異世界100円均一ショップ

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

「――ん? ここはどこだ?」


 気が付けば、俺は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。部屋の中には棚や机があり、ボンヤリとした灯りに照らされている。……あれ、俺の部屋じゃないぞ!? 一体どういうことなんだ……。


「あ、起きたんですね! よかったぁ~!」


「えっ……」


 声のした方を見ると、そこには一人の少女が立っていた。年齢は俺と同じくらいだろうか。水色の長い髪で、とても綺麗な女の子だった。彼女はこちらを見てニコッと微笑む。そして、そのままトコトコと近づいてきた。


「えっと……君は誰だい? どうしてここにいるんだ?」


「私はミーアと言います。ここは私の家です」


「ミーアさんの家だって?」


「はい。あなたは森で倒れていたんですよ。それを私が見付けて、ここへ連れてきたんです」


「そうだったのか……。ありがとう。助かったよ」


 どうやら、この子が助けてくれたらしい。森の中で放置されたら、死んでいたかもしれない。本当に助かった。


「いいえ、気にしないでください。困った時はお互い様ですよ」


「そっか。ところで――ん? あれ?」


「どうかされましたか?」


 不思議そうな顔を浮かべるミーア。


「これは何だ?」


「これって?」


「ほら、ここに画面が……」


 俺の目の前には、まるでVRMMOで表示されるような画面があった。これじゃあまるで、ゲーム世界に閉じ込められたか、異世界にでも転移してしまったようじゃないか。


「ええっと、何も見えませんけど……」


「そ、そうか。いや何でもない。気の所為だったようだ」


 俺は咄嗟にそう誤魔化したのだった。





 この世界に来て半年ほどが経過した。


「おい、坊主! このスコップをくれ!」


「はいよ。銅貨1枚だ」


「おう! ありがとよ!」


 俺は村にある道具屋で働いていた。いや、正確に言えば道具屋を立ち上げて経営していた。元の世界に帰る方法は分からないし、この中世風の異世界で生きていくためにお金を稼ぐ必要もある。それに、せっかく手に入れたチート能力も活用したいという気持ちもあったからだ。


「アオ君! アタシはこのフォークが欲しいわ!」


「それも銅貨1枚だ」


 女性客に俺はそう答える。ちなみに俺の名前は、偽名を使っている。本名は『神崎葵』だから、こっちではアオと名乗っているのだ。


「いつも思うけど、もっと高くても買うわよ? この店は全部が安いんだから……」


「いいんだ。これが適正な値付けだと思ってるんでね」


 俺のユニークスキル『100円均一ショップ』で仕入れたものだ。ズバリ『日本の100円ショップで売っていそうなものを取り寄せる能力』である。相場では100円を超えるようなものを取り寄せようとした場合は、スキルによって自動補正された劣化品が出てくる。大きなダイヤの指輪を取り寄せようとしたこともあるのだが、その際に出てきたのはガラス細工の指輪だった。失敗だ。しかし、ガラス細工はガラス細工でそれなりに人気があり、売れ筋商品となっている。


「オジちゃん! わたしはこのアメを買いたい!」


「あ、俺も俺も!」


「僕もー!」


 今度は村のガキ共が集まってくる。そして、次々に『鉄貨』を出してきた。


「駄目だ駄目だ! アメも1袋あたり銅貨1枚! バラ売りはしてねぇ!!」


「ケチ~!」


「オニ~!」


 ブーイングしてくる子供達。だが、そんなことを言われても困ってしまう。売れないものは売れない。原価割れ? いや、そんな概念は存在しない。1日あたりに仕入れられる個数に制限はあるものの、仕入れのためのコストはない。

 俺が子供達に安売りしない理由。それは、スキルの縛りがあるからだ。ユニークスキル『100円均一ショップ』で仕入れたものは、入荷後1年間は銅貨1枚以外で販売できない。高くても安くても駄目だ。スキルの説明欄にそう書いてある。一度それを無視して売ろうとしたのだが、客が商品を持って店を出ようとしたところ謎の結界に阻まれるという出来事もあった。


「ちぇ~」


「アメを食べたかったのになー」


 子供達が恨めしそうな目でアメの袋を見る。……くそぅ。そんな目で見られると、何だか悪いことをしている気分になるじゃないか。


「仕方ねぇな。――ええと、お前達は5人か。1人鉄貨1枚ずつは持ってるんだな?」


「うん!」


「持ってるよー」


 銅貨は、日本で言えば100円ぐらいの価値を持つ。そして鉄貨は、10枚で銅貨1枚と同じ扱いとなる。つまり、この子供達はそれぞれ鉄貨という名の10円玉を握りしめて俺の店に来ているような状態だな。


