死し改生

 昨日のことをまた思い出す。直刃さんと一緒に戦ったこと、幽霊が本当にいたこと、自分もそんな非日常に足を踏み入れたこと。

 きっとこれは失うことのない味だ。どれだけ噛み締めても飽きることはないだろう。これから/これまでの人生はきっと昨日のためにあったのだと何度も脳内で反芻する。


 でも、それと同時に思ってしまった。


『じゃあこれからの味気無い人生をどうしよう』


 人は一度得た衝撃的な体験をより濃いモノで塗り潰していく生き物だ。

 だからきっと、これからの人生は退屈にまみれている。直刃さんから受け取った木の棒に触れる。


 『幽霊によく効く棒』だと直刃さんは言った。それが本当なら──

 尾上陽一は帽子を被り、部屋を飛び出す。己の人生を取り戻すために、今はそれだけを見て走る。


 直刃からの『できるかぎり関わるな』という忠告を無視して。


────


 今回目指す場所はゴーストタウン、その最も危険であろう中心部だ。ゴーストタウンは有名なのに、その中心部に行ったという噂は流れてこない。だからそこに何かがあると踏んだ。


 足乗りはカタイ。あれほどの危機に瀕したせいか、これまで持ち得なかった死への恐怖に吐き気がする。ゴーストタウンを目視してからさらにその想いが強くなった。


 ゴーストタウンに一歩踏み入れる。足は地面に張り付いて、手に持つ棒は震えている。


 怖がってなんかない。幽霊なんて怖くない。僕はこの先に進めるはずだ。


トン


 二歩目が踏み出された。よし、大丈夫。

 暗く閉ざされた街をいく。


 ゴーストタウンという名に相応しく、人影は見えず、建物は朽ちてその黒く焦げた肌を露出させている。まだ健在な建物もあり、人が住める程度ではあるのだろう。しかし周りにコンビニすらない不毛の地だ、わざわざ住む人がいるわけない。


トン、トン、トン、トン


 歩を進める。

 雲は厚く、空気は乾き、黒のコンクリートが世界を閉ざす。気を抜けば魂を略奪される。そんな錯覚に陥らずにはいられなかった。


 そんな想いを振り切るために前へ前へと進んでいく。


「……つい…た」


 それは墓だった。古墳を思わせるその造りは硬く確かな巨石が何重も積まれたものであり、死者を葬うというよりは封じ込めているという表現のほうが正しいように思わせる。


 まさかこんなものがあるなんて……これほどの規模なのに噂にすらなってない。この街はそういった噂で満ちているから埋もれていたなんてコトもあるかもだけど、これほどの迫力を持つモノが埋もれるはずがない。


 その圧に怯んでいると、


ポト


落ちたモノがあった。


ポタタタタタ


次に落ちたモノは液体だ。


ズキンッ


走ったモノは危険信号、己が命への警笛だった。


「なん…だ…」


痛みの箇所は右腕だ。今は亡き、己の右腕だ。


彼の腕は地に落ちた。


「ああぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛ 

  ッ!」


 喉を灼くほどの悲鳴は異物の挿入によってせき止められる。


「うるさい、黙れ」


 喉に何かある。姿の見えない何かがある。残った左手は空を。実態のある何かが確かにある。

 感触は分からない。それが何者にも破壊されないことだけが鮮明に伝わった。


「頭が高い」


ザクン


 膝が地に着き、前へと倒れる。帽子が落ちて、視界が広がる。亡くした先端からの出血が残った左の膝小僧を濡らしている。


「あ゛あ゛あ゛ぅ゛ぅ」


 喉のつっかえは解け、息はできるが痛みが全てを染めていた。


「お前はなんだ?

 俺様の墓に何の用だ」


声が聞こえる。墓の上に誰かがいる。

 

 その身は黒く、何も分からない。ただそこにいるだけで自我を否定される。そんな想いで潰されそうになる。


「つまらん」

「適正がいるかと期待して

 顔まで出した結果がコレか」


はぁ…


「暇つぶしにはなるか」


黒の主が片腕を上げる。


 それは絶対だ。この世界に阻めるモノはきっと無い。全てが全て、砂のようにただ潰されるのを傍観するだけ──


「あ?

 モブにも過ぎぬ分際で何を持っている」


 左腕に圧が加わる。僕に残された最後のモノは──直刃さんからもらった木の棒だけだった。


「直刃さん──」


 思い起こして涙が出た。僕の人生を照らしてくれたのは直刃さんだ。これまでの何も無かった僕に中身をくれたのは直刃さんだ。

 あの人がいたから僕は──


「一歩踏み出すって、決めたんだ」


左腕に力を込める。


 精神はもうズタボロだ。利き腕ですらない左腕。選択希望はもう無いも同然。それでも僕は


「いきたい…」


 これから先、つまらなくても構わない。


「いき…たい」


 何も無い、今の自分じゃ


「生きたい!」


 終われない


ググ


遠き心に想いが籠もる。


「その命、貰うぞ」


腕が下ろされ


ドカンッ


 それは鉄砲玉のような勢いで飛んできた。一直線に黒の主へ、彼女の左腕が炸裂した。


主は片腕でそれを防ぎ、片腕で反撃を行う。

不可視の打撃はにより躱され、斬撃を差し込む隙を生ませた。


ザンッ!


「ガッ、

 らあ!」


苦し紛れの反撃も当たらず、


ザンッ


追撃を行った後、


タンッ


「ちょっと我慢してね、陽一君」


ギュンッ!


彼女はその場を離脱した。


その場には三本の手足が残った。


「あー、っぜぇなあ!」


ガン! ガアンッ!


