俺の上に、美咲が馬乗りにまたがっている。彼女は車の天井にゴツンと頭をぶつけて、ちょっと痛そうだった。狭くて、ごめん。


 能動的スケベイベントじゃなくて、受動的スケベイベントが発生するとは全く想定していなかったため、逆にどうしたらいいのか、わけがわからなくなってしまった。


「このまましばらく待ちましょう。ホッケーマスクが現れるまで。怪人はイチャイチャしてるカップルが好物なのよ。映画で観たわ」


 このまま待ってもいいですけど、動いていただいてもいいですよ?


 ここで据え膳食わぬは、一生の不覚。灰原、いっきまーす!


 俺は意を決して、彼女の腰を掴んだ。攻めに転じる姿勢大事です。チャンスは自分でつかみ取るものだ!


 驚いた美咲は「キャッ」といって俺の方に倒れこんできた。潤沢な脂肪でできた財宝が俺の顔に当たる。幸せです。ありがとう、怪人ホッケーマスク!


 俺が彼女を羽交い絞めにして財宝での窒息を夢中で楽しんでいると、美咲は「ちょっと離して!」と俺の頭をポカポカと叩く。離すもんかぁ!!


「ほんと! ちょっと! !!!」


 いる? なにが? 俺は窒息行為を中断すると、頭をドアのガラス窓に向けた。


 その瞬間―――――――――


 バリンと、ガラスにヒビが入る。


 バンッバンッバンッバンッバンッバンッ


 何度も何度も斧のような物体がガラスに振り下ろされる。



「なになになになになになになになにぃぃぃいいいいい!!!」


 窓ガラスをハチャメチャに壊すと、怪人ホッケーマスクは割れた場所から腕をにゅっと侵入させてきた。美咲に馬乗りされているせいで、身動きが取れない俺の髪の毛を掴むと、そのまま獣のような力で車の外の方へ引きずりだそうとしてくる。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……


 ブチブチと髪の毛が皮膚ごと抜ける音が頭に弾ける。美咲は悲鳴をあげながら助手席に逃げた。そのせいで、急に重りの無くなった俺の身体は車外へ勢いよく放り出される。


 ホッケーマスクの指には大量の俺の髪の毛が皮膚ごと絡みついていたが、俺は頭の痛みよりも先になんとかこの場を逃げ出そうと駆けだした。


 ホッケーマスクがナタを振り回しながら追ってくる。恐怖で足がもつれて倒れこんだところを、ナタが襲いかかる。俺は腕でナタを防御しようとするが、何度も何度もナタを打ち付けられて、右腕はズタボロになり骨が見えもう千切れてしまいそうだ。


 腕の盾が役に立たなくなると、いよいよナタが頭に飛んできた。


 ブオォォォオオン!


 エンジンの回転する音とともに車のフロントライトが光る。


 そこには、チェンソーを持った美咲がいた。


「受け取って! 灰原くん!!」


 チェンソーがちゅうを舞う。


 俺は、残った左手でチェンソーをキャッチすると、千切れた右腕にくっつけた。





◆◆◆


「僕は、すごい好きなんですけど……ちょっとコンプラ……権利関係的に厳しいかなぁ……」


 コーヒーチェーン店で向かいに座った若いディレクターは、私の書き上げた脚本の第一稿を読み終わって苦笑いをしている。


「いまやっぱりパロディ系、厳しいですか?」


「そうですね……。ただこれパロディっていうか、わりとそのままですよね」


「私のサム・ライミ愛が駄々洩れてしまって、すいません」


「いや……どちらかというと、怪人ホッケーマスクの方がアウトですね……」


「……そうですか。じゃあ、ゾンビの方がいいですかね」


「それはそれでアウトですね。サム・ライミ的に」


「サム・ライミ的にアウトかぁ」


 二人で色んなクリームが乗った甘い期間限定のコーヒーをすする。


「深夜帯とはいえ、いまはあんまり無茶なことすると、すぐ炎上しちゃって困るんですよ」


「放送枠、何時いつでしたっけ?」


「来月13日の金曜日、深夜26時ですね」


「……深夜26時って、それもう普通の14日の土曜日ですよね」


「気が付いてしまいましたか……」


 ハハハと、私たちは笑いあった。



(完)


********************************

 少しでも笑っていただけましたら、星★の評価をいただけますと拙者大喜びし候ふ。

 あと他にも色々書いてます。

https://kakuyomu.jp/users/sasa_makoto_2022

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