第34話 ゴブリンの住処に入る

 ゴブリンの巣窟と思われる洞窟へと入っていく。中は結構広く蛇が這いずり回ったが如く入り組んでいた。


 ウルとフェレスは慎重に周囲の気配を探りながら歩みを進めていく。


 アグレイも壁に設置された罠を解除したりと洞窟に入ってからはそれ相応に仕事をこなしていた。


 途中何体かのゴブリンにも遭遇したが斥候役のみんなが事前に察知していたおかげで気づかれずに処理することが出来た。


 このあたりの手並みは見事なもので僕の出番はなかった。


「ここまでは順調だな」

「順調すぎて怖いぐらいね」


 ナックルとマジュがそれぞれ口にした。ゴブリンの仕掛けた罠もあったが単純な構造の物が多く、それらはアグレイは勿論フェレスの手でも除去されている。


 ここまでは万全な状態で来ていた。途中のゴブリンもノーダメージで倒せていた。


 この先にゴブリンロードがいるのだとしたらこの状態が続くのが望ましい。


 そう思っているのだが――


「向こう側に敵の気配があるにゃ」


 フェレスが壁に耳を当てて敵について教えてくれた。


「この壁の向こうってことか」

「向こう側を通るときには気をつけないとね」


 ナックルが拳を鳴らしつつ瞳をギラつかせた。洞窟に入ってから本人曰く肩が温まってきたらしくそれからは積極的にゴブリンに殴りかかっていた。


 かなり好戦的な性格なようだが、だからこそ前衛を任せておけるともいえるかもしれない。


 もう一人ユニーも控えめに声を発しつつ周囲を探るように視線を動かしていた。弓使いの彼女はナックルとは逆に一歩下がった位置を維持して移動している。


 前衛が倒しきれなかったゴブリンは漏れなく彼女の弓で眉間を貫かれていた。


 アグレイも僕への当たりは強いが、罠の解除などここにきて腕前を披露してきていた。


 ただ、役割がフェレスと被る分似たような行動になってしまう。フェレスは彼に良い感情を持ち合わせていないが仕事と割り切って上手く対応していた。

 