……トン


「これは、いただいても?」


「…カラスか

 お前も物好きだな、そんなモノまで扱うか」

「持っていけ

 要らん」


「感謝いたします、王よ」


「フン、

 いけ」


トン……


「……面白い奴が出たな」


クククククク



────


────


 起きた場所は保健室。怪羅高校の保健室だ。

 そうそう学校のベッドなんて使ったことないからその快適さに驚いた。こんなにもふかふかしてて、こんなにも安らかな気分になれるんだ……


 布団を胸にしまい込み、その安息を目一杯享受する。


 しまい込む時に右手を使った──

 右腕がある。当たり前、のことのはずだ。


バッ


 脚もある。両脚とも健在だ。


バヂヂッ!


 痛みが全身を行進する。まるで戦車が荒野を荒らすように。


「ガガガ」


 それが何度も何度も往復する。普通こういうのって一回でしょ!?


バヂチッ!


バチチッ


チチチ…


 それがシャトルランのように勢いを弱めながら消えていった。


ふぅ……


バタンと倒れ込む


 夢……じゃなかったのかな。

 手足をもがれ、潰されそうになっていたこと。あの黒の墓と主のこと。あの後の急襲のこと……


 あれはいったいなんだったんだろう。でも、なんとなくあれが直刃さんだったらな、なんて思いたい自分がいる。

 だってもしそうなら夢のようで


「やあ5日ぶり

 調子はどうかな?」


「え゛

 直刃さん!?」


「うん!

 大丈夫?

 腕と脚ちゃんと付いてる?」


「あっ、はい

 大丈夫…です…けど、

 どうして直刃さんが学校に?」


「ちょっと知り合いがいたり、その手伝いとかで偶に来るんだ」

「オカルト部って知ってる?」


「オカルト部…ですか?」


「そうオカルト部」

「怪羅高校で一番大きな部活だね

 なんならコッチが本命ってくらい活動してる」


「たしかにピックアップされてるなとは思ってましたけど、さすがにそこまでではないのでは?」


「そうでもないよ?

 それはこれからわかると思うよ」


「どうしてですか?」


「それは陽一君が入るからだよ」


「……えっと、それは?」


「陽一君、自分の意思であそこ行ったでしょ」


「あ」


 やっぱり夢じゃなかったんだ。


「助けていただいてありがとうござ」


「感謝は後、けっこう怒ってるんだよ」


 直刃さんは真剣な眼差しで僕を見る。


「どうして行ったりしたの?」


「それは……

 僕の人生が空虚になるのが怖くて、

 どんな形であっても前に進みたかったんです」


「ほんとにそれだけ?」


「……好奇心があったのも事実、です」


「うん、けっこう」

「そういうわけだから入りましょう

 もう推薦状も出したから!」


「え゛え゛! ? 」


「反省してね、私もするから」


「なんで直刃さんが反省するんですか」


「それは……」


帽子が少し深めになったかと思うと、直刃さんは後ろを向いて


「君にあげた木の棒を取り返せなかったから。

 君にあげた物だから君のだったのに…………

 ごめんね」


 しょぼくれている。直刃さんにしては珍しい。


「いや、大丈夫ですよ

 あのとき助けてもらえなかったら死んでいたでしょうし。だから、

 ありがとうございます」


 直刃さん、俯向いてる?


「そっか……うん。

 こっちこそありがとう」


クルン


「それじゃあこれから、部活頑張ってね!

 あ、もちろん命大事にだよ?」


「まさかそんな、部活で命落とすわけ」


 直刃さんが深刻な表情をしている。


「……落とす人がいたり?」


「ココのオカルト部は特別だからね

 けっこう危険なんだ」


「ぇ?」


「陽一君は一度あいつに目を付けられた。

 あと半年は大丈夫だろうけど、今後もまた同じ目に合う可能性がある」


「だからココで鍛えて強くなる!

 それがとりあえずの目標かな」


「あいつって直刃さんが倒したんじゃ?」


「うーん、無理かな」


「むりなんですか!?」


 直刃さんの力を以てしても不可能な事ってあるんだ……


「あいつらはね、倒されても種を遺す

 遺された種から別のモノが生まれることもあれば同じモノが改めて生まれることだってある」

「だから擬似的な不死身ってやつかもね」


「不死身……」


 僕ってそんなやつに命を狙われてるんですか…


「でも大抵一度退かせれば大丈夫

 だから陽一君が一回でもあいつを倒せばもう手出しされないんじゃないかな」


「あの化け物を倒せるようになるまで?」


「そう、強くなる!」

「道のりは長いだろうけど、陽一君ならできるよ」


「そんな根拠どこに」

「だって、」


直刃さんが顔を覗き込み


「あのとき呼んでくれたじゃない」


ニコッと笑顔を向けてきた。この至近距離!!


ガバッ


 すぐに顔を背ける。こんな急激に幸福を摂取したら死んでしまう!


「どうしたの?」


 追撃しないでください!


「心臓に悪いのでそのへんでお願いします」


「えーと、わかった ?」


コホン


「わかりました、じゃあ死なないためにもオカルト部に入部します」


「うん、よかった

 それじゃ、またね!」


「あの!直刃さん」

『またって、いつですか?』と言おうとして止める。それじゃあの頃と何も変わらない。


「お元気で、

 また会いましょう!」


「うん!」


そう返事をし終えると春一番の風と共に直刃さんは姿を消した。


 これが真の始まりだ。消えることを拒み、生きることを選んだ尾上陽一の進む道だ。


 だからこそ挨拶を一つ。


 改めまして 僕の門出だ!

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帽子被りの日常 青空一星 @Aozora__Star

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