「よし、お前達にお手伝いという使命を与えよう」


「えー?」


「お手伝い?」


「ああ。それをこなせば、それぞれに鉄貨1枚をやる。すると、今持っている分と合わせて銅貨1枚になる。つまり、アメを1袋買えるというわけだ」


「おぉっ!?」


「マジで!?」


 目を輝かせる子供達。ユニークスキル『100円均一ショップ』で仕入れたものは、入荷後1年間は銅貨1枚以外で販売できない――という縛りにも、こうした抜け道はあるわけだ。俺が子供達を一時的に雇って報酬を与え、それでまた購入してもらう分には謎の結界は作動しない。確認済みである。さて、どういった仕事を与えるか――


「アオさーん。こっちの商品が切れてるよー」


「ああ、ありがとう。ミーア」


 俺は礼を言う。村の少女ミーア。森の中に倒れていた俺を助けてくれた、俺と同年代くらいの子だ。俺がこうして道具屋を立ち上げるまでは、彼女達の一家にお世話になっていた。そして、今はこうして村で唯一の道具屋を手伝ってくれている。


「今日も大盛況ね」


「まぁ、この村じゃ他に商売している人がいないからな」


「うん。大抵は物々交換だしね。銅貨や鉄貨なんて、たまーに来る行商人相手にしか使ったことなかったよ」


 この村はほぼ自給自足で成り立っている。村人同士で必要なものを融通し合うことはあるが、安いものなら無償、そこそこのものなら物々交換といったところだ。貨幣経済が盛んになったのは、俺の存在が大きい。そして俺は、もらった銅貨を村人相手にバンバン使っている。このスキルで商品を仕入れるのに必要なのは、貨幣ではないからな。特に溜め込む意味もない。むしろ、スキルレベルを上げるためにはドンドン売り買いしていった方がいい。


「ねぇ、オジちゃん!」


「ん?」


「お手伝いはどうなったの?」


「ああ、その話か。そうだなぁ……」


 ミーアがやって来たことで、思考が中断されていた。今は、子供達に与える仕事を考えていたのだった。


「ミーア、何か子供達が手伝えることはないか?」


「え? そうねぇ……。じゃあ、店の周りを掃除してもらおうかしら?」


「ふむ。それぐらいが良さそうだな」


 なにせ、バイト代は鉄貨1枚――日本円にして10円ほどなのだ。いくら子供とはいえ、いくら異世界で日本の物価感覚がそのままは適用されないとはいえ、あまり長時間拘束するのも可愛そうだ。


「わかった! オジちゃん! 早く行こうぜ!」


「急げ~!」


「オジちゃん! オジちゃん!」


「あーもう! 慌てんなっての! 転ぶぞ!」


「あはははは!」


 子供達は元気いっぱいだ。その余りある元気さで掃除をちゃっちゃと終えて、満足げな表情でアメを購入して帰っていった。



 そして夜。俺は店を閉め、布団に寝転ぶ。ちなみにこの布団も『100円均一ショップ』で手に入れたものだ。え? さすがに布団は100円では売っていないだろうって? 確かにその通りだ。しかし、枕にできる程度のクッションなら売っている。また、タオルやブランケットも売っているし、刺繍道具なんかもある。要は、それらを組み合わせて布団っぽく作ればいいのだ。今の俺の布団はまさにそれだ。


「ふう……今日もよく働いたな……」


 ぶっちゃけ、『100円均一ショップ』があればほぼ完全に自給自足ができる。別に店を経営しなくとも、1人で生きていく分には何も不自由はない。だが、せっかく異世界に来たんだからスキルレベルを上げて無双したいじゃないか。今は戦闘能力など皆無なスキルでも、成長すれば覚醒するかもしれない。そうなれば、ゆくゆくは男の夢である俺ツエーを――


「何をニヤニヤしているの? アオ君」


「あ、いや、これはその……」


 ミーアが俺の顔を覗き込んでくる。近い。距離が近すぎる。


「また変なこと考えてる?」


「いや、そんなことはないぞ。ただ、俺とミーアの将来について考えていただけさ」


 俺はキメ顔でそう言う。ミーアは道具屋を手伝ってくれるだけでなく、なんと俺と同棲している。というか、いつの間にか村の中で公認カップル扱いされている。『100円均一ショップ』で仕入れた指輪をあげたせいだろうか。あの時は大変な騒ぎになった。


「ふふ、嬉しい。私もアオ君のこと、愛してるわ」


 ミーアは笑顔を浮かべて抱きついてくる。柔らかな感触。良い匂いがする。まさか、こんな美少女が恋人になってくれるなんてな。


「俺もミーアを愛しているぞ。ずっと一緒にいよう」


 俺は幸福感を噛み締めつつ、ミーアを抱き返すのだった。

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