 今のメンバーはかなり強い。最初は人数の面で不安も多かったようだけどこれなら問題なくオークロードに挑める気がしている。


 そう思っていた矢先だ突如前方と後方の壁が崩れ中から多くのゴブリンを引き連れた大柄な怪物が出現した。


「あれはホブゴブリンか!」


 ナックルが叫ぶ。ホブゴブリン――ゴブリンの上位種とされる魔物だ。


 それにしても壁が壊され挟撃される形になるとは、思いがけない奇襲に全員が少なからず動揺している様子だ。


 ここは、今こそ僕の魔法を活かす時かもしれない。


「標識召喚・一時停止プラス!標識」


 僕の近くには危険が発生する標識を、後方に一時停止を設置した。


 これによって正面のゴブリンとホブゴブリンは突如発生した落とし穴に落ちたりどこからともなく降ってきた丸太に押しつぶされたりして数を減らしていった。


 それを認めつつ後方にも声を掛ける。


「召喚した標識の効果で動きが止まってます! 今のうちに片付けて!」

「よっしゃ! やったるぜ!」


 真っ先に動いたのはナックルだった。ゴブリンの群れに飛び込み拳で群れを片付けていく。


 更にユニーの弓とマジュの魔法が追い打ちを掛けホブゴブリンをブレブが片付けていく。


 僕の方では危険標識の効果で慌てふためいたゴブリンをフェレスやキリンが始末していた。ただホブゴブリンは最後に抵抗を示し暴れ出す。


「この役立たずどもが!」


 するといつの間にかホブゴブリンの後ろに回り込んでいたアグレイがその喉を掻き切った。


 隙を突いたとは言え、あの太い首をあっさり切るなんてやはりベテラン冒険者ではあるのだろう。


 ただ、直前のセリフは気になる。


「役立たずとは酷い言い草にゃ!」


 どうやらフェレスにも聞こえていたようだ。アグレイに詰め寄って文句を言っていた。キリンも厳しい目を向けている。


 確認したが襲ってきたゴブリンは全員倒された。向こうで戦っていた皆もこっちに来て何事かと様子を窺っていた。


「――お前らがトロトロしてるからつい口に出たんだよ」

「アグレイ。うっかりがすぎるぞ。気をつけるんだ」


 ブレブがアグレイに向けて注意した。うっかり――そういう話でも無い気がするけど……。


「チッ、わかったよ。悪かったって」


 両手を広げつつアグレイが謝った。軽い感じではあったけど、ブレブに言われて多少でも反省はしたようだ。


「それにしてもまさか壁を壊してくるとは思わなかったにゃ」


 崩れた壁を見ながらフェレスが怪訝そうに口にした。


 確かにホブゴブリンは見た目通りパワーがありそうだけど、それでもこんなタイミングよく壁を壊して来るとは誰も思ってなかったようだ。


「――この壁妙だな」


 キリンが壊れた壁の破片を手に取り首を傾げた。矯めつ眇めつ壁の残骸を確認した後僕たちの方へ振り返った。


「この壁恐らく向こう側の方が脆い。だからこそ簡単に破壊されたのだろう」


 キリンがそう口にするとナックルも壊れた壁から拳大の破片を手に取った。ナックルが手に力を込めるといとも簡単に砕けてしまう。


「確かにこいつは脆いな」

「だとして何だよ。たまたまこの洞窟がそういう構造だったってだけだろう?」


 ナックルも壁の脆さを指摘した。そこにアグレイが口を挟む。彼はそこまで問題ではないと考えているようだ。


「――他の壁はこうはなっていない。何故かここの部分だけが脆い。自然に出来た壁の一部だけが脆いなんて出来すぎだろう」


 キリンが何かを疑うように口にした。何者かの手が入ったと言いたいのかもしれない。


「ハハッ、だとしたらやっぱりそこの怪しい召喚師が何かしたのかもな」


 アグレイが僕を訝しげに見ながらまた疑いを掛けてきた。


「まだ言うにゃ!」

「こんな真似出来るのはそいつしか考えられないだろうが」


 フェレスが眉を怒らせて抗議の声を上げた。僕が疑われるのが許せないようだ。当然こちらとしてもモヤッとした気持ちになる。


「それぐらいにしないか。特定の誰かを疑っても仕方ない。キリンもらしくないぞ」

「……俺は客観的な意見を言ったまでだ。特定の誰かを指摘したつもりはない」


 ブレブはキリンにも注意したが、言われた本人も黙ってはおらず反論していた。


 確かにさっきの話はあくまで壁が壊れた原因について指摘しただけだ。そこから僕を名指ししたのはアグレイだけだった。


「――それとこれは前からこうなっていた可能性が高い。今この場で魔法でどうにかしたようなものではないだろう」

「ふむ。だとしたら益々ロードが生まれた可能性が高まったな」


 キリンの話を聞きブレブが考えるような仕草を見せて答えた。


「ロードが現れるとゴブリンの統率力が高まり知恵もつけるという。そう考えればこの壁も納得が行く。そうだろうアグレイ?」

「……ま、そうかもしれないけどな」


 僕をチラッと見た後、アグレイはブレブに顔を向け納得を示した。意外とあっさり引いてくれた。


「あの、壁が壊れたおかげでこっから抜けます、よね?」


 一旦話が落ち着いたところでアニンが壊れた壁を指差して意見した。

 

 確かにこのまま道なりに進むより出来た穴から抜けた方が早そうではある。


「だけどまた罠でも仕掛けられてるんじゃないの?」


 ユニーが疑り深く口にした。壁の事もあって疑心暗鬼になっているのだろう。


「ガウ!」

「えっと、ウルは特に怪しい気配はないと言ってます!」

「確かにこの先怪しい気配は感じないにゃ」

「ま、罠に関しては注意して見ておくとするか」


 斥候役の三人が問題ないと言ってくれた。それならば、と壁の穴を利用して先に進むこととなった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る