第3話 街へ行きましょう

 いいかおりにつつまれてぐっすりねむった二人は、いつになくさわやかな気持ちで朝をむかえました。普段ならうるさく聞こえるにわとりの鳴き声にも、「起こしてくれてありがとう」なんてお礼を言いたくなってしまうくらいでした。


(街へ行くのに、首がないのはよくないわよね)

(確かに、おどろかせてしまうかもしれないものね)


 魔女の里の住人たちは二人の首なし魔女を見ても全く驚きませんが、街ではきっと目立ってしまうでしょう。他にも首のない種族しゅぞくがいないわけではありませんが、見慣れない存在であることは確かです。


(頭の代わり、何にしようかしら)


 ふと、ネビュウの目に天井からがるポプリが映りました。


(ねぇ、花束なんてどう?)

素敵すてきだわ!)


 そうと決まれば、早速さっそく出発しゅっぱつです。昨夜さくや用意よういしておいたポシェットをかたから下げ、二人は家を飛び出しました。

 魔女の里には、様々な魔女が暮らしています。トカゲやカエルなんかを育てて売っている魔女もいれば、代わりにおまじないをかけてくれる魔女もいます。

 二人はまっすぐ、たくさんのお花を育てて売っている魔女の元へと向かいました。


(フラウ様、フラウ様、わたしたちの頭にするのにピッタリの花束を二つくださいな!)

「頭に? そりゃまたどうして。首なしにきたのかい?」

(違うの! わたしたち街に行くの!)

(驚かせてしまうといけないから、花束を頭の代わりにしようと思って)


 お花を売っている魔女のフラウは、頭が花束の少女というのも驚かれるのではないかしらと思いました。けれど、ようやく街に出る気になった二人のやる気をぐようなことは言えません。

 にっこりと笑って、店内に並ぶ色とりどりのお花を示します。


「それじゃあ、どの花にする? あたしの咲かせる花は季節なんて関係ないからね、好きな花を選びな!」

(わたしはスイートピーがメインの花束がいいわ!)

(お姉さまがスイートピーなら……わたしはネモフィラにするわ)

「はいよ、そこのベンチに座って待ってな」


 二人が店先の木製のベンチに座って待っていると、少ししてフラウが両手に花束を持って出てきました。

 ピンクを基調きちょうとしたスイートピーの花束と、青を基調としたネモフィラの花束は、となうとお互いを高め合ってさらに美しく見えるようです。


(とっても素敵だわ!)

(さっそく頭にしましょう)


 フラウにも協力きょうりょくしてもらい、二人は花束を首に固定こていしました。チョーカーがかくれないギリギリのところにリボンを巻いてもらい、後頭部こうとうぶにあたる部分にはレースをあしらいました。


(なんて可愛いのかしら)

(いい気分ね)


 二人はくるくると回って喜び合うと、フラウにお金を支払いました。

 そして、ついに魔女の里から一歩踏み出したのです。


 里の入り口から街までは、森の中の一本道を歩きます。一本道と言っても、商人しょうにんたちが馬車ばしゃを引いて仕入れにくることも多いため、二人ならんで歩いてもまだあまるくらいに広い道でした。けものけのおまじないがほどこされていて、しきものは立ち入れないようになっています。


 二人は鼻歌はなうたを歌いながら、街に向かってずんずんと歩いて行きました。普通の人であれば途中とちゅうで食事休憩を取りますが、二人には必要ありません。足がつかれた時にだけ、道を外れてかぶなんかにこしけて休みました。


 しばらく歩くと、茶色を基調としながらも赤や黄色、青のレンガをアクセントにしてできた街並みが見えてきました。ざわざわと喧騒けんそうこえ、多くの人でにぎわっているのが伝わってきます。


 シスビーは、ネビュウの左手をぎゅうとにぎりました。ネビュウがその手を優しく握り返します。


(大丈夫、だいじょうぶよ)

(そうよね、大丈夫)


 二人は緊張きんちょうしたおもちで(と言っても花束に顔はないので表情は分かりません)街の入り口にやってきました。巨大きょだいなアーチをくぐるように大勢おおぜいの人が出入りしています。アーチの左右には長いやりを持ったよろい姿すがたの兵士が立っていますが、出入りする人々をチェックしたりはしていないようです。


(手続きとかは、いらないのかしら)

(誰もしていないわね)


 キョロキョロと辺りを見回しながら、どうしたらいいのかと立ち止まっていると、やはり花束の頭がものめずらしいのか通り過ぎていく人々の視線が二人に集まります。さすがに堂々どうどうと見る人はいませんが、チラチラと投げかけられる視線に、二人の身体は自然とこわってしまうのでした。


「困ってる?」


 そんな時、一人の青年が声を掛けてくれました。すらりとした長身に、やわらかな茶色の髪、優しそうなみどりがかったひとみが二人を見つめます。二人がこくりとうなずくのを見ると、青年はまねきをして壁際かべぎわ誘導ゆうどうしてくれました。


「あんなところで立ち止まって、何か問題でもあった?」

(わたしたち、初めて街に来たの)

(自由に出入りしていいものなのか分からなくて)


 突然脳内のうないに声がひびいたはずの青年は少し驚いた表情を浮かべました。しかし、そのことについて何かを言うわけでもなく、にっこりと笑って返事をします。


「あぁ、そうなんだ! この街は全智の魔女様がお掛けになった守護しゅご魔術まじゅつがあるから、誰でも自由に出入りができるんだよ」

(ロフォーア様の!)

(それなら安全ね)

「あれ、二人は全智の魔女様のお知り合いなの?」

(えぇ、わたしたちのお師匠様なの)

「それじゃあ君たちも魔女なんだね、すごいや!」


 青年がとってもキラキラとした目で二人を見るので、二人は少しずかしくなりました。そして、自己紹介じこしょうかいもしていなかったことを思い出します。


(わたし、ネビュウよ)

(わたしはシスビー)

ぼくはレナード、よろしく」


 三人は握手あくしゅわしい、人の流れに沿って街の中へと入りました。レナードに案内あんないされるまま、街の中心にある大きな噴水ふんすい広場ひろばまでやってきます。

 噴水広場の周りにもたくさんの人がいました。大道芸人だいどうげいにんなんかもいて、子どもたちの楽しげな声が響いています。

 噴水をかこむようにベンチや、パラソルの付いた丸テーブルなんかが並んでいて、出店で買った軽食を食べたりといったいこいのにもなっているようです。


 いているテーブルを見つけた三人は、そこに腰掛けました。


「二人は街に何をしに来たの?」

(わたしたち、料理の先生を探しに来たの)


 レナードはそれを聞き、くびかしげました。

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