第2話 まずは台所を作ります

 魔女として一人前になった二人は、お師匠様であるロフォーアに感謝の言葉をおくり、家へと帰りました。

 木とレンガでできた可愛らしい家の玄関げんかんを開けると、天井から薬草やくそうやポプリがぶら下がっています。

 リビングには大きな木のテーブルにおそろいの椅子いすよんきゃく。いくつかの部屋につながる扉が見えますが、台所は見当たりません。

 それもそのはず。この家を建てた時、すでに二人は食事を必要としない身体からだになっていました。

 だから、自分たちに不要な場所をあえてつくるようなことはしなかったのです。


(シスビー、お台所って……やっぱり造った方がいいかしら?)

(そうね……毎回ロフォーア様のお家にお邪魔じゃまするのも違うわよね……)


 二人はちゃんと気付いていました。ロフォーアにとって、台所も調理器具も、食材だって今の状態じょうたいたもったまま何年も保存しておくことなんて造作ぞうさもないと。

 放置していたらダメになってしまうから使ってくれていいだなんて、そんな言い方をして、二人が気兼きがねなく使えるように気をつかってくれたのだと。


 そんなロフォーアの優しさに甘えてばかりはいられません。なんと言っても、二人はもう一人前なのですから。


(やりましょう)

(そうね!)


 そうと決まれば、まずはお片付け。家の中に散らかる物たちに、それぞれの居場所に戻ってもらいます。

 この家にある物たちは、みんな最初に自分の居場所を与えられるのです。ネビュウとシスビーは、月に数回、彼らに『自分の居場所へお戻り』と魔法をかけてやるだけで、きっちりと整理せいり整頓せいとんができるのでした。


 ネビュウの号令に従って、みんながたなやカゴ、クローゼットの中に帰っていきます。すっかり余計な物のなくなった室内を見渡し、台所を造る場所を考え始めました。


寝室しんしつからははなれていた方がいいわよね)

(匂いがついたらいやだものね)


 首なし姉妹は鼻がないのに、匂いが分かるのかと思いましたか?

 実は、本当は二人は声を出してしゃべることもできるのです。その秘密ひみつは、二人のわずかに残された首にありました。

 肩からすらりと伸びる首には、お揃いのチョーカー。このチョーカーには、ロフォーアのとびきりの魔法がかけられているのです。なくなってしまった二人の頭部とうぶの代わりをしてくれるという魔法が。


 一人前になった二人でも未だ届かないはるか高みに君臨くんりんする、全智ぜんち大魔女だいまじょロフォーア。彼女が編み上げた最高さいこう傑作けっさくと言っても過言かごんではないチョーカーは、二人の目であり、鼻であり、耳であり、口でした。

 見る角度によって様々な色に変わるチョーカーからは、りし日の二人の声も発することができました。けれど、二人はチョーカーから響く声があまり好きではありませんでした。首なしになってしまったあの日を、まだ二人がお互いのかみを結び合っていたあの頃を、どうしたって思い出してしまうから。

 だから二人は一生いっしょう懸命けんめいに念話を習得しゅうとくし、声をもちいずともコミュニケーションを取るすべを身に付けたのでした。


 二人は相談そうだんの結果、玄関から見てリビングの右手側を拡張かくちょうし、台所を造ることに決めました。お次は台所のデザインです。


(台所には、なにが必要なのかしら)

(火を起こす場所じゃない?)

(あぁ、そうね! 肉や魚を焼いたりするものね!)

(あとは……スープは薬湯やくとうと似たようなものでしょう? おなべを火で温めたりもするんじゃないかしら)

(天才だわ、きっとそうよ)

(あとはなにかしら……あ、材料を切ったりするところも必要なんじゃない?)

どろのついた野菜を洗ったりする場所もいるわよね!)


 二人がイメージを口にする度に、台所ができる予定の場所のレンガや木がくずれ、組み直ります。外に積んであった未使用のレンガが飛んできては、かまどを作ったり、台を作ったり、みるみるうちに台所らしきものが出来上がっていきました。


(すごいすごい! とってもそれっぽいわ、お姉さま!)

(初めてにしてはいい感じじゃない?)

(ばっちりよ! あとはお料理を教えてくれる先生を見つけるだけね)

(そうね……そっちの方が大変そうだけれど……)


 二人は一通りはしゃいだ後、肩を落としました。頑張るとは言ったものの、二人は首なしになってから一度も人間の街に行ったことがありません。

 魔女の里から一番近い街では、人間だけでなく、多種たしゅ多様たよう種族しゅぞくが暮らしていると聞きます。だからきっと、首なし魔女であったとしても受け入れてくれる。そう信じたい気持ちと、不安がないまぜになって二人の心をぎゅうとけます。


(わたし、またあなたの顔にお化粧けしょうしてあげたいわ)

(わたし、またお姉さまとお揃いの髪飾かみかざりが付けたいわ)

(そのためにも、頑張らなくてはダメよね)

(そうよ、幸せな結婚をしなくっちゃ)


 二人の魔女は文房具ぶんぼうぐの棚から羽根はねペンと羊皮紙ようひしを呼び出し、大きなテーブルに向かいました。これからやるべきこと、必要なもの、そのために必要なおおよその金額きんがくなんかをどんどんと一覧いちらんにしていきます。


 二人は魔女の修行の一環いっかんとして様々な薬やおまじないの道具を売りに出していました。大抵たいていの魔女見習いたちはそのもうけを街で使ってしまうようなのですが、街に出なかった二人は必然的ひつぜんてき無駄むだづかいもしませんでした。

 だから床下にかくされた金庫の中にはそれなりの金額が入っていて、先生をやとったり調理器具を揃えたりするのには全く問題なさそうでした。

 引きこもり生活も、悪いことばかりではなかったのです。


 二人はひとまず、思いついた器具の購入こうにゅうに足りるだろうお金を取り出して、均等きんとうに分けてポシェットに入れました。もし足りなくなっても、一度に全てを揃える必要はないのですから大丈夫。


(それじゃあ明日、さっそく行ってみましょうか)

(そうね、行ってみましょう)

(今日は、とっておきのバスソルトを使いましょう!)

(とっておきのスキンケアオイルも使いましょう!)

(とっておきのお香をいて)

(とっておきのお花を顔にして出掛でかけましょう!)


 二人の魔女はそう言って、お風呂場や寝室にけていきました。どうやら明日のお出掛けのために、自分たちの気分をこれでもかってくらいに高めておくようです。

 そんな二人に、素敵すてきな出逢いが待っているといいですね。

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